【特別寄稿】宇宙技術のデュアル・ユース/コ・ユース時代 日本企業はどう対応するか
学習院大学客員研究員
元防衛研究所政策研究部長
橋本靖明 氏
宇宙開発は、歴史的には軍(安保部門)からの資金と人材の潤沢な投下によって進められてきた。その成果の一部は民間に移転開放され、デュアル・ユースと呼ばれる。さらに現在では、移転された技術に最新ITなどを組み合わせた、民間部門の提供する宇宙サービスを官(軍)民ともに利用するコ・ユース(共用)というかたちが生まれている。日本も今では安保部門の宇宙活動が認められ、民間部門からの積極的な貢献を求めている。そのための仕組みも構築されつつあり、新規参入者への開放が進む好機が到来している。
宇宙活動を拡大してきた
デュアル・ユース
人類が宇宙に進出した1957年からまもなく70年が経過しようとしている。その長い歴史を顧みると、宇宙開発活動はもともと軍(安保部門)によって主導されてきたといえる。東西冷戦真最中の当時の世界では、西側陣営のアメリカと東側陣営のソ連とは共に、相手や同盟国の領土に届く核ミサイルを十二分に用意したいと思っており、かつ、敵対勢力の目標を正確に定めるために、偵察衛星や通信衛星といった各種の衛星システムを必要としていた。自国陣営の生き残りのためには、資金と人材を限りなく宇宙の軍事利用に投入する理由があったのである。
そういった安全保障環境の下では、プライスレスに資金と人材を投じて技術を開発した軍(安保部門)からその先端技術の一部が民間部門に順次移転・開放されてゆき、それによって得られる利益を一般社会が享受するかたちが生まれていた。これがデュアル・ユースだ。軍を含む公的部門が税金を使って実用化し利益を確保した後は、その恩恵を納税者に開放するスタイル(つまり「軍(安保部門)⇒民間」というかたち)が宇宙開発の主流であった。そうした軍事中心の宇宙開発の時代では、地上の軍事技術とも密接に関連することもあって、関わる企業は軍需産業に含まれるような大企業が多かった。
例外としての日本
世界的には軍(安保部門)主導のかたちが多かった宇宙開発だが、例外もあった。数少ない例外の1つは日本である。日本は、宇宙開発に当たる宇宙開発事業団を設立した当初から、宇宙開発はもっぱら平和目的でのみ行われることとして、防衛庁(当時)、自衛隊のような安保部門は直接的、能動的には関わらないものとされてきた。
その後の日本の宇宙開発は、当時の文部省の管轄下にあった宇宙科学研究所と科学技術庁が管轄する宇宙開発事業団が、それぞれ科学探査と実利用の面から実施するという二正面体制が採られていた。ここには、防衛庁(現・防衛省)の関与は見られない。そうした宇宙開発事業を、大企業である重工会社や電機会社が傘下にある多様な関係・下請企業の技術と製品を利用して開発してきたのだった。
変化の兆し 冷戦構造の終了
こうした宇宙開発のかたちは数十年にわたって続いたが、1990年代に入ると、東西間の冷戦構造が終了したことによって大きな変化が生まれた。世界では、安全保障のための宇宙活動に巨大な資金投入を続ける理由がなくなって軍からの資金が途絶えることとなる一部の軍事関連企業を救済するために、新しい民間顧客が得られるようにその技術を民間相手にも使えるよう緩和したのである。たとえばアメリカは、偵察衛星技術の一部を開放し、民間に高精度の観測データを売却できるようにしている。
その後、民間部門による宇宙開発活動は劇的に進み、その一部は軍(安保部門)ですらも利用可能なほど高度なものにまでなった。これは地上におけるIT技術の発達などが寄与している。さらに、アメリカのスペースXのように、民間企業が軍も含む国家の宇宙活動の一部(衛星打ち上げや無人・有人宇宙飛行など)を請け負うことも常態化している。スペースXはさらに、数万の小型衛星を低軌道に設置するコンステレーション(編隊飛行)によって全地球的なインターネット通信網を自らつくり上げ、世界中のユーザーに開放するまでになった。これは、今まで国家でもできなかったほどの事業である。
宇宙ビジネスの変化と
ニュースペースの台頭
現在の宇宙開発活動は新しい段階を迎えている。企業から見れば、宇宙ビジネスの変化が起こっているということだ。
まず起こっている変化は、サービス提供への業態シフトである。近年の衛星製造企業の多くは、衛星という製品を他者に売って利益を得るのではなく、衛星運用を通じて何らかのサービスを他者に提供して利益を得ようとするものが多い。宇宙をサービス提供の場として利用しているのであり、これはスペース・アズ・ア・サービス(Space as a service: SPaaS)と呼ばれている。
