2024年04月20日( 土 )

日常会話だけできる都合のよい奴隷!(2)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

世界中で平等な機会が得られると幻想を抱く

 ――今回から、先生の近刊『英語の害毒』(新潮新書)の中味に入って行きたいと思います。その前に、先生は「英語」と「グローバル化」に関してはどう考えられていますか。

 永井 日本人の多くは「グローバル化」という言葉を聞くとすぐに「英語化」を連想、続いて「国際語=英語」、「英語=英会話」、「英語=アメリカ英語」という連想をします。いずれも世界の常識とは異なります。もっと危険なのは、「グローバル化」、「英語化」できると、自分たちにも「世界の中で平等な機会が与えられる」という幻想を抱いていることです。先にお話したアラスカエスキモーも恐らく同じように考えていたのではないかと思います。

アメリカの意向を代弁する「英語ムラ」が存在

青山学院大学経営学部准教授 永井 忠孝 氏<

青山学院大学経営学部准教授 永井 忠孝 氏

 それには、理由があります。日本人の多くは、歴史的に、単一言語、単一民族の社会で育ってきました。そこで、多言語社会に関するその感度が著しく鈍っています。もう1つは、日本には「原子力ムラ」と同じ様に、アメリカの意向を代弁する「英語ムラ」が存在します。私たちは彼らに、長い時間をかけて“教育”されてきたからです。

 近年の「英語公用語」論に大きな影響力を持った、元朝日新聞主筆の船橋洋一氏がいます。彼の英語公用語論が、政府の諮問機関、文科省の教育改革に影響を与え、日本の英語教育を会話重視の方向に加速させる一因となりました。その船橋氏の名前は、CIAのオフィサーだったロバート・クローリーが死去したときに残したCIA協力者の名簿『クローリー・ファイル』(Crowley Files)に載っています。

 現在、「英語公用語」論と並んで、日本の英語公用語化への流れを強めている「英語社内公用語」論があります。政府の日本再生経済本部下「産業競争力会議」で旗振り役を務める、楽天の三木谷浩史社長兼会長は、船橋洋一氏と同じ「三極委員会」の会員でした。(2014年3月版の名簿までは載っている)その三木谷氏は、自民党の教育再生実行本部にも参加、そこで大学入試の英語試験を「TOEFL」で行うことを提言しています。

私たちはアメリカの代弁者である彼らに、アメリカにとって好都合な「英語観」を持つように誘導されてきたという側面があります。

皆さんの船は人生という航海の途中で「難破」する

 ――最近、同じようなお話を別の識者の方からも聞きました。私たち、日本人は多言語社会に育ってきたわけではないので、免疫がなく騙されやすいのですね。

 永井 そうです。しかし、そのことを云々するより、今は何よりも国民の皆さんが、自分の座標軸をしっかり持つことが重要です。そうしないと、皆さんの船は、「グローバル化」、「英語化」という大きな波に揉まれ、人生という航海の途中で難破してしまいます。

2050年には英語は唯一の国際語の地位を失う予測

 ――先生は現在も「英語」は特に重要なモノではなく、将来はもっと重要でなくなると言われています。どういうことでしょうか。

 永井 イギリスの著名な言語学者、デイヴィッド・グラッドルによると、「2050年には英語は唯一の国際語の地位を失い、いくつかある国際語の1つにすぎなくなる」と予測されています。この予測が正しければ、今小学生に英語を導入するという話も出ていますが、
その彼らが働き盛りの時には、英語ができることは今ほど重要でなくなります。そのために費やす膨大な時間、労力を考えると、国の教育政策として正しいとは言い難いと思います。

 アメリカの覇権はいつか終わります。ローマ帝国も、モンゴル帝国も衰退しました。近代以降の歴史を見ても、世界の覇者はスペイン、オランダ、イギリス、アメリカと推移、今たまたま覇権を握っているアメリカだけが未来永劫覇権を握り続けると考える方が無理な話なのです。すでに、アメリカの経済面については陰りが見えていることはご存じの通りです。経済的覇権の喪失は軍事的覇権の喪失に繋がります。
 ここ10年ほど、中東、EU、中国、ロシアなど世界の各国が、決済通貨をドルから自国の通貨やユーロに切り替えています。アメリカの衰退を睨んで、ドルを基軸通貨の座から引きずりおろそうとしているわけです。同じことが英語には絶対に起こらないという保証があるでしょうか。

母語話者で英語はスペイン語、中国語に次いで3位

 言語を話す人は、母語話者、第2言語話者、外国語話者の3つに大別できます。外国語話者はその言語が話されない環境で、学校で学んである程度修得した人で、日本や中国や韓国で英語を話す人の多くはこれに該当します。英語は、これらの3者の構成比率の点で、他の言語と大きく異なります。英語以外の言語では、話者数の大半を母語話者が占める一方、英語は母語話者、第2言語話者がそれぞれ4億人に対して、外国語話者が6億~7億人です。つまり半数近くが外国語話者なのです。母語話者数では、英語はスペイン語、中国語について第3位に過ぎません。英語が国際語だという“幻想”からすでに覚めつつある中国では、2013年から、北京理工大学など複数の一流大学、一部の学科の入試から英語を除外し始めているのです。

(つづく)
【金木 亮憲】

【注】三極委員会:日本・北米・ヨーロッパなどからの参加者が会談する私的組織で、民間における非営利の政策協議グループ。1973年にデイビッド・ロックフェラー、ズビグネフ・ブレジンスキーらの働きにより「日米欧委員会」として発足した。デイビッド・ロックフェラーは、当委員会の目的を「委員会の結成は幅広い基盤に立って、国家間の差異の橋渡しをしようとする試みなのだ。この場合、橋渡しとは日本を国際社会に招き入れることだった」と語っている。

<プロフィール>
nagai_pr永井 忠孝(ながい・ただたか)
1972年、熊本市生まれ。東京大学文学部言語学科卒。東京大学大学院人文社会系研究科言語学科博士課程単位取得済退学後留学。米アラスカ大学フェアバンクス校大学院人類学科にて博士号取得。米アラスカ大学フェアバンクス校外国語外国文学部 助教授を経て、青山学院大学経営学部 准教授。専門は言語学(エスキモー語)。著書に『北のことばフィールド・ノート』(共著)など。

 
(1)
(3)

関連記事