2024年04月29日( 月 )

【特別対談】中村(世界のマーケット目線)×明川(日本の行政通) 対談で語る「古民家活用で呼び込むインバウンド需要」

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代表取締役 中村・ニック・昇 氏
(一財)DEVNET INTERNATIONAL
代表理事 明川 文保 氏

 衰退が急速に進む日本の「田舎」には古民家という貴重な財産が眠っている。古民家を活用した欧米人富裕層のインバウンド需要と地方活性化のヒントについて、世界でプロジェクトマネージャーとして活躍する中村・ニック・昇氏と、日本の行政に精通する(一財)DEVNET INTERNATIONALの明川文保氏が、地方再生の切り札を語る。

欧米人を惹きつける古民家の魅力

 明川文保氏(以下、明川) 中村さんは幼少期にアメリカに移住されたと聞いています。その後ずっとアメリカを中心に活動してこられたわけですが、どのような点で日本の古民家に魅力を感じられますか。

 中村ニック昇氏(以下、中村) 私は建築の専門家として大規模なプロジェクトに長く携わってきましたが、建築家の目から見て、日本の伝統建築は大変魅力的です。とくに古民家は、骨組みに大きな自然の木をそのまま使い、柱、梁、棟木などの構造によって建物を支える建築は見た目にも大変美しいです。また、建物の構造に日本古来の知恵が備わっていることも魅力です。たとえば、日本の伝統工法は礎石の上に柱を置くだけで、基礎と建物を分離して地震に強い免震構造を備えています。

 明川 そうですね。地震に強いとともに、基礎に固定されていない建物は移動させることができますから、昔は家引きという職人がいました。家を壊さずに建物を浮かせるだけで、引っ張って移動させることができるのですね。また、茅葺屋根は、囲炉裏やかまどの煙によって構造材や屋根材が燻されて劣化を防ぐ効果もありますし、日本建築には古来の知恵が詰まっています。

 中村 そのような伝統的な美と知恵を目の当たりにできるのが古民家です。その古民家で畳や床の間、日本の家具・調度品に囲まれて宿泊すれば、住空間として古民家に一体化された伝統的な日本の生活様式を体験することができます。

 明川 欧米の知識人層が日本に訪れて求めているのはまさにそこですね。私が日本での滞在をお世話した人で、世界的な大企業の会長さんがいるのですが、その方の娘さんが大の日本贔屓で京都にしばらく滞在したいというのです。しかし、その方たちが求めているのは、東京や京都の三ツ星ホテルの豪華で至れり尽くせりの贅沢なホテル暮らしではないんです。日本の文化の奥深さに対する知的な好奇心が満たせる、奥深い日本文化なのです。

 中村 その通りです。初めて日本を訪れる外国人観光客の多くは、とりあえず東京や京都、鎌倉、北海道などを目的地にします。しかし、日本文化の奥深さを理解できる欧米の知識人層は、それらの都市に設けられたありきたりの観光施設的なものには満足できません。彼らの好奇心を本当に満たすことができるものは、都会ではなく日本の田舎にあります。その最たるものが古民家です。

 明川 中村さんは日本の地方における少子高齢化や経済的衰退への対策としても古民家がカギになると考えておられますが、まず外国人の宿泊施設として古民家活用を提案する理由は何ですか?

 中村 まず日本人自身が古民家の魅力にほとんど気づいていないということがあります。私が地方へ視察に行くと、土地の人も行政の担当者も含めて、皆さん一様に「田舎には何もない」と言います。外国人の目から見れば、田舎には都会でほとんど失われた伝統的な古い家屋が多く残っています。ところが、古民家の持ち主や土地の人はその価値に気づかず、解体して処分するにもお金がかかると言って、途方に暮れているのです。ですからその魅力に気づいている外国人が利用できるように古民家を整備することが、古民家の魅力を日本中に知ってもらう近道だと考えます。

長期滞在に適う日本の田舎と古民家

左:明川文保氏、中央:(株)データ・マックス代表取締役会長・児玉直、右:中村・ニック・昇氏
左:明川文保氏
中央:(株)データ・マックス代表取締役会長・児玉直
右:中村・ニック・昇氏

