2024年04月20日( 土 )

「GIGAスクール構想」の是非を問う~教育現場からも疑問の声(3)

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国際教育総合文化研究所 所長 寺島 隆吉 氏

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、教育現場では休校や授業の短縮、行事の中止、部活動の制限、オンライン授業の普及など、生徒と教師を取り巻く環境が一変した。今、教育現場では何が起こっているのか。文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」の是非などについて、国際教育総合文化研究所所長・寺島隆吉(元岐阜大学教育学部教授)に話を聞いた。
 なお、本稿は先月急逝したジャーナリスト金木亮憲氏の遺稿となる。

個別指導には大きな問題も

 ――タブレットやパソコンが中心の授業になると、全体授業というよりも個別指導に近いですね。

 寺島隆吉氏(以下、寺島) 個別指導には学力向上だけでなく、大きな問題点があることは教育者であれば誰でも知っています。学習塾や予備校は、個別指導に切り替えた要因を「個々の生徒の学力に合わせて親身に」と言っています。

 しかし、これは少子化で経営難に陥った塾や予備校が、起死回生の策として打ち出したもの。「教育の原理」ではなく「政治・経済の原理」によるものです。決して、教育効果があるからではありません。

 もちろん個別指導も、良い教師に出会って自分がどこでつまずいているのかを見つけ出してくれるのであれば、教育効果を期待できないわけではありません。生徒の知的興奮・学習意欲が最も高まるのは、「寺島メソッド」では「がんばれば到達可能で、かつ最も困難な課題を与えられたとき」と考えているからです。

 どの生徒にどのような課題を与えれば、学習意欲をかきたてることができるのかを見きわめることのできる教師が最も有能なのです。しかし、多くの学習塾では講師が大学生のアルバイトだったりするので、それを求めるのはほとんど不可能といえます。

 著名な心理学者のレフ・ヴィゴツキー(※1)は「発達の最近接領域(※2)の理論」を唱えました。これは、「生徒が大きく飛躍するのは教師と周りの生徒・友人の援助によるところが大きい」というもの。すなわち、教師のいっていることがわからなくても、それを理解できる友人がいて、その友人の言葉で説明してもらえば一気に理解が進むケースが少なくないということです。

 さらに個別指導には、子どもの成長に悪影響をおよぼす、隠れた大きな問題点があります。たとえ個別指導によって志望校に合格できたとしても、いつまでも個別指導を受けられる環境が保証されるわけではありません。だとすれば、個別指導は逆に「1人立ちできない人間」を育てる危険性があります。社会人になったとき、役に立たない人間になっている可能性もあるわけです。

生徒の学習意欲を引き出すのが「教育」

 ――このあたりで「子ども(児童・生徒)教育の王道」を教えていただけますか。

国際教育総合文化研究所 所長 寺島 隆吉 氏
国際教育総合文化研究所 所長 寺島 隆吉 氏

 寺島 教育は英語で「education」です。その動詞形は「educate」。「educate」は「e(ⅹ)‐ducate」で、「(ex)外へ」+「(duc)引き出す」+「ate(動詞をつくる接尾辞)」で構成されています。従って、本来の意味は「詰め込む」のではなく、「引き出す」ことを意味します。

 「教育」は「生徒の学習意欲を引き出す」仕事であって、「知識を詰め込む」ことは教育の本務ではありません。生徒の「学習意欲」を引き出し、「疑問をつくり出す力」を育てることができれば、生徒は1人で走り出すことができるようになります。つまり、「自立した学習者」になることができるのです。

 さらにいえば、トップの生徒が自分をエリートだと勘違いし、自分だけ先頭を走り出してしまうと、人間的に欠陥が生まれてしまいます。たとえば、研究だけに没頭して原子爆弾のようなものをつくっても、それがどのように使われようと何の抵抗感や感情もない人間が育ってしまうのです。世界平和や人類の幸福を考えることができない人間になってしまいます。後ろを振り向かないで前だけを見て走る人間になります。

 「医は仁術」でなく「医は算術」と考える人間を育てると、教師の道を外れてしまいます。そこで、「寺島メソッド」では、あえて教師に「ときどき後も見ながら走ることができる」「できれば成績がビリの子どもを教えることができる」生徒を育てるという課題を出します。そうすることによって、トップの子はさらに成長し、自分の限界も知ることができるようになるからです。

 「GIGAスクール構想」について、文科省は「オンライン教育は、アクティブラーニングが目指す主体的かつ対話的な学びのツールとして、大きな役割をはたす」と説明しています。しかし、これはIT企業や教育産業を儲けさせるための口実でしょう。

 なぜならば、タブレットやパソコンによるオンライン教育が自動的に生徒の「学習意欲」を引き出し、「疑問をつくり出す力」を育てることはできないからです。むしろ現場の教師は、教育産業がつくり出した教材をオンライン教育で生徒に詰め込むための奴隷として使われる存在になりかねません。

 前述したパソコンの販売促進と並行して、学校では「教育産業がつくり出した教材」を用いて「オンライン教育で生徒に詰め込む」ための研修が、教育委員会の指導の下、教育産業から送り込まれた講師を招いて行われようとしています。 

 生徒からも教師からも要求がないにもかかわらず、文科省の指示・命令だけで、タブレットやパソコンを与え、購入させるのは理不尽極まりなく、国の教育政策としても愚劣であるといわざるを得ません。税金の無駄使いであるだけでなく、貧富の格差をいっそう広げることになります。

※1:ロシアの心理学者。わずか10年余りの研究活動期間に80編を超す論文を発表。「心理学のモーツァルト」と呼ばれる。その内容は多岐にわたり、児童・教育、精神障害、言語・文芸などの諸方向から意識の発達を考察し、独創的な研究を行った。著書も『思考と言語』 など多数。 ^

※2:1人では困難だが、援助があれば成し遂げられる領域。子どもは大人や友人との関わりのなかで、自分1人でするよりも多くのことができる。できるようになるまで自然に発達するのを待つのではなく、ヒントやアドバイスを与えることによってできるようになるという考え方。 ^

(つづく)

【聞き手・文:金木 亮憲】


<プロフィール>
寺島 隆吉
(てらしま・たかよし)
 1944年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。石川県公立高校の英語教諭を経て、岐阜大学教養部、教育学部で教職に就く。岐阜大学在職中にコロンビア大学、カリフォルニア大学バークリー校などの客員研究員。国際教育総合文化研究所所長。元岐阜大学教育学部教授。すべての英語学習者をアクティブにする驚異の「寺島メソッド」考案者。英語学や英語教授法などに関する著書は数十冊におよぶ。美紀子夫人との共訳「チョムスキーの『教育論』」をはじめ翻訳書も多数。

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