「心」の雑学(21)「みんな」と同じにしてしまうのはなぜか〜同調が沈黙と傍観を広げるとき〜

誰も動かない理由の奥に
誰かが困っている場面に出くわしたとき、「助けたほうが良いかもしれない」と思いながらも、周囲の人が誰も動かないために、自分もそのまま通り過ぎてしまう。あるいは、会議や授業で疑問を感じているが、誰も質問しないために自分も黙ってしまう。こうした経験は、程度の差こそあれ、身に覚えがある人も多いのではないだろうか。
前々回は、周囲に他者がいることで援助行動が抑制される「傍観者効果」を紹介した。さらに前回は、その背景の1つである「多元的無知」を掘り下げ、誰もが内心では違和感を抱いているにもかかわらず、周囲の沈黙を見て「みんなは受け入れているのだろう」と誤解してしまう現象を見てきた。では、なぜ私たちは、周囲の人々の様子にこれほど強く影響されてしまうのだろうか。
この問いを考えるうえで、カギとなるのが「同調」という心理現象である。同調とは、集団や他者の意見、判断、行動に合わせるように、自分の考えや振る舞いを変えることである。今回は、私たちに広く見られる「周りに合わせる」という行動を、同調という観点から考えていこう。
自分の目より、みんなの行動
同調と聞くと、日本語の「空気を読む」という表現を思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、周囲の雰囲気を察し、自分の判断や行動をそれに合わせることは、日本社会に限られた特徴ではない。これは、集団生活を営む私たち人間に広く見られる、社会的な適応の仕組みの1つである。
同調の影響力を示す代表的な研究に、社会心理学者アッシュの実験がある1。この実験の参加者は、数人の集団のなかで、見本となる1本の線と同じ長さのものを、別に示された3本の線から選ぶよう求められた。この課題は、知識や経験を必要とするものではなく、自分の目で見れば十分に答えを判断できる簡単なものであった2。
ただし、参加者と同席する集団には仕掛けがあった。この実験の本当の参加者は1人だけで、ほかの人々は研究者側の協力者だったのである。協力者たちは、最初の数回は正しく回答するが、あらかじめ決められた場面になると、全員そろって明らかに間違った線を選ぶことになっていた。協力者たちが間違った回答をすると、本当の参加者も多数派と同じ誤答を選ぶことがあった3。
ここで重要なのは、正解が明らかな課題であっても、多数派の一致した回答によって、参加者の回答が揺らぐことがあったという点である。周囲の全員が別の答えを選ぶと、「自分だけが違うことを言ってよいのだろうか」という不安が生じることがある。私たちは判断材料が不足しているときだけでなく、自分の答えにある程度の確信がある場面でも、多数派から外れることを避け、自分が正しいと思う答えとは異なる回答をすることがあるのである。
こうした同調は、言葉による回答だけに見られるわけではない。社会心理学者のミルグラムらは、街頭で実験協力者の人数を変えながら向かいの建物の窓を一斉に見上げさせ、通行人の反応を調べた4。その結果、通行人にも同じ方向を見たり、その場で立ち止まったりする行動が見られ、その傾向は見上げる集団が大きいほど強くなった。その窓に何があるのか、なぜ人々が見上げているのかがわからなくても、「多くの人がそうしている」という事実だけで、通行人は同じ行動へと引き込まれてしまったのである。
アッシュの研究が多数派の「判断」に合わせる同調を示したものだとすれば、ミルグラムらの研究は、多数派の「行動」に引き込まれる同調を示したものといえる。周囲の判断や行動を手がかりにすることは、集団のなかで円滑に振る舞うために役立つ。しかし、それが常に正しい方向へ導いてくれるとは限らない。多数派の判断が誤っていたり、周囲の人々がなぜその行動をとっているのかわからなかったりしても、私たちは周囲に合わせて、自分の判断や行動を変えてしまうことがあるのである。
小さな同調が集団の流れをつくる
前回紹介した多元的無知は、周囲の沈黙から他者の本音を誤って推測してしまう現象だった。そこで生まれた見かけ上の多数派に自分の行動を合わせることで、同調が多元的無知による誤解をさらに維持してしまう。たとえば、誰も質問しない場面で、「みんなは理解しているのだろう」と考えて自分も黙れば、その沈黙はさらに周囲の判断材料となる。この循環によって、本当は多くの人が望んでいない状況が、あたかも集団全体の総意であるかのように維持されてしまうのである。
こうした同調研究の背景の1つには、第二次世界大戦後の社会心理学が抱えていた重い問題意識があった。ホロコーストのような歴史的な惨事を前に、なぜ普通の人々が周囲や権威に影響され、迫害を支える側に回り得るのかは、当時の研究者にとって重要な問いだった。その問題意識は、多数派に合わせる「同調」だけでなく、権威者の命令に従う「服従」の研究へとつながっていくこととなる5。
もちろん、こうした歴史的出来事を、同調や服従などの心理現象だけで十分に説明することはできない。そこには、差別や宣伝、制度、恐怖など、多くの要因が複雑に関わっている。それでも、普通の人々が周囲の流れに巻き込まれ、結果としてそれを支える側に回ってしまう過程を考えるうえで、同調は無視できない問題だったのである。
同調そのものは、人間にとって決して悪い働きではない。周囲の人々に合わせることで、私たちは集団のなかで円滑に行動し、協力し合うことができる。しかし、1人ひとりが「みんながそうしているから」と十分に考えないまま周囲に合わせると、その行動がさらに次の人にとっての判断材料になってしまう。こうして同調が連鎖すると、最初は小さな思い込みや判断の誤りだったものが、やがて集団全体の当たり前となり、大きな過ちへつながることがある。そして、多くの人が同じ行動をとるようになるほど、その流れに疑問を示したり、途中で止めたりすることは難しくなっていく。
目の前の人々が同じ行動をしていても、その全員が納得しているとは限らない。誰もが周囲に合わせているだけなのかもしれない。「みんながそうしている」ことと、「みんながそれを正しい、あるいは望ましいと思っている」ことは、必ずしも同じではないのである。だからこそ、周囲と歩調を合わせる前に、その行動にどのような理由があるのかを、一度立ち止まって考えることが大切である。さて、本当にみんなそう思っているのだろうか?
1 Asch, S. E. (1951). Effects of group pressure upon the modification and distortion of judgments. In H. Guetzkow (Ed.), Groups, leadership and men: Research in human relations (pp. 177–190). Pittsburgh, PA: Carnegie Press.
2 参加者が単独でこの課題に取り組んだ場合、誤答率は1%未満だった
3 参加者のおよそ4人に3人が、少なくとも1回は多数派の誤答に同調したと報告されている
4 Milgram, S., et al. (1969). Note on the drawing power of crowds of different size. Journal of Personality and Social Psychology, 13(2), 79–82.
5 今回、同調に関する研究を紹介したミルグラムは、権威者の命令への服従を調べた実験でもよく知られている。この実験は日本では「アイヒマン実験」とも呼ばれており、興味があればぜひチェックしてみてほしい
<プロフィール>
須藤竜之介(すどう・りゅうのすけ)
1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は人間環境大学総合環境学部環境情報学科講師。

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