2024年03月30日( 土 )

知っておくべき『企業経営の落とし穴』 退職労働者の同業他社への再就職のリスクについて

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

はじめに

 労働者が退職する場合、企業が考えなければならないリスクの1つに、当該労働者が競合する同業他社に就職することがあげられます。退職労働者が同業他社に就職する場合、企業の営業秘密やノウハウが漏洩する可能性が高いため、同業他社に再就職を禁止する念書を作成したいという相談をよく受けます。

 そこで、今回は、退職労働者が同業他社へ就職する場合の対策を検討したいと思います。

競業避止義務について

 まず、退職労働者が同業他社へ再就職することを禁止する念書を作成すること、また、就業規則に同様の規定を設けることが考えられます。

 しかし、同業他社への再就職をまったく認めないことは、退職労働者の「職業選択の自由」(憲法22条1項)を侵害することから、裁判例は競業避止義務の範囲を限定的にしか認めていません。

 では、どのような範囲で競業避止義務は認められるのでしょうか。リーディングケースであるフォセコ・ジャパン・リミテッド事件(奈良地裁昭和45年10月23日判決)では、「競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由などを不当に拘束し、同人の生存を脅やかす場合には、その制限は公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点に立って慎重に検討していくことを要する」と判示されています。

 すなわち、(1)使用者の正当な利益があることを前提に、(2)制限の対象となる職種、(3)制限の期間、(4)制限の場所、(5)代償措置を検討して、競業避止義務を退職労働者に課すことになります。

 まず、使用者の正当な利益についてですが、典型的には、企業のみが有する特殊な知識や営業上の秘密のことをいい、退職労働者がほかの企業のもとにあっても同様に修得できるような一般的知識・技能は含みません。従って、単純な事務作業しかしていない労働者や営業上の秘密に関与していない労働者については、そもそも競業避止義務を課すことはできないことになります。

 次に、企業内での職種からどの程度の特殊な技術や営業上の秘密をもっているのか、その技術や営業の秘密を守るためにどの期間、どの場所で禁止すべきか、禁止した場合にその代償を支払う必要があるのかどうかを検討します。

 トーレラザールコミュニケーションズ事件(東京地裁平成16年9月22日判決)では、重要な営業上の秘密を有しており、その秘密の性質から地域的制限を設けないこともやむを得ず、期間を2年とすることは妥当であり、さらに、給与が高かったため代償措置が必要ない旨判示されています。

退職金減額について

 次に、競業他社へ就職した場合、退職金を減額する規定を就業規則に設けて、競業他社への就職を抑止する方法が考えられます。

 三晃社事件(最高裁第二小法廷昭和52年8月9日判決)では、退職金が功労報償的性格をもつことから、自己都合退職の場合の半額にすることの規定を認める旨判示しています。

 従って、就業規則に退職金を半額にする旨の規定を設けることも対策として有効です。

おわりに

 とくに、技術力や特殊なノウハウで勝負しようと考えているベンチャー企業にとっては、退職労働者が競合他社に就職することによりその秘密が漏洩することは死活問題となりますので、事前に対策をすることをお勧めします。

<プロフィール>
(弁)ピース門司中央法律事務所支部
弁護士 藤村 英明(ふじむら・ひであき)

1982年6月生まれ。労働基準監督官として、技能実習生対策、労災補償業務に取り組んだ経験から、外国人労働者に係る問題など労働問題に精通している。

(弁)ピース門司中央法律事務所支部
所在地:北九州市門司区中町2-1 門司駅ビル
TEL:093-372-7167
URL:http://www.peace-lpc.com/

関連記事