「心」の雑学(22)「誰もやらない」とき動物はどうする?〜動物たちの同調と傍観〜
人間だけが他人を気にする?
ここ数回の記事では、私たちが周囲の人々から受ける社会的な影響について紹介してきた。第19回では、周囲に他者がいることで困っている人への援助が起こりにくくなる、「傍観者効果」を取り上げた。続く第20回では、周囲の人が何も行動しない様子から「みんなは問題だと思っていないのだろう」と他者の内面を誤って推測してしまう、「多元的無知」について掘り下げた。そして前回は、集団や他者の判断、行動に合わせて自分の振る舞いを変える「同調」という現象を紹介した。
これらの現象は、自分以外の他者を手がかりとして判断し、その様子に応じて自分の行動を変えている点で共通している。私たち人間は社会のなかで生きている以上、自分1人だけで物事を判断しているわけではない。周囲の人が何をしているのか、あるいは何をしていないのかという情報を使いながら、社会における自分の適切な行動を調整しているのである。
では、こうした「周囲に合わせる」という振る舞いは、高度な社会を築き、言葉を使って生活する人間特有のものなのだろうか。今回は、動物たちが受ける「他者からの影響」という観点で、これらの現象をうかがってみよう。
動物は多数派を気にするのか
まず動物は、他者が存在することによって影響を受けるのだろうか。答えはYesで、このことについては以前の記事でも少し触れたことがある。第18回で紹介した「社会的促進」という現象があるのだが、社会心理学者のZajoncらは、なんと昆虫を対象に実験を行い、ほかの個体が周囲にいるだけでも、課題のパフォーマンスが変化することを示した。虫であっても、他個体の存在とまったく無関係に行動しているわけではないのである。
では一歩進んで、「他者や集団に合わせる(同調する)」といった現象は、人以外の動物でもみられるのだろうか。現段階では明確にYesともNoとも結論を出せないのだが、同調に関連するいくつかの研究報告は存在する。
たとえば、チンパンジー1、ベルベットモンキー2、ラット3、シジュウカラ4などにおいて、他個体から得た情報や多数派の選択・行動を手がかりに、自分自身の行動を調整する傾向が報告されている5。どうやら、「周りのみんなはこうしている」という情報や状況を気にしているのは、人間だけではないようだ。

他者の振る舞いが援助を鈍らせる
動物を対象とした研究は面白く魅力的なのだが、動物で心理学的現象を調べることは簡単ではない。人間であれば、「なぜそうしたのですか?」と質問したり、「わざと間違った回答を選んでください」と特定の実験状況をつくり出すために指示することもできる。しかし、動物にはこうした手法は使えないため、実験状況をさまざまに工夫して、動物の行動からその現象が生じているかどうかを検証しなくてはならない。こうした背景もあり、動物を対象とした社会的影響の研究には、さまざまな制約がある。とくに傍観者効果を検討した研究は、非常に少ない。
そのなかでも興味深いのが、Havlikらの研究である6。この実験では、透明な筒状の箱に1匹のラットを閉じ込め、そのそばに自由に動ける別のラット(実験参加者)を置いた。このラットは箱の扉を外側から開けることができ、実際に繰り返し実験を行うと、閉じ込められた仲間を外へ出す行動(援助行動)を示すようになる。
この実験がすごいのは、巧妙な手法によって、人間を対象とした傍観者効果の実験とよく似た状況をラットでつくり出したことだ。彼らは、抗不安薬を投与することで、自発的な援助行動が抑制されたラットを用意した。つまり、「助けを求める他者を前に何もしない他者」、いわば傍観者役を擬似的につくり出したのである。そして、実験参加者のみの場合と、こうした傍観者役が1匹または2匹同席している場合とで、実験参加者の援助行動を検討した。
その結果、傍観者役が1匹、2匹と同席する状況では、単独の場合よりも、閉じ込められたラットを救出する行動が起きにくくなる傾向がみられた。つまり、目の前に助けを必要としている他者がいて、自分は助けることができるにもかかわらず、「周囲の他者が助けていない」という状況が、自分自身の援助行動を抑制していたのである。
前述の通り、この研究から私たちがわかるのは、ラットの援助行動が減少したという行動上の変化までである。そのためこの結果から、ラットが「誰かがやってくれるだろう」と責任を押し付けたり、「みんな平気そうにしているから助けなくても大丈夫だ」と考えたりしていると結論づけることはできない。しかしながら、動物においても、少なくとも周囲の他個体が何をしているかによって、自分の援助行動まで変化し得ることが示されたのは、非常に興味深い。
私たちはときに「周りの目を気にする」「空気を読む」といった振る舞いを、人間らしい高度な社会性の産物だと考えてしまいがちである。それゆえに、「猫は悩みとかなさそうでいいな」「生まれ変わるなら次は鳥になって気ままに暮らしたい」などと、ついつい動物への憧れを口にしてしまうこともある。しかし、どうやら空気を読みながら暮らしているのは、私たち人間だけではないようだ。隣の芝は青い。
1 Haun, D. B. M., et al. (2012). Majority-biased transmission in chimpanzees and human children, but not orangutans. Current Biology, 22(8), 727–731.
2 van de Waal, E., et al. (2013). Potent social learning and conformity shape a wild primate’s foraging decisions. Science, 340(6131), 483–485.
3 Chou, L.S., & Richerson, P. J. (1992). Multiple models in social transmission of food selection by Norway rats, Rattus norvegicus. Animal Behaviour, 44(2), 337–343.
4 Aplin, L. M., et al. (2015). Experimentally induced innovations lead to persistent culture via conformity in wild birds. Nature, 518(7540), 538–541.
5 今回は説明をわかりやすくするため、他個体や多数派の行動に合わせる研究を広く「同調」に関連する研究としてひとまとめに紹介している。ただし、何をもって同調が起きたとみなすかは難しく、動物での研究報告があることと、動物に同調傾向があることはイコールではないので、その点は注意してほしい(多数派に影響されない動物の研究報告も存在する。ゆえにまだYesともNoともいえないのである)
6 Havlik, J. L., et al. (2020). The bystander effect in rats. Science Advances, 6(28), eabb4205.
<プロフィール>
須藤竜之介(すどう・りゅうのすけ)
1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は人間環境大学総合環境学部環境情報学科講師。

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