「好きなことを勉強していい」の先にあったもの ─サンクスラボ・福祉と労働の縦割り(後)
なぜ雇用率は上がり続けるのか
法定雇用率は24年4月に2.5%となり、26年7月にはさらに2.7%へと引き上げられた。対象となる企業規模も、従業員43.5人以上から37.5人以上へと拡大された。これまで対象外だった中小企業にも、新たに雇用義務が生じている。
なぜ、この率は段階的に上がり続けるのか。法定雇用率は、労働力人口全体に占める障害者(就業者と失業者の合計)の割合をもとに、概ね5年ごとに見直される。少子高齢化で労働力人口という分母自体が縮小を続ける一方、算定対象の裾野は広がっている。この構造が変わらない限り、雇用率は今後も上がり続けると見る向きは少なくない。法律上確定しているのは2.7%までだが、「達成すれば一段落」と捉えるのは楽観的に過ぎるかもしれない。
中小企業を苦しめる「切り出し」の壁
雇用率の引き上げに対し、多くの企業が直面するのが「何をさせればいいかわからない」という壁である。ある調査では、中小企業ならではの課題として「障害者に任せる業務の切り出しが難しい」という回答が最も多く、「ノウハウが不足している」「専任担当者を配置する余裕がない」という回答が続いた。
この課題は、今に始まったことではない。13年の公的調査でも、障害者を雇用しなかった最大の理由として「障害の状況に応じた職務の設定や作業内容の改善が難しい」ことが挙げられており、06年の調査でも同様の傾向が指摘されている。20年近くにわたり、企業が挙げる阻害要因はほとんど変わっていない。
大手企業に比べ、一人ひとりの業務範囲が広い中小企業では、特定の業務だけを切り出して独立させること自体が構造的に難しい。代行サービスを利用する企業が増えているが、利用企業の4割超が依然として課題を感じているという調査結果もあり、外部に委託しても根本的な難しさが解消されるわけではないことがうかがえる。
「量」で測る制度が生む、共通の誘因
この「切り出しの難しさ」を放置したまま数字だけを揃えようとすると、上編で見たサンクスラボ社のような仕組みに行き着く。法定雇用率の未達成には納付金(月額5万円)という金銭的負担に加え、ハローワークからの行政指導、改善が見られない場合の企業名公表という社会的な負担が段階的に科される。
ここで見落とされがちなのは、この制度が測っているのが一貫して「人数」だけだという点である。業務の中身が問われる場面は、少なくとも義務化された報告の枠組みには存在しない。企業から見れば、業務を切り出す努力は測定も評価もされないコストであるのに対し、人数を揃える努力は罰則回避に直結する形で可視化される。合理的な経営判断として、限られたリソースを「測定される方」に振り向けてしまうのは、ある意味自然な帰結でもある。量だけを測り続ける制度が、業務なき雇用を繰り返し生み出す土壌になってきたといえる。
「訓練」と「勉強」を混同しない
もうひとつ、前編の内容を振り返って問い直したいのが、「雇用の質」という言葉の中身である。
企業に、本人の将来を設計する責任まで負わせるべきなのか、という点は、立ち止まって考える価値がある。一般雇用において、企業が社員に求めるのは基本的に会社の職務を遂行できることであり、将来のキャリア形成や自己啓発まで全面的に設計する責任を負うわけではない。障害者雇用においてだけ、企業がその先まで見越した「訓練」を用意すべきだという水準が、暗黙のうちに求められてはいないだろうか。
これは、障害者雇用促進法が求める合理的配慮を軽視してよいという意味ではない。同法が事業主に求めているのも、本人の将来設計そのものを描くことではなく、本人が持つ力を発揮できるよう、今ある職務を遂行可能な形に調整することである。合理的配慮とは、本人に合わせて仕事のやり方や環境を整えることであって、本人の将来のキャリアを企業が設計することとは、そもそも次元の異なる話である。
問われるべきは、「本人のスキルアップを企業が設計しているか」ではなく、「今、その人にできる仕事が実際に存在するか」のはずである。サンクスラボ社の本質的な問題は、キャリア形成が欠けていたことではなく、そもそも仕事と呼べるものが存在しなかったことにある。企業が背負うべきは、実践を前提とした業務指示という意味での訓練であって、本人が主体的に行う「勉強」まで肩代わりする必要はない。
「5年経てば、本人を取り巻く状況も変わる」という視点
雇用率への対応を、一度達成すれば終わりの課題と捉えることにも注意が要る。5年後には雇用率自体がさらに上がっている可能性が高いだけでなく、今雇用している本人を取り巻く状況もまた、5年分変化する。
本人自身の体調に変化が現れることもあれば、同居する両親が高齢になり、これまで担ってきた生活面の支えが失われることもある。家族構成や住環境が変わり、通勤や生活のリズムそのものが揺らぐ場合もあるだろう。就労を始めた時点では想定していなかった変化が、時間の経過とともに必ず生じる。これは採用時点の合理的配慮の枠を超え、医療や介護、あるいは生活そのものへの支援に近い領域に踏み込む問題であり、一企業の人事担当者だけで抱えられる話ではない。
一方で、就労移行支援体制加算という福祉側の制度も、「就職して6か月定着すれば支援は一区切り」という設計になっており、その後の本人や家庭の変化までは視野に入れていない。企業からも福祉からも継続的な目が届きにくくなる空白が、双方の制度の間に生まれている。
企業だけで抱えない、という選択
この空白を埋める鍵になるのが、外部の支援機関との継続的なつながりである。障害者就業・生活支援センターは、障害者雇用促進法に基づき、原則としてすべての障害保健福祉圏域に1カ所設置することを目標に整備されてきた公的機関で、令和6年度時点で全国に約337カ所ある。障害のある本人だけでなく、障害者雇用に取り組む企業からの相談も受け付けており、事業所に対する雇用管理上の助言も業務に含まれる。特定の企業や個人の私的な事情に依存せず、平時からつながっておける窓口として、どの企業も無料で利用できる。
実際にこうした連携が機能した例もある。ある企業では、部署担当者と人事担当者が定期的な面談を行う一方、支援センターが定期訪問で体調や家庭生活を確認するという役割分担がなされていた。入社半年を過ぎた頃から本人の様子に変化(痩せてきた、業務中にぼんやりする、など)が見られた際、現場の担当者がこれに気づいて人事担当者と支援センターに共有し、受診を促した結果、早期の入院治療につながったという。
ここで重要なのは、「支援してくれる家族や知人がいるか」を採用や配置の判断材料にしないことである。それを基準にしてしまえば、私的な支援環境に恵まれない人ほど不利に扱われるという、新たな排除を生みかねない。企業が用意すべきは、個人の属性の見極めではなく、誰であっても何かあったときにアクセスできる窓口を、平時からあらかじめ持っておくことである。
法定雇用率への対応は、達成した時点で終わる課題ではない。上がり続ける数字と、時間とともに変わっていく本人を取り巻く状況。この終わりのない課題を、企業が一社で背負い込もうとするところに、サンクスラボ社のような仕組みにつけ込まれる隙が生まれる。むしろ持続可能なのは、外部の専門機関と最初からつながっておくという、地味だが着実な備えの方だろう。
(了)
【石橋雅子】









