2024年04月25日( 木 )

【貴乃花親方引退騒動】追い詰められていた日本相撲協会の「悪だくみ」

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青沼隆郎の法律講座 第13回

 突然の貴乃花親方の相撲協会からの引退表明は、世間を驚かせた。そして、その理由はさらに世間を驚愕させた。(公財)日本相撲協会理事会は、貴乃花親方に、取下げた告発状の内容は事実無根であることを認めるよう迫り、そうしなければ、今回決定した「親方全員が5つの一門に所属する」決定による帰属を認めないとの内々の通知をしていたと記者会見で明らかにしたのだ。

 つまり、告発状の内容が事実無根であることを認めない限り、貴乃花親方は日本相撲協会から追放されると通告を受けていたということになる。

 テレビに出演した某相撲記者は、「貴乃花親方はすでに告発を取り下げたのであるから告発の内容が事実無根であることを認めたに等しく、いまさら、告発の内容が真実であることに拘るのはおかしい」とコメント。別のコメンテーターは「協会が、このような圧力をかけた事実はないと否定したり、記者会見自体を黙殺すれば、結局、事件は貴乃花親方の辞職だけで終わってしまう」との発言。ほとほとコメンテーターという人たちのレベルの低さ、見当違いに呆れてしまう。

 公益財団法人の理事会の業務執行に関する不正の「告発」とは如何なる法的意味があるのか、という基本的な理解が欠けている。日本相撲協会の理事会が、取り下げられた告発状の内容が「事実無根」であることに拘る理由。ここに事件の本質がある。

 理事会は、貴乃花親方に告発状を取り下げさせ、理事会での発言を封じた理事降格のみならず、親方としては最下位の平親方の地位にまで降格処分をしたのに、なぜ、告発状の内容が「事実無根」であることを求めたのか。

 本件告発は当然、監督官庁(内閣府公益認定等委員会)に提出された。結局、告発は取り下げられたが、監督官庁の管理監督責任は発生しないということにはならない。もし、告発事実が真実であれば、公益財団法人の業務執行を監督する監督官庁の責任は免れない。告発の取り下げはまったく関係がなく、日本相撲協会は、実は、重大な岐路に立たされていたのだ。

 公益財団法人には、監督官庁に対し、業務執行が法令・定款に準拠する適正適法なものであることを報告する法令・定款上の義務の履行が求められる。具体的には、それは監事による監査報告において、理事会の業務執行が適正適法であったことを宣言する監査報告書によって行われる。

 おそらく、法律の知識がある監事は、貴乃花の告発状の取り下げ自体は、事実認定上、理事会の業務執行の当否を判断するのには何の意味もないことを知っている。告発事実の真偽は、告発が事実無根であると告発者自身が認めるか、監事が事実無根を独自に証明するしかない。

 そのどちらもない監査報告を、世間をあれだけ騒がせた事件だけに、監督官庁が承認するはずはない。つまり、告発事実が真実であれば、すべての理事の処分は免れず、貴乃花親方の理事降格処分は違法となる。 その後、改選選挙で落選した事実とは無関係に、理事会は違法業務執行の責任を負う。

 同協会の理事会そして監事は、定期報告の期限に迫られている。そこで、世にも不思議な「5つの一門に全親方が所属するべし」とする規定を制定し、貴乃花親方から「事実無根」の言質を取ろうとしたものと思われる。であれば、実に浅はかな「悪だくみ」というほかはない。

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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