2024年04月24日( 水 )

労働者の健康は企業の“財産” 特定機能病院としてコロナ禍で存在感~産業医大(後)

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(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏

 1978年、北九州市八幡西区に開学した「(学)産業医科大学」(英語名:University of Occupational and Environmental Health, Japan)。設立43年と歴史は浅いものの、研究論文の質の高さは世界的に評価されており、産業医学の注目度もあって医学界でも一定の地位を占めている。大学のある場所はもともと「浅川」という地名だったところ、大学を誘致した際の区画整理に合わせて“医者が生まれる丘”という意味を込めて「医生ケ丘」に改められた。地名由来の通り地域の期待も高く、北九州地区唯一の特定機能病院としてコロナ禍における最前線にも立ち続けた。「経営者にとって、労働者の健康は会社の財産でもあるはず」と語る尾辻豊学長に産業医大の今を聞いた。

学費を貸し付けて学生の負担を軽減

(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏
(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏

 ――少子化のなかで大学も生き残るためにさまざまな取り組みを進めています。産業医大の特長として、学費を貸し付けるというかたちをとることで学生の負担を軽減、ひいては幅広い層の学生に医師への道を提供しているという点があると思います。

 尾辻 ごく単純化しますと、本学医学部学生の授業料は年間で400万円ほどです。これは私立大学医学部では安いほうですが、国公立と比較するとかなり高額です。そこで、学生に修学資金を貸し付けることで学生の分担金を年間百数十万円に抑えています。この金額は私立医学部としてはかなり安い部類に入ります。

 ――卒業後に返済義務を負うということでしょうか。

 尾辻 本学卒業後に9年間の特定職務をはたしてもらうことで、修学資金の返済義務はなくなります。職務のなかには2年間以上の産業医業務があり、残りの7年間は本学大学病院や労災病院などさまざまな医療機関で臨床や基礎医学、産業医学を学んでもらいます。

 ――学生は九州出身が多い?

 尾辻 九州、とくに福岡出身のほうが多いのですが、大きな偏りがあるほどでもなく全国のさまざまな地方から学生が集まっています。東京や大阪出身の学生も比較的多いですね。医学部の定員は105人で、おかげさまで毎年1,500人くらいが受験していますが、少子化は今後の志願者数に影響を与えてきますので、高校生や受験生に本学の特長をアピールしていくのは非常に重要な課題だと位置づけています。

 ――コロナとの関係でいうと、最前線で活躍する医療関係者を見て憧れる子どももいれば、逆に怖くなって医療職を敬遠するパターンもあるようですね。

 尾辻 そうした傾向は当然あるでしょうし、実際に医療の現場にいる者たちですら一定の恐怖心をもっている以上、仕方のないことだと思います。だからこそ、この困難な時期にあえて医療職を希望する子どもたちは大切にしなければなりませんし、ぜひ本学の受験にチャレンジしていただきたいと思います。

世界大学ランキングで3年連続私立大学第1位

 ――英・タイムズ社の高等教育専門誌『THE(Times Higher Education)』が毎年発表している“世界大学ランキング”で非常にすばらしい成績を挙げています。地方の単科大学であるにもかかわらず、ここまで高い評価を受けている背景は?

 尾辻 『THE』で本学は、日本の大学でランクインした118校中7位、私立大学部門では3年連続1位、九州の国立を含めたすべての大学でも1位にランクされました。ここまで高い評価を受けたのは、被引用論文(研究影響力)で世界1位になるなど研究論文の質が高い評価を得たということです。そのなかでも最も評価されたのはアスベストによる肺の病気の研究で、どこにどれくらい患者さんがいるというような調査(疫学調査)を行いました。

 『THE』以外の評価でいうと、WHO(世界保健機関)の正式な協力センターになっている機関は日本に30~40カ所くらいありますが、本学は30年以上にわたって指定され続けてきました。大学に限定しますと九州で指定されているのは本学のほかに放射線関係で指定されている長崎大学だけですから、産業医学の研究機関というオンリーワンの特色をもった大学であるということがWHOに評価されているのだと思います。

(学)産業医科大学(北九州市八幡西区)

 ――日本は超高齢少子化社会に突入し、尾辻学長もおっしゃったように多死社会を迎えています。その一方で、国は医療費抑制という難しい課題も突き付けられています。今後、医師に求められる役割は変わってくるのでしょうか。

 尾辻 役割がどう変わるかはわかりませんが、医師に求められる能力については今後もほとんど変わらないと思っています。1つは、やはり人に対する「優しさ」が求められるということ。患者さんに対して、あるいはすべての人に対しての優しさこそが医師として働く原点になるべきです。病院で一緒に働くチームのスタッフに対してもそうですし、患者さんの家族に対してもそうです。自分を取り巻くすべての方に対して優しさをもって接すること、これは古今東西変わらない医師としての資質だと思います。

 そして2つ目に必要なのは、何が正しいのかを自分自身で調べ、考え続ける能力です。というのも、一般の方は驚かれるかもしれませんが、医学の教科書に載っていることでも間違っていることが多々あるのです。たとえば心臓の分野でいうと、心臓が悪くなった方たちに「ベータ遮断薬」という交感神経を遮断する薬を処方することがありますが、私が学生のころにはこの薬を「使ってはいけない」と教わっていました。しかし、今では「使うべき」というように評価が180度変わっているんです。医学では人体実験ができませんので、すべてが完全に正しいということはありませんし、“おそらくこれで合っているだろうけれど、これ以上は解明のしようがない”というぎりぎりの部分の正しさで担保されていることもままあります。

 これも面白い例ですが、風邪をひいたときに日本では暖かくして布団にくるまって眠ることを勧められますが、国によっては「熱があるのだから冷やして熱をとるべきだ」という対症療法が常識になっていることもあります。だから、風邪をひいたら冷たい水を浴びせたりするんです(笑)。ではどちらが正しいのかというと、実際のところはわからない。こうした例を見ても医学には不確定なものがたくさんあって、誤解を恐れずにいえば現代の医学は必ず間違った部分を含んでいますし、過去もそうでした。だからこそ自分自身で物事を考えて、「教科書にはこう書いてあるが、はたしてこれでよいのだろうか」という疑問を頭のどこかに常に置いているような、そんな“疑う知性”ともいうべき能力が必要になるだろうと思います。

(了)

【データ・マックス編集部】


<プロフィール>
尾辻 豊
(おつじ・ゆたか)
1956年生まれ、鹿児島市出身。ラ・サール高校(鹿児島市)を経て81年九州大学医学部卒、鹿児島大学第一内科研修医。ハーバード大学マサチューセッツ総合病院(95年)、鹿児島大学大学院循環器・呼吸器・代謝内科学助教授(2005年)、産業医科大学医学部第2内科学教授(06年)、産業医科大学病院病院長(17年)、産業医科大学学長(20年)。

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