    明川 欧米人は長期滞在型の休暇を好まれますね。

 中村 はい、欧米人は少なくとも1週間~2週間、あるいは1カ月。のんびりと時間をかけて休暇をとる、そのような滞在ができる場所に価値を見出します。日本の田舎は外国人の興味の対象となっていますが、現状では適切な宿泊施設がないために通過型の観光地となっている場所がほとんどです。ですから、田舎にインバウンドを呼び込むためには、長期滞在の休暇に耐える魅力的な宿泊施設が必要です。その価値をもつものが古民家にほかなりません。

 明川 古民家を欧米人のインバウンドの受け皿として利用するには、それなりにリフォームが必要だと思いますが・・・。

 中村 まず現代人に必要な設備として、トイレやインターネット環境の整備はもちろんですが、古民家はどうしても経年劣化が激しい物件もありますから、シロアリ対策や防火対策も必要です。また、欧米人は、伝統的であることと環境配慮が一体化していることを大変好みます。ですので、古民家への電力供給に再生可能エネルギーが利用されていれば付加価値が高まります。ただし、それらのリフォームや設備を行ううえで大切なことは、古民家としての基本的な構造や、当時の面影、素朴な質感などをできるだけ尊重して残すということです。リフォームを口実としてそれらをつくり変えてしまうと、古民家としての魅力が大きく損なわれてしまう可能性があります。

 明川 古民家の魅力が失われないためにどのような配慮が必要ですか。

 中村 古民家のリフォームに際して大切なのは、何よりデザインです。日本の職人さんは大変仕事ができる。しかし、デザインで今一つなところがあります。そこで外部からデザイナーを入れるわけですが、そこでも注意が必要です。以前NHKの番組で放映されていましたが、ドイツ人の建築家が日本の古民家を改装しているのを見ました。それが日本人にとても人気があるらしいのですが、古民家をドイツ風につくり変えてしまっていました。日本人にとっては新奇で珍しく興味深いかもしれませんが、日本に興味がある欧米人は伝統的な日本建築そのものを味わいたいので、そのようなリフォームは避けるべきです。大切なことは古民家の真価を理解して元の魅力を残しながら、現代に合った使いやすいかたちに内装を整えることです。とても重要な点です。

 明川 古民家での滞在に、体験型やワークシェアリングが加わるとよいですね。

 中村 それも知的な旅行者が長期滞在において求めていることです。滞在先で体験的に、地域のなかに入ることができるイベントなどが用意されているとよいです。たとえば、お祭りへ参加するとか、地域の伝統的な工芸品の製作教室を設けるとか、それが旅行者にその土地の深い魅力を理解させ、長期滞在の意欲を刺激します。

地域経済への効果

 明川 外国人観光客に長期滞在してもらうと地域経済への波及効果も変わってきますね。短期滞在の場合、経済的な恩恵を受けるのは、宿泊施設と土産物屋などの観光用の施設にとどまりますが、滞在が長くなれば、地域との広い交流を求めるようになります。地域との交流が広くなれば、それだけ経済的な恩恵を受ける裾野が広がります。

 中村 日本の地方は人口減少、少子高齢化が深刻ですね。また、空き家の問題も大きな課題です。日本の空き家は、この20年近くで約2倍となり現在は820万戸ほどあります。その一方で、地方では高齢者が増えていますが、今の高齢者はそこそこ元気で何もできないわけではありません。高齢者たちの知恵を生かすことができる仕事が地方にあれば、田舎にいる高齢者を適材適所の労働力として生かすことができます。年金だけで暮らすことが厳しい高齢者たちにやりがいのある仕事を創出することができます。地域に根差し歴史と伝統を体現した古民家の維持管理は高齢者の仕事としてうってつけだと思います。

 明川 地方で古民家の活用再生が広まれば、まだ辛うじて残っている日本建築が得意な大工たちが仕事にありつくことができ、そうすれば失われつつある技術の継承も可能になります。古民家の活用は、まさに今やらなくてはなりません。

 中村 最初に日本人は古民家の価値に気づいていないと申し上げましたが、欧米人の滞在施設として古民家が認知されれば、それは国内需要の掘り起こしにもつながると考えます。今はインターネット環境さえ整えばどこでも仕事ができる時代です。外国人の古民家利用に刺激されて、日本人がワーケーションの滞在先として田舎の家や古民家を積極的に利用するようになり、田舎への分散が当たり前になれば、日本人のライフスタイルも大きく変わるのではないでしょうか。

