EC取引拡大で変わる消費者像と法規制の現在地 消費者法抜本改正、アテンション・エコノミーも射程に
デジタル技術の進展を背景に、インターネット通販やオンラインプラットフォームでは、生成AIを活用した画像・メルマガの作成、新たな広告手法などさまざまな取り組みが始まっている。その一方で、消費者を騙す悪質な手法・商法も多様化しており、消費者行政を司る消費者庁は、消費者法制度の抜本的な見直しに入る構えだ。法規制の現在地をレポートする。
なりすまし詐欺など新たな手口も
電子商取引(EC)市場は拡大を続けている。経済産業省の調査によると、事業者・消費者間(BtoC)取引のEC市場規模は2023年に24兆8,435億円となり、過去10年間で約2倍に増加。フリーマーケットやオークションなどの個人間(CtoC)取引も増加傾向にあり、2兆4,817億円に達した。
EC市場の拡大にともなって、消費者トラブルの発生も高水準で推移している。2025年版消費者白書によると、24年に寄せられた消費者相談の総数は例年並みの約90万件に上った。そのうち、SNS上の広告をきっかけに被害に遭うといったSNS関連の相談件数が約8万6,000件。定期購入に関する相談件数も約9万件を数えた。
最近では、ネット通販の注文ページで、あらかじめ「定期コース」にチェックが入れられていることに消費者が気づかずトラブルになるケースが目立つ。また、生成AIの普及を背景に、フェイク画像を作成し、著名人になりすました投資詐欺などの新たな手口も登場している。
現行法では対応が困難に
デジタル取引の多様化・複雑化にともなって、消費者トラブルが多発し、新たな悪質商法が登場。これを受けて、消費者庁は消費者契約法や特定商取引法を中心とする消費者法制度の抜本的な見直しを進めようとしている。従来の法改正と比べて、今回はとくにハードルが高い作業となりそうだ。
近年のデジタル取引を見ると、事業者と消費者の関係は、従来の“お店”と“お客”という単純な構図ではなく、両社の間に「Yahoo!ショッピング」「楽天市場」といったオンラインプラットフォーム事業者が入ることもある。フリマサイトやオークションサイトで見られるように、消費者が販売者となる取引も一般化してきた。また、IT技術やAI技術の進展により、ネット利用者の行動履歴や関心事項に基づいて、個々の利用者に最適化した「パーソナライズド広告」が可能となった。「ダークパターン」と呼ばれる消費者を騙したり、惑わしたりする手法も横行している。
デジタル取引をめぐる消費者トラブルには、現行の法令で取り締まることが可能なケースもある。一方、リアル店舗での商品購入に適用される従来の規制がおよばないケースも多い。特商法や消費者契約法の対象にトラブルが増えた取引類型を追加するという、つぎはぎ的な見直しは限界にきている。このため、小手先の法改正は意味をもたず、デジタル取引全般を網羅できるような対策が求められている。
保護すべき消費者像 EC拡大で大転換

(2023年12月27日、筆者撮影)
インターネット上のトラブル防止に向けて、消費者庁は消費者法制度の抜本的な見直しを予定している。そのベースとなるのが、消費者委員会の「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会」が6月13日に取りまとめた報告書と、消費者庁の「デジタル社会における消費取引研究会」が6月19日に公表した報告書だ。
パラダイムシフト専門調査会による検討は、23年11月に首相(当時は岸田首相)から諮問され、今年6月まで行われた。報告書は、従来の消費者法制度による消費者保護の考え方を大きく転換することを提言。消費者法制度によって保護すべき消費者像、法制度の対象とする「消費者」「取引」の捉え方、行政規制の在り方について、再構築を求めたことがポイントとなっている。
従来の消費者法制度は、消費者・事業者間の情報格差や交渉力格差を埋めれば、消費者は事業者と対等に話し合えるという考え方を基本に置いていた。しかし、デジタル化の進展と技術革新により、消費者が気づかないうちに事業者に有利な取引へ誘導されたり、偽・誤情報を見抜けなかったりする状況が生まれた。消費者と事業者が持つ情報の非対称性は広がり、もはや、「強い個人による自由な意思決定」という法制度の目標は“フィクション”となりつつある。
無償サービスも「取引」に
そうした現状を踏まえ、パラダイムシフト専門調査会の報告書は、保護すべき消費者像の捉え方を転換し、「消費者は誰もが脆弱性をもつ」ことを法制度の土台に置く必要があるとしている。
