開幕初日から1,000人を超える来場者を集めた特別展「福岡市博物館収蔵 幽霊・妖怪画コレクション」が、福岡市博物館で開催されている。伊藤若冲、長沢芦雪、河鍋暁斎、歌川国芳ら、日本美術史を代表する絵師たちの作品約100点を紹介する展覧会だ。なぜ福岡に、これほど充実した幽霊・妖怪画が集まっているのか。担当学芸員の佐々木あきつ氏に、収蔵の経緯や作品に込められた意味、展示を通して伝えたい思いを聞いた。
3万点の収集品が福岡へ
福岡市博物館の幽霊・妖怪画コレクションの核となっているのが、1993年に同館が購入した「旧吉川観方コレクション」である。
吉川観方(1894年~1979年)は、京都で活動した日本画家であり、風俗史研究家でもあった。絵画のほか、衣装、玩具、工芸品、生活用品など、生涯で約3万点もの資料を収集した。そのうち約1万2,000点が福岡市博物館に収蔵され、残る資料は奈良や京都などの機関に収蔵されている。
「京都画壇の作品を多く含む、日本有数の風俗史コレクションです。美術史的にも価値の高い資料を、開館直後の当館が入手できた意義は大きい」と佐々木氏は話す。
福岡市博物館が開館したのは1990年。観方コレクションの収集は93年。当時は開館前から地域の文化財を調査していた博物館が精力的に収集をすすめていた時期にあたり、さまざまなめぐり合わせで、この膨大なコレクションの収集が叶ったという。
人々の暮らしを研究する風俗史家が、なぜ幽霊や妖怪の絵を集めたのか。佐々木氏は、「生をきちんと理解するには、その対極にある死も知らなければなりません。死生観を見ることで、その社会の姿が浮かび上がってくるのかもしれませんね。もちろん趣味や好奇心からくるものだった可能性もありますが…。」と説明する。
歌舞伎や怪談、絵画などの娯楽に、死や恐怖がどう表現されたのか。幽霊・妖怪画は、当時の価値観や社会観を映す風俗史資料でもあった。
応挙、芦雪、国芳が描いた死とユーモア
会場には、日本美術史を代表する絵師たちの作品が並ぶ。幽霊画の歴史を語るうえで欠かせないのが、江戸時代中期の絵師・円山応挙である。
幽霊や骸骨の絵は応挙以前にも存在したが、応挙は掛け軸に描き、床の間などに飾って鑑賞する美術作品へと発展させた絵師とされる。
福岡市博物館が所蔵する幽霊図は、応挙の真筆とは断定されていないものの、応挙に極めて近い人物が描いたとみられている。繊細な髪の毛や静かな表情に加え、掛け軸の表具に見える部分まで絵として描き込んだ構成が特徴だ。
応挙の弟子・長沢芦雪による「九相図」には、死体が腐敗し、骨だけになるまでの過程が描かれている。人間の肉体の無常を示す仏教画だが、芦雪は最後の場面に、空から差し込む光と1匹の蝶を描いた。
「江戸時代、蝶はあの世とこの世を行き来する虫とも考えられていました。魂が成仏していく姿なのでしょう。最後には救われてほしいという当時の人の思いが感じられます」と佐々木氏は語る。
一方、幕末の浮世絵師・歌川国芳は、妖怪や骸骨を使って権力を風刺した。妖怪たちが大きな数珠を回す作品では、シャチホコを尾張徳川家、蝶を長州、骨のない凧を気骨のない幕府などに見立てたとも読める。
作品には「でたらめ絵なり、めでたけれ」と書き添えられている。意味ありげに見えるが、ただのでたらめだという釈明である。
「昔の人の洒落には気骨があります。体制批判する危険を承知の上で笑っているんですよね」と佐々木氏は話す。
国芳が描いた巨大な骸骨も、現代の妖怪文化に大きな影響を与えた。原作では無数の骸骨が現れる場面を、国芳は1体の巨大骸骨として描いた。後に水木しげるが「ガシャドクロ」と名づけ、漫画やアニメ、ゲームに登場する巨大骸骨のイメージへと受け継がれていった。
福岡の文化を織り込んだ展示
本展の特徴は、全国的に著名な絵師の作品だけでなく、福岡に伝わった作品を組み込んでいる点にある。
「日本美術史の大きな流れと名品だけでなく、そこと関わりながら生まれた福岡ならではの作品の魅力にもぜひ注目してほしい」と佐々木氏は説明する。
会場には、福岡藩の御用絵師が描いた百鬼夜行図も展示されている。藩主が鑑賞していたとみられ、妖怪画が庶民だけでなく、武家社会でも親しまれていたことが分かる。
福岡藩4代藩主・黒田綱政に関係する「大江山絵巻」も興味深い。綱政が鳥取藩主・池田家から原本を借り受け、絵師に模写させたとされる。池田家旧蔵の原本は現在、サントリー美術館に所蔵されている。福岡藩ではこの原本を基に、福岡藩御用絵師・小方守房が模写を行い、そこからさらに2つの作品が生まれた。1つは御用絵師・狩野昌運による正式な献上本(現在は米国のフリーア美術館所蔵)、もう1つが福岡藩士・山中幸勝による模写で、本展ではこの山中本が展示されている。
