2024年04月19日( 金 )

ノン・ズーを夢みて~北九州・到津の森から(2)

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 「動物を見せる時代は終わった」「これからはノン・ズーだ」――。そう公言し、少しずつ実践するのは、北九州市小倉北区の「到津の森公園」園長、岩野俊郎氏(72)。ノン・ズーとは動物園にあらず、あるいは動物園という概念にとらわれない、動物園ではない動物園……と表現するほかないが、ヨーロッパやアメリカでは主流になりつつある考え方だという。緑あふれる同公園を歩きながら、動物たちを眺めつつ、その主張に耳を傾けた。

 ――ゾウは、将来は飼わないのですか?

 岩野 はい。飼いません。今いるサリーとランがいなくなったら、私はもうゾウは飼わないつもりです。今のゾウ舎では飼えないのです。到津の森公園は広さが10.6ヘクタール。この広さでゾウだけを10頭ほど飼うならOKかもしれません。ゾウは社会性が強いので、最低10頭ほどの家族をつくって暮らすことが必要なのです。米国ニューヨーク・ブロンクス動物園でも将来はゾウを飼わないと決めています。

ゾウと餌を与える飼育員
ゾウと餌を与える飼育員

 社会性が強いということは、トラウマにもつながるのです。動物園で1頭にされることによって人間に対する依存性が高くなりますが、だからといって犬みたいにはなりません。嫌なこと、たとえば調教的に突くなどをされたら、覚えているのですよ。そして、何かのはずみに思い出すことがあります。そこで仕返しをしようとまで思うかはわかりませんが、少なくともその危険性はあります。アメリカなどでは、ダイレクトにゾウに接することは非常に危険だということになっています。そのため、バリア越しに調教したりします。

 ――スイスのチューリッヒ動物園ではゾウを東京ドームのようなところで飼っていますね。

 岩野 あれが私は許せません(笑)。広さという点では、ゾウにとってはいいでしょう。しかし、寒いスイスで東京ドームみたいなところに暖房をどんどん入れて、そこまでして温暖な地域に住むゾウを飼わないといけないのでしょうか。膨大なエネルギーを消費することになります。地球にかかる負荷は相当なものでしょう。動物園はエコで、サスティナブル(持続可能)なものでないとだめだと思うのです。

 小菅(正夫・元旭川市旭山動物園長)と一緒に沖縄でシンポジウムやったときに宜野湾市長と面会する機会があって、その際、米軍普天間飛行場返還後の跡地にゾウの楽園をつくったらいいと言ったのですよ。あそこは約480ヘクタール、東京ドーム103個分の広さがあります。こんな広い動物園は日本にはありません。これならゾウを飼ってもいいかもしれませんが、地権者が多くて複雑と聞いているため、国家プロジェクトとしてやらないと難しいでしょうね。

 ――動物のことを考えて、「飼わない」という判断になるのですね。「動物を見せる時代は終わった」との主張は、そのことを言っているのですか。

キリンの目の高さで観賞できる
キリンの目の高さで観賞できる

 岩野 動物園は動物を「展示」する、という言い方をずっとしてきました。私はこれに違和感を覚えるのです。展示するのは、絵画とか彫刻などのモノではありませんか。動物は生命があって、誰かの持ち物ではありません。あえていうなら地球の持ち物だろうという考え方なのです。人間とともに生きているという意識が必要だと思うのです。世界では、昔は当たり前だった動物の売買をしない方向になってきています。

 イルカという動物がいます。日本の水族館でやっているイルカのショーは、ヨーロッパではもう一切やっていないです。やがてイルカの飼育もしなくなるということです。イルカは軍事目的で研究されました。爆弾を付けて突撃させることが可能か、イルカのソナーを使えないか、などいろいろな研究がされてきました。そしてイルカが犬よりも高い社会性をもち、水族館の水槽なんかでは飼えないことがわかってきたのです。

 ゾウやイルカに限りません。動物のことを考えると飼えません。そういう考え方でいうと、ライオンやキリンも飼わない方がいいのではないでしょうか。少なくともそういう意識をもつことが必要だと思うのです。「ゾウもライオンもキリンもいない?それは動物園ではないよ」そう言われても私はかまいません。

ライオンも動物園では人気者だ
ライオンも動物園では人気者だ

(つづく)

【山下 誠吾】


岩野 俊郎 氏<プロフィール>
岩野 俊郎
(いわの・としろう)
 1948年、山口県下関市生まれ。日本獣医畜産大学獣医学科卒業。73年、西日本鉄道(株)入社。到津遊園の飼育員を経て97年から同園長。2000年の同園閉園後、(財)北九州市都市整備公社職員となり02年から到津の森公園の初代園長。著書に訳本の『動物園動物のウェルフェア』(養賢堂)、『戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語』(中央公論新書、小菅正夫・島泰三との共著)がある。

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