筆者の本籍は宮崎県日向市美々津である。児玉家の先祖はこの美々津の浄土真宗のお寺の納骨堂に納められている。兄貴たち(次男、三男)の家族の大半は東京暮らしである。2人とも七回忌を迎えた。先だって三男の七回忌をこの美々津で供養した際に親戚が勢ぞろいした。この集まりも「これが最後かもしれないな」と思う。というのも2人の義理の姉たちも先は短い(長くて10年の寿命)。その姉たちの葬儀の際には、甥姪たちが美々津の納骨堂に納めるかどうか定かではない。美々津の檀家から外れる可能性は高い。
田舎の納骨堂には非常に利便性が良い特典もある。友人知人たちの先祖も祀られているのでいたるところに挨拶して回ることができるのだ。ところで同級生の家の納骨堂前で家族構成を思い出した。「萩谷のところの1人娘は結婚していないから、この10年以内には檀家から足を洗うであろう」という確信的な思いがよぎった。「一宗のところは夫婦ともに寿命は残り5年ばかりだろうか。子どもたちは納骨堂を移転するだろう」と確実な予測を立てることが容易だ。
筆者の場合は男子の末っ子であるため気分も楽であった。妻が天上人になられたときにお寺さんを福岡市中央区荒戸に移転したのである。この美々津のお寺さんとは縁が深かった。住職は八尋家という。福岡県糟屋郡から移ってこられた。筆者の父と非常に懇意な付き合いがあった。二代目住職は筆者の兄貴(三男)と同期であった。八尋家も子宝に恵まれていた。筆者の家族構成でいえば次女、次男、三男、筆者とお寺さんの兄弟と同期であったのだ。昔の地域の結束は本当に濃厚であった。そして現在の住職は三代目となる。血縁関係も薄くなる。檀家方式では運営が成り立たなくなるのは時間の問題なのだ。
熊本の震災でお寺さんの被害続出
熊本地震によって被災した神社仏閣、歴史的名所は下記の通り。

下記の1枚目の画像は明泉寺である。本堂が半壊状態であるが、新規に建て直さなければ従来のようにお寺として利用するのは難しいのではないかと思われる。明泉寺の本堂が建てられたのは江戸時代と言われている。同じ敷地内にある納骨堂、住職家族の生活基盤エリアでは建物が新築であったこともあり地震の被害は皆無のようであった。今回の地震で被害に遭った神社仏閣、歴史的名所などは、いずれも古い建物であったことが共通している。
さて明泉寺本堂の建て替え費用は5億円をはるかに超えるであろう。この負担をいかに捻出するかがお寺さん側の腕の見せどころである。八代市の中心部にあるお寺さんであるから檀家さんの協力を得ることは可能であろう。しかし、八代市を離れた檀家さんたちからは脱会の申し出が続出することも予測される。地域(出身地)を離れても檀家制度が持続されてきたが、この綻びの加速化は日本人特有の社会生活の崩壊の道である。










