2024年04月15日( 月 )

身近なところから現状を再認識せよ 24年、日本はますます置いていかれる(中)

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『週刊現代』元編集長
元木 昌彦 氏

 世界中を襲う急激な気候変動と、ウクライナ戦争からイスラエルとハマスの戦争は、第3次世界大戦勃発間近を思わせる。もはや平和ボケなどというレベルではなく、現状認識さえできなくなってしまったこの国の民は、これから10年か20年のうちに滅びるのではないか。私はそんな危機感さえ抱くのである。文中敬称略。

 イスラエル軍の無差別殺戮に晒され、多くの犠牲者が出ながらも、ガザ北部の住民たちはなぜ南部へ逃げないのか?私は2カ月の入院生活のなかで、その理由がわかった気がした。

 『ガザの美容室』という映画がある。ガザにある美容院を舞台に、そこに集う女性たちのたわいもないおしゃべりや愚痴を映しているだけだが、外には砲弾が行き交い、サイレンが鳴り響いている。彼女たちは怯えているが、ガザから逃げようとはしない。彼らにとってはそれが日常であり、そこには魂の自由があるからであろう。

 砲撃に身内や友人たちを殺されても、ガザの住民の多くが逃げないのは、そこには生活があり、死をも自分で選ぶ自由があるからではないか。

 惰眠を貪る自由だけは山ほどある日本人だが、今世界で起きている深刻な事態を考えることはほとんどない。能天気といってしまえばそれまでだが、気づいたときは手遅れになっているに違いない。

進む自然環境の激変

地球温暖化 イメージ    私が見たテレビのなかで、唯一、衝撃を受けたのはNHKが23年11月27日に放送したクローズアップ現代『桑子が見た“気候変動”の現場』だった。国連は、地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代に入ったと警告している。

 干ばつ、水不足、洪水、猛暑、山火事など、世界中で人類の生存を脅かす脅威が迫っているのである。桑子はヨーロッパやアフリカへ飛ぶ。セネガル北部にある人口900人ほどの村、ダガでは雨が少なくなり、大地の砂漠化が急速に進んでいる。

 インゲン豆や落花生を栽培して生計を立ててきたが、砂漠化が進み作物がほとんど育たなくなってしまったという。セネガル全体でも、この70年で降水量が30%以上減り、6割以上が砂漠化してしまった。セネガルの多くの住民たちが故郷を捨て、すし詰めの小さな船でスペインへ逃げ出している現状をルポしていた。「気候難民」という新たな難民が増え続けていて、50年までに2億人が気候難民になるといわれているようだ。

 また、水をめぐる「紛争」も世界各地で増えてきている。フランスは30年までに地域によっては2割以上の地下水が失われるという予測を出しているという。何しろ人間が使える水は地球上全体の水のうち0.01%しかないという研究もあるのだから、水と安全だけはタダなどといわれてきたこの国が、ターゲットになることは十分にあり得る。昨年、この国は異常な猛暑に見舞われたが、すでに数年前から春と秋が失われている。後何年かすると「常夏」日本といわれるようになるだろう。

 私はサンマやイワシ、イカ、タコが好きだ。とくにサンマはシーズンになると週のうち2、3回は食卓に上っていた。だが、一昨年は1回、昨年は2回しか口に入らなかった。デパートで買ったサンマは1匹1,000円近かった。イワシもとんと見かけなくなってしまった。脂の乗ったイワシの丸焼きほど美味いものはないのに。イカも品薄が続き、糸切れのような小ぶりのものが2,000円近くする。

 我々の子どものころ、数の子は庶民の食い物だったが、このままいけば同じようになる。鮭で有名な新潟県村上市で鮭が獲れなくなり、寒鰤で有名な能登で鰤が獲れず、北海道で豊漁だという。

身近なことから世界を見る

 病院生活で学んだことは、身近なことから考えろということである。何を今さらといわれるだろう。しかし、戦争も気候温暖化も、今の日本人は対岸の火事ほどにも考えていないのではないか。ミソもクソも一緒くたにした情報洪水が目の前を流れ過ぎていくだけの毎日。思考停止したままの状態が何十年と続いたため、大宅壮一の予言通り、一億総白痴化していると思わざるを得ない。

 前置きが長くなったが、本題の今年の予測へ移ろう。「昨年今年貫く棒の如し」。年が改まったからといって、どん底まで落ちた自民党政権が変わるわけでもなければ、国民の血税を徒に注ぎ込み続ける関西万博やカジノ建設が中止になることもないだろう。

 戦後とともに生きてきた私は、政治があれこれ話題に上り批判されるときは、いい時代ではないことを知っている。国民の生活がうまく回っているときは、政治は表に顔を出さない。議論はあろうが、多くの国民から疎まれた岸信介の後、池田勇人内閣から第一次田中角栄内閣あたりまでは経済成長もあり、産業界が時代をリードして政治がそれを支えるという構図だった。

(つづく)


<プロフィール>
元木 昌彦
(もとき・まさひこ)
『週刊現代』元編集長 元木 昌彦 氏1945年生まれ。早稲田大学商学部卒。70年に講談社に入社。講談社で『フライデー』『週刊現代』『ウェブ現代』の編集長を歴任。2006年に退社後、市民メディア「オーマイニュース」に編集長・社長として携わるほか、上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。現在は(一社)日本インターネット報道協会代表理事。著書多数。主な著書に『編集者の学校』(講談社)、『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)、『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。

 

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