太宰府で活動した絵師・斎藤秋圃の掛け軸は、長年「美人図」として登録されていた。佐々木氏が女性のしぐさや秋草、空の模様などを調べ、幽霊図であることを見いだしたという。
全国的な美術史の流れに、福岡の文化を「差し色」として加えることで、来場者は作品を自分たちの地域につながるものとして見ることができる。
こうしたコレクションの意義は、2026年7月20日に開催された「第17期 福岡歴史観光市民大学」(NPO法人福岡城・鴻臚館市民の会主催)の第4回講義でも紹介された。佐々木氏が「福岡市博物館の幽霊・妖怪画コレクション」と題して登壇し、市民に向けて収蔵の経緯や作品の見どころを解説している。福岡の歴史・文化を多角的に学ぶ全18回の講座の一環であり、本コレクションが地域の知的資産として広く発信されていることがうかがえる。
一方、貴重な作品を将来へ残すための修復環境は厳しさを増している。表具師のほか、修復に使う和紙や裂をつくる職人も減少しており、福岡市内で博物館が依頼していた表具師も近年引退されたという。
吉川観方コレクションは、掛け軸の表具にも収集家の趣味やその時代ごとの流行などが表れている。同じ材料が手に入らない場合、どのように修復するのか。作品の印象を左右する判断を学芸員だけで決めてよいのかという葛藤もある。
そこで今回は、希望する市民とともに表具の裂を選ぶ展覧会のプレイベントも開幕前に行った。
「表具にはルールがありますが、その範囲内で自由に考えてよい部分もあります。令和の時代の好みは、いま生きている私たちがつくるものです。多くの人に表具の楽しみを知ってもらうきっかけになれば」と佐々木氏は語る。
幽霊画が呼び込む「陽の気」
幽霊画は恐ろしい、不吉な絵と思われがちだが、江戸時代には商売繁盛や厄よけの縁起物として飾られることもあった。
「陰陽五行説では、陰が極まれば陽に転じると考えられます。そのため、陰の極みである幽霊画を飾り、反対に陽の気を呼び込むという発想です」と佐々木氏は説明する。
会場には「一陽来復」と題された幽霊図もある。一陽来復とは、冬が去って春が訪れることや、悪い状況が続いた後に幸運がめぐってくることを意味し、縁起物として描かれた作品だという。
幽霊画は地域によって雨乞いに使われ、泥棒よけとして家に掛けられることもあった。美術品であると同時に、信仰や暮らしに根差した実用品でもあったからこそ、数多く描かれ、現在まで残されてきたのかもしれない。
「2026年は丙午で、陰陽五行では陽の気が極まる年です。陰の極みである幽霊画をぶつければ、猛暑も少し和らぐかもしれません」と佐々木氏は笑う。
会場には、障子越しの揺れる灯りで幽霊画を見るコーナーや、来場者の顔を基に幽霊たちとの集合写真を生成する「AIご先祖さん」も設けられている。作品解説も、気軽に楽しみたい人向けと、詳しく学びたい人向けに分けられ、幅広い来場者が楽しめる構成となっている。
佐々木氏は、幽霊や妖怪を描く意味について、次のように語る。
「見えない不安を絵にすることでかたちが与えられ、安心につながります。山で不思議な音がしても、『あれは山彦だ』と納得できれば、不安は安心に変わり、やがて面白さに変わります。先人たちが恐れと向き合ってきた営みを、現代の創作意欲につなげる展示になればうれしいです」
幽霊・妖怪画は、単に人を怖がらせるための絵ではない。説明できない現象や死への恐れに名前と姿を与え、笑いや物語へと変えてきた人間の想像力の結晶である。
福岡に集められた約100点の作品は、江戸時代の絵師たちの技術とともに、見えないものと向き合ってきた人々の知恵を現代へ伝えている。
<INFORMATION>
特別展「福岡市博物館収蔵 幽霊・妖怪画コレクション」
〔会期〕
2026年7月19日(日)~9月13日(日)
〔会場〕
福岡市博物館2階・特別展示室
(福岡市早良区百道浜3-1-1)
〔出品作家〕
伊藤若冲、長沢芦雪、河鍋暁斎、歌川国芳、斎藤秋圃ほか
〔出品数〕
約100点
〔観覧料〕
一般1,500円、高大生800円、中学生以下無料
〔休館日〕
月曜日
〔関連催事〕
毎週水曜日午後2時から学芸員によるギャラリートーク
〔主催〕
福岡市博物館、西日本新聞社、西日本新聞イベントサービス
<PROFILE>
佐々木あきつ(ささき・あきつ) 福岡市博物館学芸員。専門は近世日本美術史。宮崎、熊本の美術館を経て福岡市博物館に入職。江戸時代の御用絵師研究を軸に、中央と地方の画壇の関係性について調査を進める。特別展「福岡市博物館収蔵 幽霊・妖怪画コレクション」担当。

【児玉崇】









