2024年04月27日( 土 )

身近なところから現状を再認識せよ 24年、日本はますます置いていかれる(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

『週刊現代』元編集長
元木 昌彦 氏

 世界中を襲う急激な気候変動と、ウクライナ戦争からイスラエルとハマスの戦争は、第3次世界大戦勃発間近を思わせる。もはや平和ボケなどというレベルではなく、現状認識さえできなくなってしまったこの国の民は、これから10年か20年のうちに滅びるのではないか。私はそんな危機感さえ抱くのである。文中敬称略。

緊張感に欠けるメディア

『週刊現代』元編集長 元木 昌彦 氏
『週刊現代』元編集長
元木 昌彦 氏

    私事から始めることをお許しいただきたい。昨年は喜寿というめでたい年だったはずが、77年間生きてきて最悪の年になってしまった。春に脊柱管狭窄症の手術で入院したのが始まりだった。夏には歩行困難になり、病院でCTやMRIなどの検査を受けた結果、「脊髄損傷」と診断された(どうやら5月に部屋で躓いて横倒しに倒れ、頭を木製のデスクにぶつけたことが原因のようだ)。

 病院で手術を受け、リハビリも始めた直後に、左足を骨折していることが判明して手術。脊髄の手術からリハビリ病院を出るまでに2カ月も入院生活を送る羽目になってしまったのである。私は健康的な生活を送ってきたとはいわない。高血圧と糖尿病があり、主治医に長年診てもらっている。だがこれまで入院したことはなく、手術を受けたのは高校生のときの盲腸の手術ぐらいのものだった。

 それが8カ月の間に3回の手術を受けることになろうとは想像もしなかったが、本稿で述べたいのはそのことではない。2カ月もの間、2m四方の狭い病室で生きることを強いられた人間がどんなことを考えたかを記してみたい。

 脊髄損傷の手術の後は1週間ぐらい、テレビも持ち込んだスマホもiPadも見る気になれなかった。久しぶりに見たNHKニュースもワイドショーも、イスラエルのガザ侵攻について長く時間を割いていた。たしかにイスラエルにとって2023年10月7日のハマスからの攻撃は、アメリカにとっての真珠湾攻撃や9・11のテロ攻撃に匹敵するショックを与えたのだろうが、だからといってガザ地区にいる民間人を無差別に殺していいはずはない。

 ユダヤ人の多くは「ホロコースト」の悪夢が蘇ったのかもしれないが、映像で見る限りイスラエル側からのジェノサイドというべきであろう。だが、世界と隔絶された場所でこのニュースを見る限り、アナウンサーも識者たちのコメントも、ウクライナ戦争が始まった時と比べると、緊張感が欠如していると思わざるを得なかった。

 圧倒的な軍事力をもつイスラエルの勝利は確実で、ハマス側の敗北は目に見えている。イスラエルにはアメリカがついているというより、アメリカの政治経済を握っているのはユダヤ人だから、イスラエルは国土こそ小さいものの、世界の大国だという思い込みもある。

 だが、イスラム教徒は世界中で20億人、ユダヤ教信者は2,000万人といわれている。パレスチナ紛争が拗れれば世界中でイスラエル人への攻撃が始まるかもしれないのだ。すでにその兆しは世界のあちこちで見られ始めている。

 ウクライナ戦争は長期化し、イスラエルと反イスラエル紛争が中東全体に飛び火し、機をうかがっている北朝鮮、台湾侵攻のタイミングをはかっている中国が動けば、第3次世界大戦が始まり、核のボタンを押すバカが出てくるのは時間の問題ではないのか。

自主規制を再考すべき

 そんなことを暇に明かして考えていたが、もはや平和ボケというレベルではなく、現状認識が正しくできない病に罹っているこの国の人間は、恐怖感さえもなくなっていると思わざるを得ない。

 故・立川談志は新聞やテレビを見ると馬鹿になると喝破した。ガザの悲惨な状況を伝えた後、大谷翔平のドラフトの話、役所に不満をもった人間が車で突っ込んだ話へと、次々に断片情報が脈絡なく流されれば、何が重要なニュースなのかを考える暇などなく、情報洪水のなかで溺れていくのは必定である。

 この国の民はどんな悲惨な過去も教訓とすることなく、同じ過ちを何度も繰り返すのはなぜか?戦争、原爆による被曝、阪神淡路や東日本大震災、原発事故さえもすでに風化していっている。

 その理由の1つは、メディアの自主規制があると私は考えている。11年3月11日、大地震で起きた大津波が、東北の街を押し流していく映像は何度も流された。

 しかし、建物や田畑が流されているシーンは繰り返されたが、そこにいるはずの人間の姿が映されたのはごくわずかだった。津波が退いた後、無惨に破壊された街や村、建物の映像は何度も見たが、そこにあるはずの遺体を映した映像は放送されなかった。

 この国のメディアが「遺体」の写真や動画を放送するのを自主規制しているからである。当然ながら、何でもいいから報道しろというのではない。だが、真実を報道し、二度とこうした悲劇を起こしてはならないと知らしめる、人々の記憶に残すためには必要な時もあるはずだ。

 もし、今回のイスラエルによるガザ住民のジェノサイドを報道する際に、子どもの遺体が写り込んでいたとしたら、大谷の移籍問題がワイドショーの主要テーマにはならなかったことは間違いない。

(つづく)


<プロフィール>
元木 昌彦
(もとき・まさひこ)
1945年生まれ。早稲田大学商学部卒。70年に講談社に入社。講談社で『フライデー』『週刊現代』『ウェブ現代』の編集長を歴任。2006年に退社後、市民メディア「オーマイニュース」に編集長・社長として携わるほか、上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。現在は(一社)日本インターネット報道協会代表理事。著書多数。主な著書に『編集者の学校』(講談社)、『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)、『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。

(中)

関連キーワード

関連記事