2024年04月29日( 月 )

デフレ脱却へ期待されるのは、失敗を恐れないリーダーシップ(後)

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経済アナリスト
(株)マネネ代表取締役社長CEO
森永 康平 氏

 長く続くデフレによりただでさえ経済が停滞していたなか、物価高や人手不足により業績が悪化している中小企業が増えるなど、社会や経済の先行きをより不安視するムードが強まっている。このような停滞した経済状況から脱却するにはどうすべきなのか。新進気鋭の若手経済アナリストである森永康平氏に、今後、日本が取るべき是正策などについて話を聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役社長 緒方 克美)

長く続いた思考停止

 ──日本の企業、なかでも中小企業においては一人株主が多く、無借金経営を美徳とする風潮が根強いですね。

 森永 もちろん、無借金経営が悪いのではありません。そうであれば債権者におうかがいを立てることなく、意志決定が早いからです。ですが、それでは雇用を生み出せませんし、事業の拡大や収益の向上が難しくなってしまうという側面があります。

 先ほどiPhoneの話をしましたが、それを開発したアップル社のような企業が日本では生まれづらくなったのにはそうした事情があるのです。こうした状況をつくり出したのは、実務経験がない政治家が国をリードしているため。彼らは自らの実務経験のなさを補うため、国の経済諮問会議などにおいて、実務経験が豊富な大企業の経営者を集め、意見を聞こうとします。

 しかし、これも大きな問題を抱えています。というのも、企業経営における実務経験というのはミクロ経済におけるもの。大企業の経営者はそのなかでの成功者であるわけですが、その経験からすれば借金には非常に慎重です。しかし、マクロ経済を担う国が借金をしなければどうなるでしょうか。カネの流れが滞り、経済活動は低迷し、国民生活に大きな悪影響をおよぼしますし、それが今の状況です。

 行政改革といいながら、バブル崩壊以降の30年にわたり、国はそんなことを延々と続けてきたのです。こうした状況は思考停止だと言わざるを得ません。もし、借金を恐れず、国が財政出動をより積極的に行っていれば、資金がより多く循環し、とくに中小企業の経営者はもっと楽に企業経営ができたはずです。

 しかし、政府がデフレを許容し続けたなかで、毎年イスの数が減っていくイス取りゲームを強制される、可哀想な状況に置かれ続けてきました。可哀想というのは、借金についての許容範囲が小さなミクロの思考においては、資金繰りに困って経営に失敗する、倒産するということについて、自己責任と認識しがちになってしまうからです。そんな恐れを抱きながら経営にあたると、経営者の方針はギスギスした余裕のないものになってしまいます。このイス取りゲームがやっかいなのは、イスが取れなくても死ぬわけではないこと。ドロップアウトした人として生きていかなければならないのです。

問われる国民の覚悟

 ──この失策続きの状況を改めることはできないのでしょうか。

 森永 先ほど述べましたように、日本人のマインドは肉食系と草食系のような二極化した状態となっており、それは言葉を換えると社会主義と資本主義が共存しているような中途半端な状態です。社会主義的というのは、前述したように国が大企業による産業の収れんを許容し、調整を図るといったイメージです。しかし、一方では資本主義の国でもありますから欧米の手法も採り入れ、各企業に成長を求めます。こんな相反する中途半端な状況が続いてきたことに、この30年にさまざまな分野で他国に追い越されていった要因があります。

 一方、国民はこうした状況を許容してきたわけですが、あるタイミングで「何という社会にしてくれたのか」と現状への危機感が高まり、倒閣、政権交代などといった状況になることも考えられます。民主主義国家ですから当然ですよね。政権交代が起きた場合、次の与党は真逆の経済政策を打ち出すことが求められます。ただ、もしその与党がバリバリの競争社会、資本主義社会、さらなる格差社会につながる政策を打ち出し実現してしまったときに、国民側が受け入れない、元に戻せということになります。

 ですので、結局、国民がそれをどこまで許容できるか、覚悟をもって受け入れられるのかという問題になります。これはかなり難しい問題で、今に至るまでたどってきた歴史や文化、価値観が、そこにマッチするか大きなポイントになります。個人的にはマッチできないのではないかと考えていますが、世代交代がより一層進めばマッチする可能性もあるかもしれません。

 ──ところで近年、ベーシックインカムが話題になっています。

 森永 ベーシックインカム(政府が国民に対して定期的、無条件に最低限の生活を送るのに必要な現金を個人単位で支給する制度)などが議論されていますね。

 私は議論するだけではなく、実際に社会実験を行うべきだと考えていて、ベーシックインカムについてはコロナ禍がその絶好の機会だったと考えています。1回限りの現金給付などはしないで、とりあえず国民1人あたり月額4万円をベーシックインカムとして支給すれば良いと。国民の労働意欲を失わせるなどといった反対意見もありますが、そうなったらやめればいいのです。机上の空論で善し悪しを語っても社会に実装できません。要はやってみないとわからないのですが、それを否定する言論空間はあってはならないと思います。

 この時代に求められるリーダーシップはそこにあります。何をやっても叩かれるのですから。その際に断固として「これをやる」といえる、軸がある人物がリーダーとして出現することが期待されます。

 世界の指導者では近年、中国やロシア、北朝鮮などでは独裁的指導者の影響力が強まっています。それを良しとするわけでは決してありませんが、日本においても強いリーダーシップと意志決定の早さを兼ね備える政治指導者の出現が求められます。ただ、そこに岸田首相のような人物が登場するのが日本的ともいえるのですが…。

(了)

【文・構成:田中 直輝】


<プロフィール>
森永 康平
(もりなが・こうへい)
1985年生まれ、埼玉県出身。証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして活躍後、インドネシアや台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。2018年6月に金融教育ベンチャーの(株)マネネを創業。現在は国内外のベンチャー企業の経営にも参画している。著書に『スタグフレーションの時代』(宝島社新書)や、父で経済アナリストの森永卓郎氏との共著『親子ゼニ問答』(角川新書)などがある。23年9月よりアマチュアでキックボクシングやMMAの試合に出場。

(前)

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