2024年04月25日( 木 )

暗殺事件で霞んだ参院選の焦点、「上下」対立への転換こそ野党再生の道(前)

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ジャーナリスト 鮫島 浩 氏

 今夏の参院選も2人に1人が投票権を放棄した。投票率は52.05%。前回を3.25ポイント上回ったものの、民主党が政権交代を実現した2009年衆院選(69.28%)には遠くおよばない。この程度の投票率では政治の地殻変動は起きず、自民党が単独で改選過半数を獲得する歴史的大勝に終わった。

参院選直前の凶行~山上容疑者の壮絶な半生

参院選 イメージ    低調な参院選とは裏腹に世間の関心を独占したのは、投票2日前に発生した安倍晋三元首相の暗殺事件である。国家権力にすり寄るテレビ各局が安倍氏の功績を讃える追悼番組を繰り返す一方、山上徹也容疑者の母親が統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に多額の寄付を重ねて生活苦に陥ったこと、山上容疑者は統一教会に恨みを抱いたうえに安倍氏と統一教会の親密な関係を知って犯行におよんだとの報道を受けて、自民批判勢力は「自民党と統一教会の歪んだ関係」を厳しく追及している。世論は左右に分断された。いずれにせよ、人々が参院選より暗殺事件や統一教会に反応しているのは間違いない。

 統一教会が抱える社会的問題や自民党との歪んだ関係を照らし出すことには大きな意味があると私は思う。ただし、それだけで山上容疑者を犯行に駆り立てた要因が解明されるのだろうか。そう思っていた矢先、7月14日発売の『週刊文春』に衝撃的な記事が載った。山上容疑者の伯父がロングインタビューに応じたのである。そこから浮かんでくるのは彼の壮絶な半生だった。

 山上容疑者は1980年生まれ。父親は京都大学工学部を卒業してトンネル工事で全国を飛び回る技術士で、奈良市内で建設会社を営む裕福な家庭で育った母との間に次男として生まれた。ところが彼が4歳のとき、父が自殺してしまう。来る日も来る日もトンネルを掘る山中暮らしで鬱になったようだ。その直後に妹が生まれる。母と3人の子は奈良市内で親族の支援を受けて暮らすが、このころから母が統一教会にのめり込み、多額の寄付を重ねていく。父の生命保険金の5,000万円も親族からの支援も統一教会へ消えていった。

 不幸は続く。山上容疑者の兄が小児がんを患い、大手術や抗がん剤治療を重ねるなかで片目が見えなくなってしまう。母は取り憑かれたように宗教活動に心血を注ぎ、韓国にある統一教会の聖地へも足繁く通う。母は実父から相続した財産も売却して統一教会に注ぎ込み、ついには自己破産する。

 山上容疑者は奈良県内トップクラスの進学校に進んだものの、お金がなくて大学進学を断念。公務員を目指して通った専門学校も中退し、任期制自衛官として海上自衛隊に入ったが、組織になじめず、上司とも衝突して孤立し自殺を図る。彼は自らの保険金の受取人を母から片目の視力を失っていた兄へ変更していた。当時の内部調査に対し、母が統一教会に熱中するあまり家庭を顧みず、小学生時代から自殺念慮があったと語っている。

 自衛隊を退職した後は測量会社でアルバイトしながら宅地建物取引士などの資格を取得したが、2015年に今度は兄が将来を悲観して自殺してしまう。山上容疑者は葬儀場で兄の亡骸を前に「兄貴、なんで死んだんや……。生きてたら、ええことあんのに!」と叫び、以後は家族との接触を絶った。兄には心を許していたのかもしれない。

 その後は派遣会社に登録して工場で働くが、安倍氏が統一教会の関連団体に寄せた「家族の価値を強調する点を高く評価いたします」というビデオメッセージを見て安倍氏殺害を決意した―と話は続いていく。

「誰ひとり見捨てない政治」は夢物語か

 彼の壮絶な人生を知り、やはりこの事件は「母と統一教会」や「統一教会の自民党」という話だけでは片付けられないと強く思った。山上容疑者は正社員としての就職が厳しく、非正規労働を強いられたロスジェネ世代のど真ん中だ。小泉政権の構造改革で労働市場の規制緩和が進み、雇用が不安定化し、貧富の格差が固定化した時代に置き去りにされた世代である。家庭環境に恵まれず、どん底から自力で這い上がって未来を切り拓くのは、険しい道のりだったに違いない。社会から孤立し、世の中に絶望し、恨みを募らせていく様子が記事からはうかがえる。

 たとえ父が自殺して母が統一教会に全財産を投げ打って生活苦に陥ったとしても、子の人生は別である。どんな親のもとに生まれようとも、どんな障がいがあろうとも「誰1人見捨てない政治」が実現していたなら、彼の兄は自ら命を絶つ必要はなく、彼も社会から孤立して世の中に絶望し、恨みを募らせ、犯行におよぶことはなかったのではないか。

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 彼の犯行は決して許されることではない。だが彼を犯行に駆り立てた社会的要因を掘り下げ、それを取り除かない限り、再びどこかで新たな孤立や絶望や憎悪が芽生え、暴力をかき立て、悲劇が繰り返されるだろう。その社会的要因を突き止めて解消することこそ、政治やジャーナリズムの責務ではないのか。そう思うと、この事件をめぐる政治家やコメンテーターたちの言葉が何と軽々しく聞こえることか。

(つづく)


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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