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2015年06月03日 10:47

北洋建設総帥・脇山章治氏の次なる戦略は?(3)

閉鎖性その1

 建設業界では脇山章治総帥と直接面識を持ち懇意な関係の人物はいない。地元では顔見知りの人は希少である。筆者が懇意になったのは2004年頃からか?
 そしてこの2年間、疎遠になってきた。昨年11月の弊社20周年の式典には体調不良で受付までは挨拶にきてくれた。2010年に発刊した【201人の提言】には下記のように堂々と取材に応じてくれた。


江戸時代から続く建築技術者集団に「経営」の息吹を吹き込んだ名経営者の理念

(株)北洋建設 会長 脇山 章治(わきやま・しょうじ)

 「マンションの改修工事を考えている。安心できる会社はどこ?」と聞かれれば、必ず名前が挙がるであろう1社。それこそが、脇山章治氏が会長を務める「株式会社北洋建設」だ。
 同社のルーツは、脇山家が唐津藩代々の宮大工を務めたところまでさかのぼる。1923年、脇山章治氏の曽祖父・増太郎氏が八幡市大蔵(現北九州市八幡東区)で建築請負業「脇山建設工業」を創業した。そこから独立した実父の脇山梅治氏が福岡市で興した「脇山建設株式会社」が現在の同社へと繋がっている。以降、福岡経済の発展と共に同社も規模を拡大。梅冶氏の手腕は、今も高く評価されている。

 更なる飛躍はバブル崩壊後に訪れた。98年2月に事業を承継した章治氏は総合的な経営力の改善策を実施。とりわけ、ビルやマンションの改修工事に将来性を見出し、その分野で実績を重ねていった。「出来ることを着実にやる」ことを貫いた10年間。2008年に弟の亨治氏に社長職を託す頃には、抜群の財務体質と「改修工事なら北洋建設」という評価が確立されていた。

wakiyama 脇山氏が手腕を振るった10年間は、建設業にとって決して楽な時期ではなかった。そのような状況で、いかにして屈強な企業体質を作り上げたのであろうか。これに対する同氏の答えは、非常にシンプルかつ明確である。「ビジネスの原点はリスク管理です。リスクの高いところほどハイリターンでなければなりません。また、我々は技術者ですから、どんなことがあっても作ったものには最後まで責任を持ちたいという思いがあります。そうであれば、モラルを持った受注姿勢が欠かせません」と同氏は語る。リスク管理で着実に利益を残し、モラルの向上で顧客からの信頼を得ること。当然のことを着実に積み重ねさえすれば結果は付いてくるという。

 リスク管理についてもう少し掘り下げてみよう。同社は従来から住友林業と電電公社(現・NTTグループ)という上得意先を持っており、売り上げの多くをこれらに依存していた。倒産する可能性はほぼ皆無の超優良顧客と言っても良い。しかし、依存の度合いが高まれば価格交渉力は薄れ、万が一にでも上顧客が離れようものなら業績が急落する可能性も高まっていく。他方で、市場を見やれば、少子高齢化の影響によって新築物件が減少し、改修工事メインの時代がやってくることは誰の目にも明らかであった。改修工事を第3の柱にすえる必要がある。方向性を定めた同社は、昨今の金融バブルが引き起こしたマンションブームに乗ることなく大規模改修工事に邁進していった。バブルがはじけた今、結果は推して知るべし。地場ゼネコンとしては類稀なノウハウと競争力を獲得している。

 脇山氏は、今後の住宅・不動産事情をどう見ているのか。「マンションは戸建用地が少なく土地の価格が高いという条件の下で成り立ちますが、少子高齢化が進むなか、今後地価が高騰する可能性は低いでしょう。製造業が疲弊して社有地が吐き出されれば尚更です。とすれば、今後のマンション需要は相当に厳しくなり、したがって戸建の建築にシフトしていくべきと考えます。また、社会の変化に合わせてリスク管理のあり方も見直す必要があります。土地と建物とが一体として流通するであろう今後の動向を踏まえた経営判断が必要となるでしょう」と脇山氏は語った。次代を生きる若い経営者たちは、この言葉を如何に受け取り、如何に活かしていくのであろうか。

<プロフィール>
脇山 章治(わきやま・しょうじ)
1949年10月生まれ。73年4月、慶応大学卒業後「住友林業」に勤務。83年4月、「(株)北洋建設」に入社。98年2月、代表取締役社長に就任。2008年6月、社長職を退いて会長職に就任し、現在に至る。

(以上、「愛する福岡へ 201人の提言」(2010年11月30日発行)より)


(つづく)

 
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