2024年05月27日( 月 )

溶けて溶けてどこへ行くの? 我々には覚悟はあるか~九州建設まで溶けるの、溶けないの(5)

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栄枯盛衰は歴然

 辻長光氏が4代目社長就任した1997年、リーマンショックの2008年、そして16年の福岡県ゼネコン完工高10位を並べてみた(資料1)。いかに浮き沈みが激しいからわかるであろう。120年の業歴があるからといって絶対、安泰というものではない。前回触れたように社長就任2期目には赤字決算を余儀なくされている。1997年時期には九州建設もしっかりとした方向転換を余儀なくされていたのだが、その危機意識が組織全体で薄かったのであろう。だからデベロッパーに頼る受注戦略を選択してしまった。それが禍根を残す結果となった。

 あとの回で触れるが、長光氏の実父・長英氏は九州建設中興の祖と評価される。同氏は1972年から社長に就任して辣腕を振るった。九州建設にとって1970年から1990年が絶頂時と述べたが、この企業力を背景にして長英氏のカリスマ的な威光は組織内外に浸透していた。福岡のゼネコンで、総合力トップは上村建設である。創業者の上村實氏は昭和3年生まれであるから辻長英氏よりも年上になる。實氏が「『長英社長の迫力には圧倒されるなー』と一目置いていたのが、1980年前後であった」と上村建設元幹部が証言している。

 それから10年、20年経過して資料1を眺めれば栄枯盛衰、一目瞭然である。売上ランキングにおいて上村建設は1997年224億5,750万円でトップの完工高を叩きだしているのだ。それから20年間、220億円の工事高をキープしている。企業評価でもトップを勝ち得ているのだ。上村實氏は恐らく30年前に「絶対に九州建設(当時辻組)に追い抜いて見せる」という目標設定して執念を燃やし続けた。結果、上村建設と九州建設には段違いの企業格差が生まれた。

 一方の九州建設は16年データでは10位圏外に転落した。かつて同社は4代目長光社長を擁して上場まで駒を進めようとした。上場計画は結構なことだ。だが目標を立てるならば、それを実現できるプロジェクトの構築が必要なはずであった。上場達成を舐めていたのではなかろう。しかし、デベロッパーの下請けで上場できると確信していたのであれば間抜けである。結局リスクヘッジゼロでボタを被り、銀行管理になり下がった。

20年間、地位を不動にしているところは自前の独自策を展開している

 資料1を簡単に説明すると、1997年8位の三鉱建設工業は2016年7位にランクされているサンコービルドへ商号変更しているのである。この20年間で3回とも10位にランクインしているのは上村建設、松本組、照栄建設、旭工務店の4社しかない。旭工務店はマンション主体の請負実績で高い評価を得ている。08年、16年2期トップに立っている九鉄工業はJR九州の子会社として売上を急伸させている。松本組は独自の企業戦略で安定した業績を打ち固めてきた。

 08年268億円で2位に君臨しているディックスクロキはその年、リーマンショックに巻き込まれて倒産した。一歩一歩と着実に基盤を固めてきたのが、北洋建設である。08年、同社は114億3,401万円の完工高を上げて6位に踊り出た。16年には150億円以上の売上を固めて5位になった。北洋建設は上村建設に次いで2番手の位置にある。同社の脇山会長は九州一を目指して虎視眈々と狙いを定めている。

 上村建設を筆頭に躍進企業に共通することは、それぞれに独自戦略を背負っていることだ。上村建設の場合は最初、福岡市及び都市圏の農協とタイアップして農家所有の土地にアパート受注に手をつけた。その集積が24,000戸のアパート管理ストックビジネスとなった(子会社・ハッピーハウスが管理)。請負業を一ひねりして時代適応の受注戦略を発展させたのである。九州建設も、企業力の絶頂を謳歌している時点で将来戦略を描けば良かったのだ。

 北洋建設の戦略は柔軟である。既存の地元請負業者が着眼しないところで勝負してきた。元々、NTTの鉄塔工事の名義人を持っていた同社。会長・脇山章治氏が勤務していた住友林業の伝手で戸建を受注している。九州一円で事業を展開しており、地元の建設受注の落穂拾いも行ってきた。ビル改修分野でも一時はダントツの勢いを誇示するときもあった。要は他人に知られない、陰で受注量を増やすことが特技である。

 照栄建設は1972年設立の業界後発である。創業者・前畑一人氏は常々、「経営はバランス」と強調してきた。最初は上村建設を見本にして農家アパート建設に勤しんだ。その後、戸建分譲、マンション分譲事業へと多角化して最近ではマンションリニューアル事業開発にも余念がない。「自己成長・自己革新」の旗の下に邁進している。実例を紹介してきた躍進企業は普段からニーズ対応に全力投球してきた。逆に九州建設は過去の栄光に酔って前進の一歩を忘れていた蓄積が不幸を生んだのである。

(つづく)

【資料1】

 
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(6)

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