そうしたSPaaSの代表格ともいえるスペースXを見てみよう。イーロン・マスク率いるスペースXは、電気自動車のテスラなどで獲得した巨大な資金を投入、リスクの高い新技術をあえて避け、信頼性の高い枯れた技術で着実な性能を目指した打ち上げロケット(その後、第1段目ロケットの回収などの新技術も獲得している)をつくり、小型軽量の通信衛星を低軌道に多数打ち上げることで、世界中に高速通信サービスを提供している。既存宇宙関連企業ではないこうした企業は、既存企業(オールドスペースまたはレジェンドスペース)と対比してニュースペースと呼ばれている。
ニュースペースの旗手ともいえるスペースXの通信サービス「スターリンク」のユーザーは、当初は各国の一般人だったが、今ではウクライナ軍がロシア軍の侵攻を食い止めるために使うなど、多様な国の多様なユーザーが登場している。日本でも、普通のスマートフォンからスターリンクに安価にアクセスできるのはご存じだろう。
つまり、SPaaS企業の提供する宇宙関連サービスを民間も官も利用し、その官には軍(安保部門)も含まれているというスタイルが生まれており、これは従来の軍を含む官の開発した先端技術を民間に移転し社会が活用するというデュアル・ユースとは異なっている。民間が提供するサービスをユーザーの地位を問わず皆が等しく利用するというコ・ユース(共用)というビジネススタイルが生まれているのである。

スペースXが計画する第2世代スターリンク衛星コンステレーションのイメージ。地球低軌道に多数の小型通信衛星を配置し、地上の基地局や利用者端末と通信することで、地球規模のインターネット接続網を構築する構想を示している。図は2022年時点で計画されていた約3万基の衛星配置を可視化したもので、色の違いは軌道条件の異なる衛星群を表している。実際の現在位置を示したものではない。
Image: ESO, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
日本の変化とニュースペース
日本でも、北朝鮮のテポドンミサイルが日本上空を通過したいわゆるテポドンショック(1998年)を契機に、宇宙の安保利用に門戸を開放した。事実上の偵察衛星である情報収集衛星が打ち上げられたのである。
もちろん、世界で4番目、1970年に衛星打ち上げに成功した日本には、安保部門に関わることなく長く活躍し続けてきた多くの企業がある。衛星開発では三菱電機やNEC、ロケットでは三菱重工やIHIエアロスペースなどがあり、衛星の運用やサービス提供ではスカパーJSATや富士通、観測データの提供ではRESTECやいくつかの商社といった企業や組織が今も活動中である。さらには、アメリカ軍が提供するGPSを利用して位置情報を表示するカーナビメーカーなども、広義の宇宙産業に含めることができる。
さらに今では、欧米と同様に日本にもニュースペースが誕生した。衛星製造ではアストロスケール、QPS研究所、シンスペクティブ、アクセルスペース、キヤノン電子などがある。アストロスケールは宇宙ゴミに接近回収、大気圏に再突入させて焼却するサービスを、QPS研究所とシンスペクティブはレーダー衛星から得られる観測データを配布するサービスを提供している衛星製造+データ販売企業である。アクセルスペースとキヤノン電子は衛星製造を請負って外部に販売すると同時に、軌道上に打ち上げた自社衛星のセンサーによって得た光学撮影データの販売サービスも行っている衛星製造+衛星販売+データ販売企業である。日本の一部のニュースペースは製造+SPaaSビジネスを追求しつつある。
打ち上げを目指す企業もある。北海道の大樹町を拠点として堀江貴文が創業したインターステラテクノロジズ、IHIエアロスペースなどのオールドスペース出身者たちがニュースペースを目指す和歌山県串本町のスペースポート紀伊を拠点とするスペースワンといった企業が宇宙空間への小型衛星打ち上げサービス提供を目指している。
また、宇宙で帆を広げて衛星速度を落とし、大気圏落下を促すデバイスを開発したBULLなどのパーツメーカーも増えつつある。さらには、多様な衛星からのデータをAIを利用して総合的に解析するスペースシフトといった企業も進出中である。
最近注目すべきものの1つは防衛省が行う「衛星コンステレーションの整備・運営等事業」である。この事業は、低軌道に多数の小型衛星を配置、日本周辺の監視能力を強化しようとするものであり、三菱電機やスカパーJSAT、三井物産、三井物産エアロスペースのようなオールドスペースと、アクセルスペース、QPS研究所、シンスペクティブというニュースペースとが参加している。オールド+ニューというかたちで、オールドスペースが豊富に持つノウハウを生かしながらニュースペースの迅速な開発を組み合わせることによって最速化と最大化を目指すものだろう。こうした試みは今後とも増えていくはずである。
日本の宇宙開発を取り巻く環境変化
日本を取り巻く地域では近年、周辺国との摩擦、海外への技術流出といった懸念が存在する。そのため、安全保障や経済安全保障といった概念が政策上取り上げられている。宇宙開発活動も適切な対応が求められるのである。
