「人づくり」と「つながりづくり」で木材関連産業や地域社会を活性化

（株）Small Planet
代表取締役　緒方美英子 氏

熊本県の職員として地域活性化にも取り組み

    ──熊本県庁職員時代には、どのような業務に携わり、経験をされてきたのでしょうか。

　緒方　私は英彦山の麓、山と川に囲まれた環境で育ち、幼少期はウナギを捕り川で遊び、橋から川へ飛び込むような日常を過ごしていました。英彦山の麓での原体験は、後に森林や山村に関わる仕事を選ぶうえで、大きな基盤となっています。鹿児島大学で「林学」を学び、熊本県庁では森林・林業・木材産業分野の技術職として勤務し、森林計画、林業担当、製材業や木材流通に関わる業務など幅広い領域に携わってきました。具体的には林道工事の設計や監督、山崩れの復旧対応、林業大学校の立ち上げ、林業の担い手育成、森林環境譲与税の市町村支援、さらには地域観光振興まで、その職務は多岐にわたっていました。

　2016年に熊本地震が発生した際は、阿蘇地域での森林・林業の現場を担当していました。宿泊施設は使えず、道路も十分に通れないため、数カ月にわたり車中泊を続けながら復旧・復興対応にあたりました。コンクリートの上に段ボールを敷いて眠りながら仕事を続けた日々は、忘れがたい記憶として残っています。

それぞれの立場に寄り添い働きやすい環境を整える

　──「森林総合監理士（フォレスター）」「森林・林業コーディネーター」などとして活躍されています。

　緒方　林野庁の登録が必要となる「森林総合監理士」は、地域全体の森林を長期的・総合的にマネジメントする専門人材ともいえます。森林所有者や森林組合、林業事業体、行政の方々と一緒に地域単位で森林管理するための構想づくりや合意形成、構想実現までをコーディネートします。そのため、活動も幅広く、市町村での長期ビジョンづくり、森林組合や林業事業体での研修講師、行政の方々から依頼を受けた森林経営管理制度推進に向けた研修講師、さらには森林所有者からの相談対応など多岐にわたっています。ここで心がけているのは、すべて相手が困っていることを把握し続ける姿勢でいるということです。そのため、同じ研修プログラムが1つもないのです。

　また、森林・林業コーディネーターとしては、森林組合や林業事業体などの組織におけるコミュニケーション研修や管理職マネジメント研修などの組織強化のお手伝いをしたり、経営者の経営アドバイザーを行ったりしています。このような仕事をしていると、人材育成は「人づくり」「心づくり」だなと強く感じます。単なる組織や制度の枠組みとしてではなく、1人ひとりの立場に寄り添い、働きやすい職場環境を整えることが大切なのだと感じています。入職者はもちろんですが、森林組合や林業会社の経営者や中間管理職、現場で働く人たちといったそれぞれの役割と立場があり、人生があります。私は事業体の特徴や所属する人たちの得意分野などを把握し、実情に合わせた組織づくりのお手伝いをしています。

　たとえば森林組合や林業会社は、伐採技術に長けた人が中心となって成長してきたケースが多くあります。しかし、人が増え組織が大きくなるにつれ、「報連相」が機能しなくなったり、理念や方向性が共有されなくなったりする場面が生じます。現場で木を切ることが得意な人が、そのまま組織経営まで得意であるとは限りません。人数が増えるほど、マネジメントや組織づくりの重要性は増します。

　林業現場の定着率は4割程度と言われていますが、それを改善するには、採用側はどんな人材を求めているのかを明確にし、求職者とお互いに納得したうえで関係を築き育んでいくことが重要です。異業種を経験した人が林業に入ってくる時代だからこそ、育成や評価、働きがいを意識した組織づくりが欠かせません。

