2024年05月04日( 土 )

茶番!弁護士たちが飯のタネ=第三者委員会を切捨て~レスリング・パワハラ問題

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青沼隆郎の法律講座 第12回

 いまや弁護士たちの“飯のタネ”となっている第三者委員会。これを“無視する”という訴訟を弁護士たちが引き受けた。

 国民的英雄である女子レスリング・伊調馨選手(ALSOK)に対する、元日本レスリング協会強化本部長・栄和人氏によるパワハラ問題は、記憶に新しいところだが、栄氏は、伊調選手に対するパワハラの告発内容に一部虚偽があり、名誉棄損であるとして、告発者である伊調選手のコーチ・田南部力氏を名古屋地裁に提訴した。

 世間の人々が、この訴訟の本当の意味を理解することは困難だ。まず、栄氏の名誉は、伊調選手に対するパワハラが認定されたことで地に堕ちている。田名部氏に対するパワハラも伊調選手に対する「攻撃」の一環であるから、そこだけ切り取ってパワハラの有無を議論する論理的必然性はまったくない。

 これは、処罰技術でよくあることだが、栄監督の違法・不適切行為を認定する場合、すべての違法・不適切行為を認定する必要はなく、一番根幹となる重要事実の認定だけで処分理由としては十分である。よって、第三者委員会としては伊調選手に対するパワハラの存在だけを認定したに過ぎない。

 栄氏の懲戒処分に関して、田名部氏へのパワハラまで必要であったら、当然、そこまで調査(認定)されたであろう。第三者委員会は必要最小限の事実認定をしたに過ぎない。つまり、栄氏の名誉の失墜は伊調選手へのパワハラ認定ですでに発現しており、田名部氏の関連告発が真実か否かを究明するまでもなく、発現した名誉失墜との因果関係は論理的に証明不能の状態である。それ自体を議論することが無意味だ。

 ここまで論理を進めると、栄氏は本件訴訟において、伊調選手に対するパワハラ自体について争わざるを得ない。というより確実に争う。これはもはや誰に目にも明らかな第三者委員会の認定をコケにした戦法となる。

 証明論的には栄氏は発生した名誉棄損について、伊調選手へのパワハラ事実の認定によるものと、虚偽の事実と主張する関連事実による名誉棄損の事実とを「量的」に、個別に証明し、かつ関連事実が虚偽であるとの事実の証明も強いられる。そもそもこのような証明は不可能であるから、伊調選手へのパワハラ自体の否定に成功、すなわち第三者委員会の認定を否定しなければ、勝訴の見込みはまったくない。

 なぜ、このような“無謀な”訴訟が提起されたのか。それは第三者委員会の「出自の不明・怪しさ」にある。第三者委員会はもう役割を終えて解散したのか。奇妙な論理を展開した例の協会役員の女学長の責任問題、伊調選手以外のパワハラ被害の有無、第三者委員会の目的、これ以上の処分の必要など、あやふやな部分を多く感じる。

 マスコミが興味を喪失すると同時に自然消滅する第三者委員会であっては国民の第三者委員会に対する期待は幻想に過ぎなくなる。

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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