福岡大学名誉教授 大嶋仁
1.現代世界の政治システム
イスラエルがイランに奇襲攻撃をし、イランとの戦争が始まった。イスラエルはイランの核施設を空爆したというが、実際には市民の居住地区も破壊しており、犠牲者が出ている。一方のイランはこれに応えて、イスラエルの戦略施設を強力なミサイルで破壊した。
これを見たアメリカのトランプ大統領は、イランに向けて「無条件降伏」を要求し、「2週間待つ」と告げた。この勧告自体何ら論理的根拠がないが、もっとひどいことに、アメリカ軍はその2日後にいきなりイランの核施設を攻撃した。
この無茶苦茶なやり方に世界中があぜんとしたが、当のトランプはまったく気にしていない。アメリカ国内でも国外でも、「大統領の脳は正常に機能しているのか」と訝しく思う人が増えている。一体、彼は何を考えているのだろう。
2週間待つといいながら、2日後に攻撃をしたアメリカに対し、イランはカタール国内の米軍基地に攻撃を加えた。イスラエルを攻撃した場合もそうだが、イランは常に事前通知をしており、攻撃による犠牲者を出していない。つまり、国際法に基づいた行動をとっているのだ。一方のイスラエルやアメリカは、国際法に違反する攻撃をしている。
トランプはその後、イスラエルとイランは「停戦に同意した」と、これもいきなり述べた。両国間の攻撃は今のところ鎮まっているから、一応は「停戦」のようであるが、トランプのいうことは当てにならない。
仮に「停戦」が本当でも、皆が安心したころにイスラエルが核兵器を使ってイランを壊滅させようとする可能性がある。イランとて、安心してはいられない。しかも、先に戦争を仕掛けたのがイスラエルなのだから、何らかのイスラエル制裁を求めるに違いない。
「停戦」が実現すれば、イスラエルでは政権交代が起こると予想されている。しかし、権力の座にしがみつき、中東の王者になりたがるネタニヤフが、このまま引き下がるだろうか。
さて、以上の世界情勢をシステム論的に見たらどうなるか。システム論とは、なにごともシステムとして捉えるものの見方で、たとえば地球全体をエコロジー・システムと見る見方が当てはまる。
人の体にしても、1つのシステムとなっている。頭と胴と手足、これらが互いに連携して機能しているのである。
では、世界は1つのシステムとなっているかというと、そうなっていないことは明白だ。その証拠に、問題が起こるとそれを解決することができないのである。解決する権限を誰も与えられていないのだから当然である。国際法はあっても強制力がなく、これでは「強いもの勝ち」になって当然だ。
本来なら、国連が上に立ってシステムを維持すべきである。しかし、国連はその当初から「常任理事国」と呼ばれるいくつかの強国に牛耳られていて、問題が起こるとそれらの国が「拒否権」を発動し、解決を妨げてきたのだ。
世界は「強いもの勝ち」と言ったが、ここ35年間アメリカの1人勝ちである。そのアメリカが「アメリカ第一」を掲げるトランプを大統領としているのだから、世界はシステム的にまとまるどころか、ますます分断されていく。
たとえば、EUや日本の防衛費増額プランを見ると、EUはヨーロッパ諸国が連携してつくったシステムであるが、NATOによってアメリカと結ばれてきたことで軍事力を保ってきたといえる。ところが、トランプ政権になると、「ヨーロッパのことはヨーロッパに任せろ」という方針になったので、自衛力を高める選択をせざるを得なくなったのである。一方の日本は、これまたアメリカとの関係で自衛力強化を迫られている。これでは東アジア諸国との関係は、韓国を除けば疎遠となってしまうのである。
ヨーロッパの場合は、伝統的にロシアを脅威と見なしてきた。ロシアがヨーロッパを占領する意図などなくても、常にロシアを敵国とし、今やウクライナにその防波堤となるよう画策している。己のシステムに合わない別のシステムがあると、それをすぐ敵視するこのメンタリティーが続く限り、世界全体が1つのシステムとなる見込みはない。
日本の場合は、中国=ロシアからなる大きなシステムと、アメリカという巨大なシステムとの板ばさみになっている。アメリカの圧力が強いため、中国=ロシアを敵対視する風潮が造成されてはいるが、これは表面に過ぎない。経済的には中国が必要だし、日本が中華文明圏の一員であることに変わりはなく、どういう方向に進むべきか見えていないのである。
現状においては、同じく2大システムに挟まれている韓国と組んで1つのシステムを構築し、それによって中国とアメリカの圧力をしのぐのがよさそうだが、そこまで両国の政府が成熟しているかどうか。韓国には北朝鮮問題があり、日本には在日米軍問題がある。それはたしかだが、もう少しシステム論的に見て、政治の在り方を探るべきではないかと思う。
(つづく)