県や地域でそれぞれに異なる強みと実情

　──「ふくおか林政アドバイザー」をなさるなど、福岡県の林業活性化に関わっていらっしゃいます。福岡県の状況について、どう見ていますか。

　緒方　福岡県には設計事務所や建設会社が多くあり、そのため川上と川下の距離が近く、木造建築物の普及を拡大するためのポテンシャルがたくさんあります。熊本県や大分県に近い筑後地域などは歴史的に林業が盛んです。製材業界は多くの後継者が存在するなど、活発に経営を展開しています。森林組合でも新しいチャレンジをする地域も存在していて、今後の動向に期待がもてます。とくに福岡県内には「林業をしたい」という移住者も多いのですよ。「山仕事をした後でもすぐに都会に出ることができる」という人もいます。

    地域によって実情や強みなどが異なりはしますが、大切なのはそのことを理解して、林業やそれに関連する人たちをつなぐこと。森林組合が伐採計画を立てても、その木をどこにどのように供給するのかが、川中・川下と共有されなければ、十分な価値を得ることができません。ですが現実は、同じ地域に住みながら、製材業者が丸太の伐採現場を初めて見たというケースもあります。縦割りの構造が、横のつながりを弱めてきた側面があります。そこで、私は現場見学や懇親会、研修会などの場をつくり、人と人が知り合う機会を設けることに力を入れています。顔が見える関係ができることで、それぞれの役割を担う人たちの理解が深まり、新しい発想が生まれます。若手や中堅がより強くつながることは、将来の地域林業を支える土台になります。

女性や高齢者の入職・定着にも注力

　──林業においては、人材不足が他産業に比べて深刻です。

　緒方　たしかにそうですが、近年、林業分野へ魅力を感じる若い男女や高齢者、異業種出身者の入職希望者は増えています。とくに女性の林業経営者、アーボリスト（樹木の診断やケアをする人）も出てきています。50代・60代で林業に挑戦する人もいます。林業では今、多様な人生が交錯しています。若者だけの仕事ではなく、人生の後半に新たな役割を見出す場にもなり得ているのです。そうしたさまざまな方々に向けた情報発信や交流の場を設けることも、私が力を入れている、より積極的に取り組みたい業務の1つです。

　──近年は林業の現場でも、ドローンなどの活用が模索されています。

　緒方　ドローンはもちろん、ICTを活用した取り組み事例も珍しくなくなりつつあります。ただ、たとえばドローン導入も、機械を購入すること自体が目的となって、うまく活用できていないケースも散見されます。そうではなく、組織全体で使いこなせる体制、現場仕事の閑散期も含めて通年でドローンを活用し、費用対効果を高めていくことが重要です。そして、導入後の人材育成と組織づくりも不可欠で、それらも私の担うべき業務の1つです。林業の現場は過酷な環境ですが、現場に関われる方々が少しでも働く意欲を見失わないようにすることにつなげられたらと思います。

地域貢献の一環で学習塾も経営

　──学習塾を経営され、子どもの教育にも携わっていますね。

　緒方　将来の暮らしや子育てをするにあたって、うきは市に適地が見つかり移住してきたのですが、地域貢献も兼ねて夫の協力を得て自学教室を運営しています。林業と直接関係がないように見えますが、もともと人を育てることにより深く関わりたいと考えていましたし、人の可能性を引き出すという点では、一貫した活動だと考えています。「将来は林業をやりたい」と話す生徒もいて、実際に大分県立日田林工高等学校に入学した子もいます。都市部から移住してきた家庭の生徒が、地域の木や森の魅力に触れ林業に関心をもつなど、塾の運営を通じても、林業のイメージが確実に変わりつつあることを感じています。

【田中直輝】

＜COMPANY INFORMATION＞
代　表：緒方美英子
所在地：福岡県うきは市吉井町959-3
設　立：2022年4月

＜PROFILE＞
福岡県みやこ町出身。鹿児島大学農学部を卒業後、熊本県庁に入庁。阿蘇地域などの林業振興のほか、地域・観光振興などに携わる。2016年の熊本地震発生後は地域の復旧・復興にも関わった。県庁を退職後、福岡県うきは市に移住。（株）Small Planetを立ち上げ、代表取締役に就任し、「森林・林業コーディネーター」「森林総合監理士（フォレスター）」などとして活動している。