2022年05月25日( 水 )
by データ・マックス

演劇のチカラを痛感 わらび座ミュージカル「北斎マンガ」鑑賞記(前)

 わらび座創立70周年記念作品のミュージカル「北斎マンガ」が今年6月、福岡市内で公演された。主人公の葛飾北斎が現代社会へ投げかけたものとは?

テーマは北斎の生きざま

ミュージカル「北斎マンガ」
ミュージカル「北斎マンガ」

 やっぱり生の舞台はいい――。6月11日夜、アクロス福岡の建物を出て湿った外気のなかへと足を踏み出した筆者は、そんな思いをしみじみかみしめながら、まだ午後9時前というのにすっかり寂しくなった夜の天神の街を通り抜けて歩いた。コロナ禍が世界を覆って1年半、仕事でも余暇でもパソコンのディスプレイとにらめっこの日々を送るうちに、人も自分自身もいつの間にか、無機質な電子信号のような存在になりかけていたのかもしれない。

 その日、久しぶりにシンフォニーホールの客席にあって、俳優たちとともに「別の人生」をつくり生きるひとときが、こんなにも心揺さぶるものだったかと驚かされた。わらび座ミュージカル『北斎マンガ』(マキノノゾミ脚本・演出、鈴木裕樹主演)の福岡公演を観劇した際のことである。

 江戸後期の絵師、葛飾北斎(1760〜1849年)の半生を、歌と踊りを交えて生き生きと描き出す舞台であった。北斎といえば、場所や季節によって表情を変える富士山の姿を斬新な構図と鮮やかな色彩で描いた『富嶽三十六景』シリーズや、さまざまな事物の描き方の手本を示したイラスト集(「絵手本」)でこのミュージカルのタイトルの下敷きにもなっている『北斎漫画』をはじめ、数々の傑作で世界的にも評価の高い天才画家。ここへきて、そうした北斎の作品のみならず、北斎自身の「生きざま」に人々の関心が寄せられるようになってきたと思われる。

 北斎の伝記を扱った劇としては、すでに矢代静一の1973年の戯曲『北斎漫畫』(1981年に新藤兼人監督、緒形拳主演で映画化)があり、2019年6月に宮田慶子演出、横山裕主演で再演された。2020年には映画『HOKUSAI』(橋本一監督、柳楽優弥・田中泯主演)が制作され、今年5月から全国各地で公開されている。わらび座がこのたび、創立70周年記念作品のテーマに選んだのも、まさに北斎の「生きざま」であった。それは実際、政治・経済をはじめ、あらゆる領域で行き詰まりを見せている今の日本社会において、希望も自分自身も見失いかけている多くの人々に励ましを与えるものだろう。

 20歳で浮世絵師・勝川春朗としてデビューして以来、90歳で帰天するその直前まで、名声にあぐらをかくことなく、さまざまなジャンルと技法に挑戦し続けた。その人となりを伝える基本文献としては、明治初期の浮世絵研究家・飯島虚心(1841〜1901年)が、生前の北斎を知る人への聞き取りや書簡などの調査を通じて著した『葛飾北斎伝』(1893年)が有名。そこで報告される奇癖・奇行の数々は、描くこと一途の人間ゆえのものとして、むしろ読み手の共感を誘う。

 脚本家たちはそうした北斎像を軸にそれぞれ解釈を広げ、イマジネーションを膨らませながら芸術に携わる者の創造の原動力を描き出してきた。矢代静一は「お直」という謎めいた美女を登場させ、春画「蛸と海女」に結実する美とエロスのミューズ(芸術的霊感)として、北斎の歩みを導くさまを描いた。映画『HOKUSAI』は、規範や虚栄心といったくびきに自ら絡め取られていた若き芸術家の精神が、理解者の支援によって解き放たれ開花していく過程、そして、老熟してなお少年のような感性を失わず、また理不尽な弾圧や迫害にも屈することなく、「生首の図」や「男浪」・「女浪」一対図のような名作を次々と生み出していく過程をドラマチックに描き出す。

(つづく)

【黒川 晶】

▼関連記事
創立以来の苦境に立つ劇団わらび座 ミュージカル「北斎マンガ」で復活を期待(前)
劇団わらび座公演「北斎マンガ」が示したミュージカルの底力
「わらび座支援協議会」役員応援メッセージ

(後)

関連キーワード

関連記事