 明川 古民家の活用は地方活性化のカギになるでしょうし、日本人が伝統的な家屋や、伝統的な生活様式を見直すきっかけにもなりそうです。また、日本人の住宅に対する考え方も変えるかもしれませんね。

 中村 日本の住宅市場には大きな問題があります。それは、新築された直後から年数を経るにつれて急速に資産価値が下がっていくということです。これは空き家が増え続けることと無関係ではありません。古民家を住宅ならびに投資対象として再評価することは、このような日本における住宅資産の転換につながります。古民家は古い住宅であることにまず基本的な価値があって、それをリフォームすることによって価値を高めることができる。そのような資産として住宅の価値についての認識が変わるということです。

民間プロジェクトの意義

 中村 古民家のプロジェクトを進めるには、行政の協力は欠かせません。ところが、行政主導ということになってしまうと、全然物事が進まなくなってしまうことがあります。明川さんはその点をどのようにお考えですか。

 明川 最初に中村さんがおっしゃったように、地方の役場の職員は、「田舎には何もない」と言いがちです。また、行政手続きや前例に縛られて、新しい発想への対応は鈍いですから、こういうプロジェクトを行政主導で進めさせることはできません。しかし、行政は許認可で協力を取り付ける必要がありますし、補助金も出します。よって民間の主導で進めるようにしながら、行政もそれに側面から携われるように私たちの方でお膳立てしてやればよいのです。たとえば、プロジェクトを進めていると、法令上うまくいかないことも発生するでしょう。そのときに問題点として収集したデータをすべて行政に提供して、行政にはそれを利用して問題を解決してもらいながら、彼らの手柄にしてもらえばよいのです。

 中村 そうそう、「行政の皆さんのおかげでプロジェクトもうまくいきます、ありがとうございます」というふうに、花をもたせてやればよいのですよね。
 明川 必要なところには補助金を出してもらって、あとは民間の主導で進めることが行政にとっても都合が良いようにアレンジしてやることです。

 中村 行政もそうですが、地域の企業を使うことも重要です。たとえば金融機関、信用金庫、不動産業者、ゼネコン、木工業者いずれもまず地元の企業を優先して使うことで、地域の人々が中心になって古民家を維持管理するノウハウを身に着けてもらいます。外部の視点をもつ私たちはプログラムマネージャーとして、全体をコーディネートするとともにスキームをつくり上げます。それが地域の経済に大きく貢献することになると思います。

 明川 私は週末、新幹線で地元の山口に帰っています。あちらの方に(宗)ももっていますし、今も庭の手入れもし、畑も自分で耕します。ですから田舎の魅力も、田舎にとって何が必要かも、外国人を受け入れるためにどのような施策が必要で、どのように行政を動かせばよいかも大方わかっていますが、日本の行政の弱点をうまくカバーしながら、中村さんの世界マーケットの視座を取り入れれば、古民家プロジェクトは必ず日本の地方を救う取り組みになると考えています。

【文・構成:寺村 朋輝】


<プロフィール>
中村・ニック・昇
(なかむら・にっく・のぼる)
(株)Cosmo Link代表取締役。米国建築士学会フェロー(FAIA)。1973~98年、米大手総合建設業のベクテルに勤務。サウジアラビアのジュバイル工業都市やアイオワ州とミシガン州の原子力発電所、東京国際空港(羽田空港)、98年の長野冬季オリンピックなどのプロジェクトに携わった。98年に独立。汐留シティセンターや東京ミッドタウン、中国の連雲港市マスタープランなどのほか、工業団地やデータセンター、コンドミニアム、複合施設などさまざまな国際プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務めてきた。

明川 文保(あけがわ・ふみやす)
山口県生まれ。DEVNET INTERNATIONAL世界総裁、(一財)DEVNET JAPAN代表理事、東久邇宮国際文化褒賞記念会代表理事。1973年山口県防府市に日本初の冷凍冷蔵庫・普通倉庫を備えた3温度対応の総合流通センター開設。岸信介元首相後援会青年部会長、安倍晋太郎衆議院議員私設特別秘書、九州・山口経済連合会(現・九州経済連合会)の国際交流委員・運輸通信委員・農林水産委員、山口大学経済学部校外講師などを歴任。

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