イラン攻撃で世界秩序は変わるか(5)トランプの狂気と想定外の影響(後)
国際未来科学研究所
代表 浜田和幸
米国内で高まるトランプ政権への不信
それやこれやで、米国ではトランプ大統領への信頼と支持が急落中である。かつて彼を支持していた人々も懐疑的になっている。彼がもはや実権を握っていないのではないかという懸念すら高まってきた。トランプ氏に失望する人々の間では、ホワイトハウス補佐官のスティーブン・ミラーが「影の大統領」であると指摘されているほどだ。
問題が認知機能の低下であれ、道徳的腐敗であれ、あるいは単に憲法上の義務よりも個人的な権力と富に関心のある大統領であるならば、結果は同じだろう。すなわち、国民の安全や健康を無視しても平気な政府が生まれているということだ。いわば、超大国米国の終わりが近づいていることの証左かもしれない。
その観点から注目すべきは金融分野での地殻変動であろう。2月下旬から米軍とイスラエル軍がイランの標的を攻撃している一方で、戦場から遠く離れた場所で、もう1つの嵐が巻き起こっている。
それは、世界の金融界、とくにプライベートクレジットの静かな領域での動きである。この分野は過去10年間で飛躍的に成長し、一般投資家に安定したリターンを約束してきた。しかし、最近では、地政学的なショックと経済的な逆風が重なった場合、その約束がいかに脆いものであるかを示している。
米国とイスラエルの戦闘は2週間が過ぎ、イランは報復ミサイルで湾岸の米軍基地とイスラエル軍の陣地を攻撃している。イランは重要なモスクに報復の赤旗を掲げ、湾岸諸国に米軍の撤退を求める最後通牒を突きつけた。世界の石油輸送量の5分の1が通過するホルムズ海峡は脅威にさらされ、タンカーの航行が滞り、船舶への攻撃も報告されている。
原油価格は急騰し、WTI原油は攻撃の数日前まで約71ドルだったのが、1バレル110ドルを突破。これはエネルギーだけの問題ではなく、市場全体に波及し、数兆ドル規模の価値を消失させ、より広範な経済への不安を煽っている。
プライベートクレジット市場に広がる資金流出の危機
民間融資市場は2兆ドル規模の産業で、公募市場から資金を調達しにくい企業に直接融資を行ってきたが、このところ亀裂が生じている。今やブラックロックやブラックストーンといった大手金融機関は、混乱に不安を抱いた投資家からの資金引き出し要請の殺到に直面。ブラックロックの260億ドル規模のHPSコーポレート・レンディング・ファンドには、12億ドル(運用資産の9.3%)の資金引き出し要請があったが、支払額を5%に制限したため、5億8,000万ドルが繰り延べられた。
また、ブラックストーンの820億ドル規模のBCREDファンドは、過去最高の7.9%にあたる約38億ドルの資金拠出要請を受け、拠出限度額の引き上げと、同社および従業員からの4億ドルの資金注入によって、からくも要請に対応した模様だ。
民間融資は、中堅企業への融資を通じて個人投資家がより高い利回りを得られる機会を提供し、株式のような流動性という魅力も伴っていたため、急成長を遂げてきた。しかし、これらの融資は通常3年から7年という長期にわたり、迅速に売却しにくい資産に紐づけられている。
原油価格が100ドルを超え、市場が暴落すれば、パニックが起き、投資家は資金を引き揚げようとする。するとファンドは、損失覚悟で資産を売却するか、引き出しを制限するかという難しい選択を迫られることに。ほとんどのファンドは後者を選択しており、現状はこのモデルの中核にある仕組みが破綻しつつあることを暗示している。
イラン戦争がこの問題を引き起こしたわけではないが、問題を加速させていることは疑いの余地がない。原油価格の上昇は企業のコスト増につながり、キャッシュフローを圧迫する。さらに、米国経済の減速の兆候も見られるという危機的状況に他ならない。
アトランタ連銀が発表した第1四半期のGDP成長率予測は、3月6日に2.1%に下方修正された。これはわずか数日前の3.0%から大幅な下方修正だ。 3月6日に発表された労働省の2月雇用統計によると、雇用者数は9万2,000人減少し、失業率は4.4%に上昇。エネルギーコストの上昇と景気減速という状況は、製造業やテクノロジーなど、真っ先に影響を受けるセクターに多くの借り手がいるため、民間信用市場に大きな打撃を与えている。
Xプラットフォームでは、ブラックロックやブラックストーンなどのファンドが償還を制限している事態が問題視されており、ユーザーからは「解約できるのは彼らが許可した時だけだ」という不満の声が上がっている。運用会社が報告する数値や遅延したデータといった不透明性のため、事態の全容を把握するのは困難だが、支払猶予や債務再編が増加するなど、苦境が深刻化していることは明らかだ。
中東戦争は長期化する可能性があり、イラン政権は新たな指導者の下での報復戦を主張。ホルムズ海峡の混乱が続けば、原油価格は一層上昇し、借り手への圧力はさらに強まるはず。プライベートクレジット運用会社は、さらなる償還請求に直面し、売却を余儀なくされる可能性が高まる。
その結果、実際の資産価値が明らかになり、報告されているよりも低い可能性が出てくることに。これは中堅企業への融資引き締めを意味し、米国経済の弱体化と時を同じくして成長を鈍化させる可能性も懸念される。
米国離れと新たな国際秩序の模索
イラン戦争は、世界的な出来事が孤立した状態では済まないことを改めて示しており、予想もしなかったかたちで市場に影響を及ぼしている。その結果、沈みゆく船を見捨てる米国の同盟国が増えつつある。リヤドから台北まで、各国は米軍基地が安全な避難所ではなく、攻撃の標的になることに気づき始めており、撤退はすでに始まっている。
米国の最も強固なパートナーであるはずの英国でさえ、当初は自国の基地を攻撃に利用することを拒否し、トランプ大統領の激しい反発を招いた。国際社会全体から見れば、米国への不信感が広がっていることは否定できない現実。
そんな中、高市政権は3月19日の日米首脳会談を控え、トランプ大統領に対し、イラン戦争からの出口戦略を提案する考えで、そのためにイランのアラグチ外務大臣(元駐日大使)と水面下の協議を進めている。とはいえ、高市政権が模索する「中東復興ディール」がどこまでトランプ大統領の胸に響くのか、その効果は見通せない。
いずれにせよ、今や選択肢は明白だ。衰退が明らかでありながら、軍事展開と経済制裁に走る米国と同盟関係を維持し、勝ち目のない紛争にのめり込むのか。それとも台頭するグローバルサウス諸国、なかでもBRICS諸国との未来志向のパートナーシップを模索するなかで平和外交の道を目指すのか。高市首相には賢明な判断と選択を願いたいものだ。
(了)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。








