トランプ体制下の世界経済と市場展望~日本証券アナリスト協会講演会(6/17)講演録~(後)
NetIB-NEWSでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
今回は7月3日発刊の第372号「トランプ体制下の世界経済と市場展望~日本証券アナリスト協会講演会(6/17)講演録~」を紹介する。
4.日本経済と投資チャンス
(1)向上した企業収益と取り残される消費
日本は長期にわたる低迷が終わり、株価は2011~2012年のボトムから約4倍に上昇している。日本経済が長期回復の過程に入ったことは明らかである。日本叩きが終わり、超円高が終わり、むしろ円安になることによって競争力が大きく回復してきた。また、日本企業がビジネスモデルを変えたことも要因である。かつては世界のナンバーワンを競っていたが、競争に負け、ほとんど競争のないオンリーワンの領域にシフトし、様々な工夫をしながらブルーオーシャンで戦う企業が増えた。エレクトロニクスからコンテンツへと見事にシフトしたソニーのように、日本企業の多くはビジネスモデルを大変革し、長期成長の体制を整えている。加えて、日本人は、そもそも勤勉であり、額に汗して様々な匠の技術を実現してきた。日本企業の複雑性ランキングが世界ナンバーワンであることは、ハーバード大学の調査でも指摘されている。
ただし、日本の復活は企業部門に限られる。法人企業統計によると、税引利益率は5%を超えている。高度成長期でも2%程度だったことを考えると、企業が儲かるようになったことは明らかだ。理由のひとつは「グローバル展開」である。国内では儲からないためグローバル展開し、様々な特許権、技術使用料、配当などの収入が大きく増えた。また、金融収支も大きく改善している。さらに、税率が劇的に下がった。かつて日本の法人税の実効税率は55%~60%であった。バブル崩壊後のピークには100%近かった実効税率が、今や30%を切っている。大幅な税制上の優遇を受けたことで企業利益が劇的に回復したのである。この利益を使って、企業は配当を大幅に増やしている。日本企業のGDPに対する配当の割合は6%となっている。米国は4%であり、日本企業のほうがはるかに高い。
企業が儲かったことに加え、税収も上がった。税収は毎年5~6兆円の上振れとなっており、2025年の税収は80兆円程度になる見込みである(図表13、14)。理由の一つはインフレによって名目的な経済の課税対象所得が増えたことであり、もう一つは消費税増税である。項目別の税収を見ると、消費税が25兆円と、最大の税収項目になっているが、すべて家計が負担するものだ。他方、法人税はピークの水準以下である。企業の利益が3倍程度になっているにも関わらず、法人税の税収はピークのレベルを下回っている。いかに企業が税制上優遇され、いかに家計が高負担にあえいでいるかが分かるだろう。加えて、家計の社会保険料負担も増加している。2010年から社会保険料の負担率は上昇し続け、消費税増税などによって、国民所得に対する社会保険と税の負担率は2011年が38.8%、2022年は48%と、10年で10ポイントも上昇している。とてつもなく乱暴な引き上げだ(図表15、16)。
2012年、当時の民主党野田政権の下で、社会保障と税の一体改革が行われた。これから少子高齢化で働く人の割合が下がり、収入が減ってくる。したがって、安定的な社会保険、年金サービスを持続するためには増税が必要だと。そして、景気変動の影響を受けない安定的な財源として消費税を増税しようということになった。その結果、企業が儲かり、税収も大幅に増える中、家計消費だけが大きなダメージを受けた。GDPにおける実質消費は、ピークが2014年1-3月の310兆円で、以降は下がり続け、今はピーク時を4~5%を下回ったレベルで推移している。極めて歪な状態だ(図表17)。米国では消費が活発化し、それによって需要が高まり、人々の生活水準が向上する方向にあるのに対し、日本はまったく逆だ。企業が儲かっても賃金が上がらない。少々賃金が上がってもインフレで目減りする。加えて増税、高負担によって我々の生活水準は10年間下がり続けている。
