コダマの核心
2016年05月31日 13:04

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(9)~作家・藤沢周平で持っている鶴岡市

  信義篤い庄内藩の伝統  承知の通り、庄内藩の大名・酒井家は徳川譜代として、最後まで政権を支えてきた。歴代藩主たちは、藩民のために良政を行ってきた。酒井家は徳川幕府に20万石を要...

2016年05月30日 14:31

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(8)~公益の祖は本間光丘なり

  上杉鷹山事業成功の影の支え  前号で触れたように庄内藩の妬み根性の幹部から本間光丘は財務大臣役を解任された。徳政令を発されたのである。「従来の借金、借米は富豪・町人・寺院から4...

2016年05月26日 13:12

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(7)~公益の祖は本間光丘なり

  光丘の功績が讃えられて210年  福岡では健康食品成金が続出した。『パナマ文書』並みに相続対策でロンドンに逃避したキューサイ創業者・長谷川常雄一党がいる。一度は「会社売却で一党...

2016年05月25日 18:05

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(6)~公益の祖は本間光丘なり

  二代で頭角を現す本間家  1689年初代原光が新潟屋をスタートした年に松尾芭蕉が酒田にやってくる。1707年、本間家が山王神宿金勤仕の酒田町長人(おとな=町の世話役人、三十六人...

2016年05月24日 14:03

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(5)~公益の祖は本間光丘なり

  江戸時代は意外と物流が活発であった  本間家三代目・本間光丘が『公益の祖』と呼ばれるようになった実績に触れる前に、そのバックグラウンド――時代背景を説明する必要がある。本間...

2016年05月23日 14:47

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(4)~公益の祖は本間光丘なり

  名湯が県内に無数あり  いやー、山形県では至るところに名湯が点在している。山形市では、かみのやま温泉と蔵王温泉とが有名である。かみのやま温泉のリード役は、名旅館『古窯(こよう...

2016年05月20日 11:19

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(3)~米沢・上杉鷹山

   1964年6月のことだった。筆者の母校である高鍋高校を当時の駐日米国大使のエドウィン・ライシャワー氏が表敬訪問し、『偉大な政治家・上杉鷹山』に対する熱弁を振るった。その時に初...

2016年05月19日 15:03

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(2)~上杉の歴史資産を永く継承する米沢市

   【パナマ文書】で隠された金額の桁違いさには驚く。ケイマン諸島だけでも日本企業・日本人が隠してある資金が60兆円と公にされた。他地区の分も含めると100兆円に達するのではないか!...

2016年05月18日 15:16

『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(1)

   金の亡者が蔓延る全世界に、アンチテーゼを突きつけるものが『山形』にあるとみて、同県内を散策した。まず、山形市出身のノンフィクション作家・大山眞人氏の『私の山形論』から紹介する...

2016年05月17日 09:34

あー、よかった!!『パナマ文書』で泥まみれにならなかった、やずや会長・矢頭美世子氏(2)

   Y社からの『パナマ文書』についてのコメントのなかに、「ベトナムの会社を買収した際に、この会社が問題になる登記をしていたことを知った。だから取り消しを行った」とある。  矢頭美世...

2016年05月16日 13:22

あー、よかった!!『パナマ文書』で泥まみれにならなかった、やずや会長・矢頭美世子氏(1)

  やずやは間違いない  弊社が総力を挙げて、資産隠しリスト=『パナマ文書』にある福岡地区の住所リストを調べた。そこから明らかにされたのは、健食通販の大手(株)やずやの関連会社であ...

傑物・堀江貴文(ホリエモン)氏の歴史的評価の再考(3)

  仲間はパソコンを駆使する者たち  ホリエモンは、嫌なこともしっかりと次のように述べる。「私よりも年上の方々には酷なことを申し上げるかもしれないが、今からはパソコン、ネットを駆...

傑物・堀江貴文(ホリエモン)氏の歴史的評価の再考(2)

  若者たちがビジネス道を極めるための求道者 堀江 貴文 氏  まず、結論から述べると、ホリエモン氏には『溶けていく日本経済システムに大企業を起こして歯止めをかける大役は...

傑物・堀江貴文(ホリエモン)氏の歴史的評価の再考(1)

  パナマ文書には関係ない 堀江 貴文 氏  「パナマ文書」には様々な財産隠しの面々の名前が暴きだされている。福岡県内でも8件(企業、個人)が発覚しており、日本全体では楽...

2016年05月10日 07:03

三菱自動車がまたもや不正、日本の製造業が溶解していく(後)

  外資導入をテコに誕生  三菱自動車工業(株)(以下、三菱自動車)は、1970(昭和45)年4月に三菱重工業(株)(以下、三菱重工)の自動車部門が分離・独立してスタートした。三...

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