2024年04月20日( 土 )

ノン・ズーを夢みて~北九州・到津の森から(3)

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 「動物を見せる時代は終わった」「これからはノン・ズーだ」――。そう公言し、少しずつ実践するのは、北九州市小倉北区の「到津の森公園」園長、岩野俊郎氏(72)。ノン・ズーとは動物園にあらず、あるいは動物園という概念にとらわれない、動物園ではない動物園……と表現するほかないが、ヨーロッパやアメリカでは主流になりつつある考え方だという。緑あふれる同公園を歩きながら、動物たちを眺めつつ、その主張に耳を傾けた。

   ――アメリカで出版された『ズーアニマルウェルフェア(動物園動物の福祉)』という本の翻訳を手がけられましたね。

子どもたちが夏休みに入り、ゾウとの触れ合いを楽しむ姿も
子どもたちが夏休みに入り、ゾウとの触れ合いを楽しむ姿も

 岩野 動物園の動物すべてに「ウェルフェア」が行き渡るべきだというのが最近の世界の潮流です。このような視点が日本の動物園に欠けているのだと思い、翻訳の専門家でもないのに数年がかりで訳しました。ここでいうウェルフェアとは、こうしたら動物が喜ぶだろうな、ということを提供することではありません。飼育されている動物が野生下で生きるのと同じような選択肢を提供することとされています。

 たとえばゾウでいえば、体温を調節するための物理的な環境として「太陽」と「風」があります。「太陽があたり、風が通る場」「太陽があたり、風が通らない場」「太陽が当たらなく、風が通る場」「太陽が当たらなく、風が通らない場」——これら4つの環境を備え、かつ地面の硬軟も重要です。そのうえで考えなければならないのは、複数頭の家族で暮らすということです。少なくとも7頭から10頭の個体数が必要といわれています。広さだけでは十分ではないのです。

 ――ほかにウェルフェアを考えるうえで大切なことはありますか。

 岩野 (マンドリル舎の前で)獣舎の前にこうやって木を植えないのが以前は普通だったのですが、今は植えています。見えなくなる、隠れられるっていうことも動物にとっては重要なことです。

獣舎前に木を植えて、隠れられる環境を整備
獣舎前に木を植えて、隠れられる環境を整備

 また、鉄柵の手前から獣舎のなかまで同じような草が生えていますよね。鉄柵の内と外がそれほど違わない、違和感がないということも必要です。鉄柵も移動や遊びなどで、動物自身が使いたいときに使えるという意味で悪いことばかりではないのです。ただ、周りに木がないと使えません。

ガラス張りのチンパンジー舎。チンバンジーの親子が岩野園長に気付いて近づいてきた
ガラス張りのチンパンジー舎。
チンバンジーの親子が岩野園長に気付いて近づいてきた

 この子はここで生まれました。友達だと思って寄ってくるのです。なつかれるとかわいいですけどね。ただ、馴れるというのはネックになるのです。人間に馴れると動物同士が馴れない、交尾もできないということになります。こちらとしては動物同士が仲良くなって、子どもを産んでもらった方がいいので、あまり馴らしてはいけないのです。昔は飼育員が彼らにダイレクトにタッチしていましたが、今はこういうガラス越しのタッチです。ショーもやっていましたが、今はやめました。

 チンパンジーも群れで暮らす動物なのです。ここには5頭います。しかし、一斉に表に出すことはしません。オスの性格があまり良くなくて、子どもを投げることがあります。何回か投げて殺してしまったこともありました。

 ゾウやイルカと同様に社会性の高い動物なので、それにふさわしい飼い方が必要なのです。隠れられるように木や草が植えてあり、歩き回って遊べるようになっています。投げ与えたものを探して動き回ったり、遊んだりするのは重要なことなのですね。しかし、チンパンジーのように知能が高く、DNAも人間とさほど変わらないような動物を飼って見せ物にするのはどうかという議論もあります。将来的には動物園で見られなくなるかもしれません。これからの課題です。

(つづく)

【山下 誠吾】


岩野 俊郎 氏<プロフィール>
岩野 俊郎
(いわの・としろう)
 1948年、山口県下関市生まれ。日本獣医畜産大学獣医学科卒業。73年、西日本鉄道(株)入社。到津遊園の飼育員を経て97年から同園長。2000年の同園閉園後、(財)北九州市都市整備公社職員となり02年から到津の森公園の初代園長。著書に訳本の『動物園動物のウェルフェア』(養賢堂)、『戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語』(中央公論新書、小菅正夫・島泰三との共著)がある。

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