日本経済は極めて歪な状態にあり、中国同様に深刻だ。十分に企業の所得と貯蓄がありながら、最も重要な人々の生活向上に結び付いていない。企業が儲けたお金が海外投資に流れれば、確かに日本のグローバルプレゼンスは上がるだろう。実際、日本企業のグローバル投資は増加しており、その中心は米国である。石破首相はトランプに対して「日本は米国に8,000億ドルも投資している」と言い、胸を張って帰ってきたが、そのお金を日本で投資すれば好景気がやってきたはずだ。しかし、日本企業は貯蓄をすべて海外投資に回した。今後もトランプの言葉に惑わされ、益々、米国に投資するようになるだろう(図表18、19)。
そもそも大英帝国が衰退した最大の理由はこれだ。豊かな英国は、国内の生活水準の向上や消費をないがしろにし、この金をグローバル投資に振り向けた。米国の大陸横断鉄道は、英国の資本で賄われた。おかげで米国は海外資本と国内の労働力のよって大発展した。スイスの観光資源を整えたのも英国である。英国の富裕層が観光地を訪れ、お金を落としていったおかげで、スイスは世界最大の観光資源を持つことになった。
一方、英国は貯蓄がすべて海外に流れ、貧しくなった。今の日本も似たようなことをやろうとしているのではないか。これが現実であり、政治の舵取りを変えなければならない。日本の極めて潤沢な貯蓄余剰が国内の投資として循環し始めれば、大きなパワーになり得る。そのために必要なのは消費税減税なのではないか。極めて歪な個人に対する税負担の状態を変え、人々が安心して消費にお金を回せるような状態を作る必要がある。これだけ賃金が上がっても、なお実質所得マイナスの状態が続いているのは異常な状態だといえる。
(2)政策の転換で株価が上昇
そもそも日本の株式は極めて割安であり、加えて、日本の株式需給は極めて良好であるため、このようなことが解決すれば、大きく花開いて株高に結びつくことは十分にあり得る。今まではグローバル企業、世界を股にかけて稼ぐ企業に投資して利益を上げてきたが、国内消費と投資の好循環が起これば、国内株によって日本の株価が上昇する可能性もある。スーパーバブルサイクルを見ても、バブルの状態から最も遠いのが日本である。中国はバブルのピークを過ぎ、米国はバブルのピーク近くにあるため、日本株は非常に魅力的だといえる。
日本の株式需給については、外国人が昨年1年間で約8兆円買ったものを12兆円以上売り、大幅な売り越しになっているが、外国人は日本の株を売りすぎたため、慌てて買い戻さなければならないほどの好需給にある。加えて、自社株買いが急激なブームになっている。2024年は21兆円であったが、2025年は30兆円程度の株式取得(大半は自社株買い)が想定されており、この規模の自社株買いは、外国人や日銀のETF買いをはるかに超えるパワーを持つ。さらに、これまでNISAで米国株を買っていた家計も、そろそろ日本株ということになると、需給的に日本株が大きく上昇する可能性は極めて高いのではないか。
では、何がきっかけでこうした変化が起こるのか。カギは「政策の転換」である。一気に国内需要、国内投資に舵を切る政権が生まれれば、日本株はあっという間に2~3割の上昇になるだろう。実際、ドイツ株は年初来2割上昇しているが、上昇した理由はドイツの財政政策の転換である。経済の実態が深刻であるにも関わらず、あれだけの株価上昇が起こるのだから、経済の実態が良好な日本でマーケットが評価する方向に政策が変われば、劇的な変化が起こり得る。2012年の年末、アベノミクスがスタートした局面から、日本株は1年で6割上昇したが、同様の大相場も、政策の変化次第で起こり得る。その点で、来る選挙はかなり重要になるだろう。私も投資家の1人として、株価が上がるような政権になってほしいと密かに願っている。
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(了)