2024年05月20日( 月 )

グローバル化を変質させている米中対立 日本政府、企業のあるべき対応は(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

東京大学東洋文化研究所准教授
佐橋 亮

 今、世界はウクライナ情勢だけではなく、深刻な米中対立によって大きく揺らいでいる。20世紀後半から世界を変えてきたグローバル化のかたちさえも大きく変わりつつある。米中対立は、なぜそれほど大きなインパクトをもっているのだろうか。一方では、米中が軍事衝突、すなわち有事に陥り、それが世界の平和を脅かすことが懸念されている。他方で、実はより深刻なのは、戦争が起きていないとき、すなわち平時から国際秩序のかたちが変わっていることになる点だ。

アメリカ一強の終焉

佐橋准教授
佐橋准教授

    思えば、少なくとも冷戦終結後の約40年間、世界はアメリカ一強の時代だった。1945年以降、すなわち第二次世界大戦後の世界において、たしかに米ソ冷戦は存在したが、西側世界ではアメリカの圧倒的な強さによって国際秩序が構築されてきた。そのなかで私たちは、たとえば自由貿易体制、国際決済通貨としてのドルといった経済的メリット、さらに人権の改善、民主主義の実践、法の支配の浸透といった普遍的価値の広がりと、秩序の利点を享受してきた。今、米中対立で問われているのは、このような国際秩序のかたちが否応なく変化していることであり、その背景にアメリカと中国のパワー、すなわち力が接近しているという事実が存在している。

 そして、こうした米中対立によって変わる国際秩序のかたちは、いわゆる安全保障だけにとどまらない。経済安全保障への対応が企業に求められ、地政学リスクという言葉がよく聞かれるようになっているように、実は、米中関係は今日、日々の経済活動やグローバル経済の在り方、国際経済の在り方に大きく影響をおよぼしている。

 最近のG7広島首脳会談を見ても、その中心的な話題は、ロシアとウクライナの戦争に加えて、中国にどのようにG7が向かい合うのかということだった。そしてそれは、台湾問題や南シナ海問題といった安全保障の問題だけではなく、経済安全保障や科学技術といった問題における協力の促進だった。

 過去何十年にもわたって日本の産業界や日本社会は、グローバル化を当たり前のように前提にしてきた。そのなかで私たちは国境を越えた動き、投資、貿易、留学、旅行などさまざまなことが自由に行われ、それは将来、さらに自由になっていくという前提で、物事を考えてきた。しかしこれからは、そういったグローバル化を前提にした世界像に修正を加える必要があると考える。米中対立こそが前提になった世界において、グローバル化は影響を受けざるを得ない。ロシア・ウクライナ戦争も、もしそれが停戦したとしても、ロシアへの制裁や不信はそう簡単に解消するとも思えない。そのようにグローバル化への制約要因を捉えることは、今後の世界認識において非常に重要なことだろう。

米国は対中関与政策を転換

 具体的に、米中関係の最近の情勢について考えてみよう。2021年に発足したバイデン政権は、それまでのトランプ政権と異なり、外交の基本を同盟関係や国際秩序に置いていることが特徴的だ。そして、とりわけ20年にトランプ政権で非常に強まっていた中国とのイデオロギー的な対立関係とは距離を置くという考えも目立つ。

 しかし重要なのは、トランプ政権とバイデン政権の連続性だろう。トランプ政権は4年かけて、それまでのアメリカの対中政策や対中政策の前提にあった考え方を根底から修正しようと試みた。それまでのアメリカは、1970年代の米中接近後、中国に対して関与政策を展開してきた。その本質は、中国との政治体制の違いを問題とせず、重要なのは、中国が成長し、将来より良い中国に変わっていくことだという考え方にあった。成長した中国は、国内での政治、統治または経済運営をより良いものにするだけではなく、国際的にも、アメリカやその同盟国と同じような行動をしてくれるはずだという前提があったわけだ。

 そういった関与政策は中国の成長によって完全に裏切られているのではないか。習近平政権は成長した力でもって国内では強権化を進め、対外的にはアメリカの邪魔をしているのではないか。そのような考え方をとり、関与政策を放棄し、中国との競争を前面に押し出そうとしたのがトランプ政権だった。

 バイデン政権においても、そのようなトランプ政権と、基本的には同じ考えの立場に立った政策が展開されている。そして最も重点が置かれているのは、科学技術への投資ということになるだろう。昨年5月に行われたブリンケン国務長官による中国政策に関する包括的な演説が、依然としてバイデン政権の姿勢を示している。そのなかでブリンケン国務長官は、アメリカの政策の本質を科学技術への投資、同盟国との連携、そして中国と競争することにあると訴えた。

 トランプ政権とやや異なり、中国との本格的な対立を避けることが重要であると言葉で表現している。バイデン政権は、最近のブリンケン国務長官やイエレン財務長官の中国訪問などにも見られるように、中国との対話を重視している。これは実は昨年から変わらない方針でもある。ある意味で、これはバランス感覚ということもできるだろう。

(つづく)


<プロフィール>
佐橋 亮
(さはし・りょう)
1978年、東京都生まれ。国際基督教大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(法学)。神奈川大学法学部教授、同大学アジア研究センター所長などを経て、19年から東京大学東洋文化研究所准教授。専攻は国際政治学、とくに米中関係、東アジアの国際関係、秩序論。日本台湾学会賞、神奈川大学学術褒賞など受賞。著書に『共存の模索:アメリカと「2つの中国」の冷戦史』(勁草書房)、『米中対立:アメリカの戦略転換と分断される世界』 (中公新書)など。

(中)

関連キーワード

関連記事