2024年03月29日( 金 )

「誰もが扱える」がキーワード AIで建設業の人材不足を解消(後)

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オングリットホールディングス(株)
代表取締役社長 森川 春菜 氏

 人口減少にともなう技術者不足が深刻な問題に浮上している建設業界。その一方で、就職弱者と呼ばれるシングルマザーや精神・身体障がい者、日本で就職を希望する留学生は数多く存在する。正反対の課題をもつ両者を結びつけるため、AI技術の開発と「誰もが働ける社会」の構築を目指すオングリットホールディングス(株)の代表取締役社長・森川春菜氏に話を聞いた。

誰もが個性を生かせる

 ──貴社では、どのように障がい者のほうが働いているのでしょうか。

 森川 AI開発のなかで最もボリュームの大きい作業が「教師データの作成」です。これをつくって初めてAIが対象物を認識・判別できるようになるのですが、何万枚という画像のなかで、どこにボルトがあるのかをまずは人間が教えなければなりません。AIに教え込ませるためのデータが教師データです。

 これまでは画像のどの位置にボルトがあるのかという情報を手で入力していたのですが、未経験者の方でもできるように、実際の画像のボルトが写っている部分をクリックするだけで位置情報が自動入力されるシステムを開発し、簡単に教師データの構築を行えるようになりました。現在は教師データの作成業務をアウトソーシングしており、実際に障がい者施設の方に仕事をお願いしています。

 障がい者の方々にとって難しいことが健常者ではできる場合があるのと同様に、健常者にとって難しいことが障がい者の方々ではできる場合もあります。教師データの入力時の単純作業に長時間取り組めたり、驚異的な集中力で難解なプログラミングを短い期間で完成させたりと、得意分野で能力を発揮していただいたおかげで、仕事がスムーズに進むようになった場面が多々ありました。先日、体を動かすことが難しい障がい者の方に1つ仕事を依頼したのですが、「生まれて初めて働いた」と言っていただいたときの表情が今も忘れられません。その方にお願いしたのはAIの教師データ作成作業でしたが、「働くことができた」という我々にとって当たり前のことがうれしいことなのだと。当社で掲げる「就職弱者といわれる人に仕事を提供するツールやシステムの構築」が、人を幸せにできたことを目の当たりにした瞬間でした。

 ──働く人の才能を見抜き、仕事につなげている印象があります。

 森川 当社の採用の仕方は「このポストに人が欲しいから募集する」というよりも、「採用してからその人が活躍できる場所を探す」ともいえます。たとえば、「1つのことに集中するとほかが見えなくなる」ことは短所のように見えますが、裏を返すと「周りが見えなくなってもいい環境なら、誰よりも速く仕事を完遂させることができる」と解釈できます。このように、個性と真正面から向き合えば、ほかの人には真似できない大きな強みに変貌します。

 障がい者雇用では1人ひとりを気にかけるようにしていますが、これは健常者の労働者に向けても行うべきことではないでしょうか。まったく同じ能力をもった人はいません。得意とすることも、苦手だと思うこともそれぞれ異なりますから、1人ひとりの個性に着目し、能力を引き出すことが経営陣に必要だと思います。

現場のニーズを汲み取り具現化

点検状況
点検状況

 ──貴社の強みは?

 森川 「現場のニーズがわかっている」ということです。当社ではハード面・ソフト面の両方において研究開発を行っています。もちろん、それぞれの業界に大手企業がたくさんいて、大手企業の方々がつくる最先端の技術や機械にはかないません。しかし、開発力が強すぎるあまり、現場のニーズとのズレに気が付かないという面があります。下請会社はどれだけ良いモノがあると知っても、それが高価すぎると敬遠してしまいます。下請会社が今すぐに導入したいと思える価格、つまりリーズナブルな商品を提供することが必要だとわかったのは、当社が下請の点検会社の顔をもっているからです。

 リーズナブルで高い技術を現場に届けるためには、「今使っているモノ・技術を生かす」ことがポイントになります。当社のソフトも0.2mmのひび割れを直接読み込んで図面にすることができますが、それを実行するためには600万円程度のカメラを用意しなければなりません。しかし、どれだけ便利であっても、下請会社は高価すぎるモノには手を出せません。ですから、点検作業における必須事項である「点検士によるチョーキング」はそのままに、10万円のカメラで撮影して読み込んだ画像を図面化する作業だけをAIに任せる。今あるモノに技術を1つ加え、新しい切り口から現場作業に携わること。現場はDX(デジタルトランスフォーメーション)がしにくい場所ではありますが、多くの改善の余地はあると感じます。

 ──将来展望についてお聞かせください。

 森川 2027年までに事業所を全国44カ所に設置することが現在の目標です。公共工事における受注では県内の会社を優先することになっており、福岡県以外のエリアへ進出するためにはオングリット100%出資の子会社を各地につくる必要があります。

 ──貴社がホールディングス制をとっているのは、それが理由ですね。

 森川 先日、東京で展示会がありましたが、当社のブースは常に人でいっぱいでした。AIを開発するエンジニアも含めて最低でも月1回は現場に出てきているので、エンジニアといえども現場のことを理解しており、常に現場目線です。そのおかげなのか、北海道の現場の相談や、東京・大阪の見積もりの依頼がメールで届いています。エリアを拡大していくためにも、事業所を増やす準備を整えていきます。

(了)

【杉町 彩紗】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:森川 春菜
所在地:福岡市博多区対馬小路10-22
設 立:2018年3月
資本金:1,100万円(資本準備金を含む)


<プロフィール>
森川 春菜
(もりかわ はるな)
オングリットホールディングス(株) 代表取締役社長 森川 春菜 氏1986年生まれ、大阪府出身。専業主婦時代にシングルマザーの友人から子育てしながら仕事のできる環境が少ないという相談を受けていたことから、建設業界の人材不足とのマッチングを目的に2018年にオングリット(株)を創業。さまざまなビジネスコンテストで受賞経験をもち、21年10月に「第20回女性起業家大賞」奨励賞を受賞。

(前)

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