2024年05月02日( 木 )

窮地か?ドイツ企業の対中戦略検討とEU(前)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は10月5日発刊の第340号「窮地か?ドイツ企業の対中戦略検討とEU~三菱自工中国撤退vs対中投資double downのドイツ企業~」を紹介する。

 ロシアによるウクライナ侵略、米中対立と台湾進攻の可能性、中国での不動産バブル崩壊、欧米先進国における分断と右派ポピュリズムの台頭、ゼロカーボン政策の見直しと環境理想主義の挫折、など世界経済に困難が山積している。いずれも深刻な問題だが、そのほとんどすべてが日本株式の相対的優位を浮かび上がらせるものである。前回は中国バブルの崩壊と来るべき中国経済衰弱を分析したが、今回は欧州経済を覆う戦略混迷と経済停滞について対中戦略を概観することで、探ってみる。

(1)欧州の対中貿易赤字急拡大、高まる政治主導の対中防御

 これまでユーロ圏は対中ビジネスにおいて、米国、日本、韓国など他国に比べて大きな恩恵を受けてきた。図表1は中国の国別輸入額推移であるが、過去10年ほどの間、対日本、対韓国、対米国がほとんど成長しないなかで、対ユーロ圏輸入だけが6~7割増とシェアを高めてきた。しかし中国企業は着実に技術キャッチアップを進め競争力を強化し、欧州企業の地盤を切り崩してきた。中国の対欧州輸出は欧州からの輸入以上のスピードで拡大し、EUの対中貿易赤字は2022年396億ユーロとコロナパンデミック前の2019年比倍増となった(図表3)。

図表1 中国の相手国別輸出・輸入推移

 とくにドイツはメルケル首相が16年の在任期間中12回も訪中するなど、先進国のなかでも最も中国との関係強化を進めてきた。しかし対中貿易収支が2022年に赤字に転ずるなど、変調が現れている。

 貿易変調の最大の理由は、EV用主体のバッテリーと半導体(太陽光パネル、パワー半導体等)の急増である。中国の対ドイツバッテリー輸出は2020年16億ドル、21年37億ドル、22年80億ドル、対ドイツ半導体輸出は2020年14億ドル、21年18億ドル、22年31億ドルと倍々ゲームで増加し始めた(JETRO「地域分析レポート」)。クリーンエネルギーやEVにシフトすればするほど自動的に対中赤字が増加する仕組みがビルトインされている。

 加えて中国EVの欧州急進出により欧州自動車企業は地元でシェアを奪われるリスクが高まっている。中国市場で高成長を謳歌してきたVWなどの欧州自動車メーカーは、今や攻守所を変えて、守る側に立たされつつあるのである。

 2023年上期の中国自動車輸出台数は214万台(前年比76%増)となり、日本を抜き世界一となった。けん引役は、EVおよび民主主義国が禁輸している対ロシア向け輸出である。中国車のロシアでのシェアは2021年9%から22年37%、23年にはシェア50%を超え100万台に迫ると見られている(東洋経済オンライン財新レポート)。

 2023年上期の世界EV(BEV+PHEV)販売台数は、前年比41%増加の616万台に達したが、内6割は中国生産車とみられる。首位BYD125万台(前年比96%増)、2位テスラ89万台(57%増)、3位VWグループ43万台、4位吉林ボルボグループ36万台、5位上海汽車集団(SAIC)グループ32万台と、すべて中国生産を中心としている企業である。

 この中国産EVの攻勢に対して米国はIRA(インフレ抑制法)により中国生産車を補助金の対象から外すことでブロックをかけた。さらにフォードが計画していた世界最大手の中国CATLとの協力によるミシガン州EVバッテリー工場の建設は、ワシントンからの圧力により一時停止に追い込まれた。遅ればせながらEUも、中国の自動車産業に対して不当な補助金が支給されていないかの調査をすると発表した。また累積炭素排出履歴(炭素国境調整メカニズム活用)を規制に盛り込むことを考えているといわれる。トルコは中国のEVに40%の懲罰的関税賦課。フランスは累積炭素排出履歴を補助金受給資格に盛り込み、事実上ヨーロッパ製のEVのみに補助金を出す仕組みを打ち出した。

図表2: EUの対中貿易赤字推移(FT)/図表3: 中国からEUへのEV輸出(台数・単価)

(2)対中投資double downのドイツ企業

 このような政治の世界からの対中ブロックの動きとは裏腹に、対中国ビジネスに未練を残すドイツ産業界は見解を異にしている。ドイツの自動車メーカーはEUの調査によって中国政府の報復対象になることを警戒し、この政策を批判しているのである。

 悩ましいのはEVを始めクリーンエネルギーのエコシステムが中国に集中していることである。中国は、膨大な補助金と企業支援、外資抑制で国内企業に有利な環境をつくった。ハイテク産業で勝ち抜くためには巨額の初期投資を継続することが必須だが、液晶、通信基地局、太陽光パネル、風力発電部品(ナセル、プレード、タワー)、などで次々に競争相手をなぎ倒してきた。そして今、EVとEV用バッテリーでも6割強の世界シェアを獲得するに至っている。

 バッテリー素材メタルの資源確保と精錬など川上分野でも、過半のシェアしている。バッテリーメタルの埋蔵量はチリ、アルゼンチン、コンゴ、インドネシア、オーストラリア、ブラジルなどに集中しているが、中国はいち早く上流権益を抑えることで、精錬においては圧倒的シェアを確保した。VWは「西側諸国と中国のエコシステムの距離が広がっており、この状況に適応する必要がある」と述べている。VWは中国で生産する車両の部品・材料の現地調達比率を、この数年間で90%を上回る水準まで高めたという。BMWも次世代EVの開発、生産のために対中投資を増加し、部品の現地調達率を高めている。

 またBASFは、2030年までに最大100億ユーロ(約1兆5,800億円)を中国に投資すことを発表し、合成ガスと水素の製造工場建設を始めた。調査会社ロジウム・グループによると、EU+英国による2022年の対中直接投資額に占めるドイツの割合は52%と2021年の46%から上昇している。そのなかで自動車産業が占める割合が68%と前年の50%から大きく上昇している。ドイツ企業は中国市場を失う短期的損得が、地政学的、長期的観点よりも重要、というジレンマに陥っているようである(The Wall Street Journal紙9月20日)。

(つづく)

(中)

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