2022年01月23日( 日 )
by データ・マックス

『脊振の自然に魅せられて』福岡市で唯一の渓谷「野河内渓谷」を甦らせよう(3)

遊歩道に悪戦苦闘で名所看板取付け

 2014年(平成26年)、遊歩道に名所看板を取付ける作業に入りました。
地元実行委員が看板製作を糸島市の木工所「トンカチ館」に依頼して作った、横1m×立て30cm×厚さ3cmの立派なものです。
 名所は「むくろうじ渕」、「鮎返り」、「ダゴ岩」、「二瀬岩」、「涼みが峡」、「矢渕滝」、「風涼峡」の7カ所です。
 当初、実行委員は簡易コンクリートで設置しようと計画していましたが、脊振山系に道標設置の実績がある私は、「それでは強度が保てない」と判断し、道標設置の熟練グループ「伊都遊歩道クラブ」に応援依頼しました。
 「脊振の自然を愛する会」と「伊都遊歩道クラブ」は脊振山系に合計270本もの道標を5年がかかりで設置し、また伊都遊歩道クラブはそれにくわえて糸島方面の可也山などにも道標を設置しているクラブです。

看板取付け

 看板の取り付け場所の事前調査を2014年2月6日に行いました。
 その後、2014年6月9日と2015年3月12日の2回に分けて、脊振の自然を愛する会と伊都遊歩道クラブが述べ24名で看板設置作業を行いました。「伊都遊歩道クラブ」の小川会長、川上さん(福岡山の会)他、「脊振の自然を愛する会」から平さん(元ピナクル山の会会長)と作業のベテランのメンバーが参加してくれました。
 地中に看板を建てるには、スコップとツルハシで穴を掘ります。岩盤にブチあたらなければ比較的短時間で設置作業が終える事ができます。
 問題なのは渓谷の壁面、つまり岩盤に看板を取付ける作業です。
 まず渓谷の中間地点の「ダゴ岩」です、ここには古いブリキ製の表示板が曲がって無惨に晒され、わずかに文字が読み取れる状態で残っていました。
 伊都遊歩道クラブが小型発電機を荷揚げしていましたが、振動ドリルを作動させるにはアンペア不足で、急遽、地元会員のT氏が所有している40kgもある発電機を荷揚げしました。T氏はこの発電機を一人で荷揚げしてくれたのですが、足下は滑るし、長靴ですので沢に滑落して大事故になりかねないと心配しました。
 この発電機で必要な電力を得ることができ、振動ドリルで固い「ダゴ岩」に穴を空けて行きました。平さんと川上さんの山のベテランが作業に当たり、岩の登攀をしている2人なので安心して任せしました。受け手のメスネジを埋め込み、看板のオスネジを取り付け、作業は1時間30分で終了しました。足場は悪いし高台なので本当に悪戦苦闘の作業でした。

 次は対岸の「鮎返り」です、この岩盤の壁面にも、ブリキ製の看板が鬱蒼とした樹木の中に残っていました。
 伊都遊歩道クラブのメンバーは馴れた手順でロープを掛けて対岸の不要木処理を行い、危険な作業でしたが1時間程度で終了しました。
 おかげで渓谷は明るくなり、対岸もきれいに見渡せる様になりました。
 この場所に看板の取り付です。ダゴ岩と同様に平、川上の両氏が作業に当たり渓谷から5m上に対岸から見渡せる場所に取り付けました。作業は岸壁登攀と同じ姿で岸壁に取り付いたかっこうで行い、一番緊張した取り付け作業でした。
 対岸からみる「鮎返り」の看板は輝いて見えました。作業2時間、最も時間を要した看板取付けでした。

 遊歩道で一番大きな矢渕滝は古木をチェーンソーで処理して根元を利用し、作業はすんなりと終りました。
 遊歩道一番奥、固い岩盤の風涼峡にも震動ドリルで穴を開け同じ作業で終了。

 看板取付け作業が全て終了しても、重い発電機を渓谷入り口まで降ろす作業が残っています。丈夫な木材にロープで吊り下げて4人がかりで濡れて足下の悪い遊歩道をゆっくりと下しました。私は腰を痛めていたので発電機を降ろす作業は手伝いませんでしたが、頭の下がる思いでした。
 渓谷の入り口でスコップなど作業道具をきれいに洗って、一連の取り付け作業は終了しました。

 これで遊歩道の鎖と支柱、景勝地案内看板取付けが終りました。

40kgもある発電機の荷下ろし作業

ダゴ岩に震動ドリルで穴をあける 平さん(左)、川上さん(右)

二瀬岩の取り付け作業  伊都遊歩道クラブ 小川会長(右)

2017年8月3日記 脊振の自然を愛する会 代表 池田友行

 
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