2024年05月02日( 木 )

世の中に絶望しなければならない事態はない。困難な状況を楽しめ!(2)

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吉野家ホールディングス 会長
CRC企業再建・承継コンサルタント協同組合 特別顧問
安部 修仁 氏

絶望とは、無駄と思ってやらないこと

 ――具体的に、今対処しなければならない経営課題がいろいろあると思いますが、経営に大きな影響を与える社会的な動きとして、会長が注目することは何でしょうか。

 安部 それはヒト、カネ、モノ、それぞれにあります。ヒトの問題でいうと、外食はとくにそうですが、現場の最前線を担うメンバー、現業を実際に動かしていくためのメンバーの確保に汲々としているのが現状です。
 とにかく人材が採用できない、定着しない、育成もままならないという問題意識があります。これは目前に差し迫った事実ですから、何とかして対処しなければなりませんが、いずれにしても特効薬はありません。今必要な人材を何とかして手当しつつ、中長期でこの問題がどうなっていくのかを見越して対策を打っていくという両面の取り組みを同時に進めていくことになるでしょう。

 ――将来につながる手を打てというのはわかりますが、現状に振り回されてしまっているのが多くの会社の実情です。そんな時に、具体的な対処法として会長自身が実践されていることはありますか。

 安部 まず課題を整理するところから着手します。今どんな問題があって、何をしなければいけないのかを顕在化させ、そのうえで、どんな目標を立てて、いつまでに何をやるかという計画を、最初はラフでもいいので、自分のイメージとしてざっくりつくります。大事なのは、それをペーパーの上でもパソコンの上でも、とにかく客観的に目に見える状態にする、ということです。
 もう1つ大事なことは、その状況を楽しむことでしょうね。目の前の課題は途方もなく困難で、状況は厳しかったとしても、ゲームのように楽しむということです。それを義務感でやって、苦痛として捉えていると、たとえ克服しても、また次の難題が待ち受けるだけです。しかし、楽しみと捉えてトライしていくことができれば、達成した喜びを得ることができ、また、その成功体験が次の難題に向かう気力になるわけです。

 ――会長ご自身の経験で、困難な課題に直面して、どうやって乗り越えていったのか、1つ挙げていただくとするとどんなことでしょう。

 安部 やはり心に残っているのはBSE問題の時ですね。たくさんニュースにもなりましたので詳細は省きますが、アメリカ産牛肉の輸入停止にともない、当社の主力商品であり、唯一の商品であった牛丼がつくれないという事態になったわけです。
 当然、牛丼以外のメニューを出すしかない。今まで牛丼しかつくったことがないのにです。しかも時間はかけられません。当時、吉野家は店舗数で1,000店以上、従業員はパート、アルバイトを含めて3~4万人です。それを一斉に、新しい活動に向かわせないといけない。まずは、問題が起こって1週間後、全社にどんなメッセージを送ることができるのかという状況が否応なく迫っているわけで、当然ながら、初動は綿密な計画になりようもありません。
 最初に提示したのは非常に粗い、稚拙なプランです。とにかく1つの方針を決めて、期限までに着手するというところからスタートして、後付けで帳尻を合わせていくことにならざるを得ない。緊急事態ですから、長期もへったくれもなく、手あたり次第やれることをやっていったような状況です。

 ――ひょっとしたら会社が潰れてしまうのではないか、という不安はなかったのでしょうか。

 安部 それはなかったです。というのは、第一に、財務的な状況を踏まえて、たとえ売上がゼロになってもしばらくは大丈夫だという見通しがたっていたというのがあります。ざっというと、2、3年先までは見通しがついていたので、その間に牛丼以外のメニューを開発して、軌道に乗せられればという目算はありました。
 実際には、赤字は最初の半年だけで、経営的な危機はあまり感じなかったのが実情です。もう1つは、私自身、吉野家の社員として一度、倒産と再建を経験しているので、どういう状況でも何とかなるという思いがあったことも事実です。

 ――1980年に会社更生手続きを経て、セゾングループの元で再生の道を歩んだ経験が生きたわけですね。

 安部 そうですね、あの時に、世の中に絶望しなければならない事態などというものはないし、希望を失った時というのは、本当に望みがなくなったわけではなく、自らだめだと思ってやらないだけなんだと悟りましたね。必死でやってると、絶望と見られる状況のなかでも必ず活路が見いだせるし、ちゃんとサポートする人が出てくるのが世の中です。
 残念ながらうまくいかなくて破綻しても、絶望する必要などありません。単に金がなくなっただけの話で、命がなくなるわけでもなく、もう1回ゼロから始めればいいのです。人間、いくつになってもやり直せるし、実際に、歳を取ってからスタートして成功した人はごまんといます。

(つづく)
【聞き手・文・構成:太田 聡】

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