逆に、こうした環境にあることを踏まえ、自国による宇宙開発活動をより保護しようとする制度も整ってきた。たとえば、政府は1兆円の宇宙戦略基金を用意してJAXAがその運用を行っている(※1)。また、JAXA自身も非宇宙企業の参入を促進するための窓口として新事業促進部を用意した(※2)。防衛省も、安保分野への新規参入者のためのイベント開催(※3)や、各種企業への門戸開放を進めている(※4)。こうした公的資金や機会を利用することに躊躇する向きも一部にはあろうが、高リスクのビジネスを行う際に公的支援を求めることはごく当然のことである。アメリカのスペースXもそうやって資金を調達、リスキーな宇宙開発を進めてきた。加えて現在ではたとえば、ニュースペース国際戦略研究所(※5)のように多くのニュースペース企業が参加している交流組織の活用も可能なのである。
宇宙を目指す日本企業は・・・
移動するH-IIAロケット
Photo: NASA / Bill Ingalls, Public Domain,
via Wikimedia Commons
では、各種の安全保障への目配りが必要な今、これから宇宙関連ビジネスを目指そうとする日本の企業はどうすべきなのだろうか。
まずは、自分たちの宇宙活動が、宇宙だけでなくあらゆる分野での安全保障にもつながる可能性があることを認識しておく必要がある。最初に述べたように、宇宙開発は元来、安保部門の強力な支援なしには発展が難しかった産業である。多くの国では国の安定的な資金提供によって産業を発展させるアンカーテナンシーというかたちで国内宇宙産業を支援してきたが、それはこれからの日本にも当てはまる。我が国は政策上も、憲法上の制約はあるものの、宇宙を安全保障目的で使用することは可能という国際基準で動けるようになっている。リスクマネーを積極的に安保部門からも取りに行くべきであり、その際は宇宙や安保に土地勘のあるOB人材の活用も考えるとよい。ちなみに、多くの大学はまだ宇宙安保への協力に抑制的態度を取っているが、その緩和は時間の問題である。
ただし、安保部門に関わるビジネスを行うということは、セキュリティの確保が必須となる。社員のセキュリティ、コンプライアンスは現在以上に求められるし、海外との関係の一部はその対象国家や内容によっては検討し直すことが必要になる。
ともあれ、昨今のデュアル・ユース/コ・ユース/SPaaSの時代においては、動き方によっては大きな発展と利益が期待できる環境が生まれてきていることは大切である。こうして開発した技術成果は、潜在的敵対国家・勢力とは協力できない反面、同志国などへの海外発展可能性がある。安全保障をめぐる昨今の環境変化を踏まえ、これからの日本企業は、宇宙開発や利用活動において「悪魔のように細心に」計画し、「天使のように大胆に」行動する姿勢が大切になろう。
宇宙にとどまらない新しい視点も
最後に1つ付け加えると、宇宙だけに固執しすぎないという観点もまた重要である。たとえばSoftBankがトライしている2万mの高高度を飛行する無人機、成層圏プラットフォーム(High Altitude Platform Station: HAPS)や飛行船を利用した通信や遠隔探査技術は宇宙活動に使われる技術と同じであり、日本上空に常時とどまれること、より近距離であるために高性能が期待できること、修理やアップグレードが可能であるといった点では、軌道上を高速で通過し、故障即廃棄という衛星よりもむしろ我が国のニーズに合致しているともいえる。宇宙活動への参画を考える企業は、より高い視点をもって、より広い視野によって将来を見据えた自らの最適解を見つけることが望ましいだろう。
(※1)https://fund.jaxa.jp (※2)https://aerospacebiz.jaxa.jp
(※3)https://www.mod.go.jp/atla/defense_innovation_meeting/
(※4)https://www.mod.go.jp/atla/topics_boueisangyomisannyushisaku.html
(※5)https://ngsl.or.jp/#
<PROFILE>
橋本靖明(はしもと・やすあき)
学習院大学客員研究員。金沢大学、慶應義塾大学大学院、富士通を経て防衛研究所研究調整官、研究室長、研究部長などを務める。その間、政府宇宙政策委員、防衛法学会理事、International Institute of Space Law(国際宇宙法学会)理事、ユトレヒト大学(蘭)客員研究員、防衛大学校・政策研究大学院大学・常盤大学・駒澤大学講師などを歴任。専門は国際法、宇宙法政策、安全保障。肥前の戦国大名、龍造寺隆信の血を引く。