消費者法制度が対象とする「取引」の捉え方も、抜本的に見直すよう提言した。AI技術の活用などによって、サイトの閲覧者やSNSの利用者の個人データをプロファイリング(収集・分析)することが容易となった。これに基づいて、それぞれの利用者が関心を示すコンテンツや購入しそうな商品を推奨(レコメンデーション)したり、1人ひとりの嗜好に合わせて広告(ターゲティング広告)したりする動きが強まっている。
レコメンデーションやターゲティング広告の“原材料”となる個人データをいかに多く収集するのかが、ネットビジネスで重視される傾向にある。消費者が提供する自分自身の関心事項や消費時間は、ネット上に溢れ返る情報量に対して希少なため、経済的価値があるものとして取引されるようになった。これをアテンション・エコノミーと呼ぶ。たとえば、動画配信サイトやSNSのプラットフォームでは、来訪者にできるだけ多くの時間を費やしてもらおうと、サイト運営者がさまざまなサービスを提供したり、投稿者がコンテンツを更新したりしている。
報告書は、アテンション・エコノミーも射程に入れ、消費者法制度を見直すよう提言した。たとえば、無償で付与されるポイントも、消費者が自分自身の関心事項や時間を提供して獲得することから、広い意味で「有償」と捉えることが可能と指摘。これまでネット上の無償のサービスは、法制度の対象である「消費者取引」とみなされなかったが、取引の有償・無償にかかわらず、消費者が安心してサービスを利用できる環境を整備するよう求めている。
また、消費者法制度が対象とする「消費者」については、これまで事業者に金銭を支払う人と位置づけてきた。しかし、日常生活のなかで動画サイトを閲覧したり、SNSにアクセスしたりするなど、自分自身の関心事項や時間を費やす人も「消費者」に加えるべきとしている。
行政規制に抽象的規範
パラダイムシフト専門調査会の報告書は、法規制の在り方にも踏み込んだ。民事ルールについては、消費者契約法を土台から見直すことが必要としている。法の目的に「消費者の脆弱性」への対策を追加し、事業者が「消費者の脆弱性」を利用することを防ぐ規定を新たに設けることが重要と提言した。
行政規制については、法制度でカバーできない部分を可能な限り狭めるために、抽象的なルールを定めて、下位規範で細則を規定することが有効としている。下位規範として、政令やガイドライン、自主規制といったソフトローを挙げた。
取材に対し、消費者庁では「報告書を踏まえて(具体策を)検討することになるが、開始時期や体制(検討する場)などは決まっていない」(消費者制度課)と説明している。
現行法を補完する仕組み
もう一方の「デジタル社会における消費取引研究会」は昨年6月に発足し、1年をかけて議論を重ねた。6月19日に公表された報告書は、今後のデジタル取引対策の考え方や方向性を示している。
新たなデジタル技術・手法が次々と登場することから、特商法が適用される取引類型を拡大するという、これまで行ってきた後追い的な対応には限界があると指摘。研究会の主な意見として、現行の法規制を補完する仕組みの導入などを挙げた。不公正な取引方法に対する一般原則による規制を導入し、下位法令で詳細な執行ルールを示すことを想定している。
消費者庁によると、「特商法の7つの取引類型に8つ目を設けるという議論や、(取引類型の1つである)『通信販売』を拡大するという議論ではなかった」(取引対策課)という。現時点では未定だが、報告書に沿って、今後の検討作業で特商法に一般原則を導入するかどうかが、重要なポイントになると考えられる。
政府横断的に取り組む課題も
消費取引研究会でも、無料サービスの扱い方を議論した。報告書には、個人データを対価として提供する場合は、無料サービスも有料サービスと同等に扱うべきという考え方を盛り込んだ。EUの取り組みを参考に、消費者が個人データを提供する取引を「交換」とみなせば、有償の契約として保護対象に含めることができるという考え方も示した。
また、「消費者の脆弱性」をデジタル技術によってつくり出して利用する事業者、SNSを利用して悪質な勧誘を行う事業者に対しては、対策を検討する必要があるとしている。具体策として、パーソナライズド広告を配信する場合は消費者へ事前に通知することや、契約を更新する場合は消費者へ通知することなどを挙げた。
これらの提言は、前述したパラダイムシフト専門調査会の報告書と足並みをそろえたかたちとなった。

(2025年6月19日、筆者撮影)
報告書が公表された6月19日、消費者庁の新井ゆたか長官は記者会見で、報告書を受けて、具体的な検討に移る方針を示した。「政府横断的に取り組まなければならない課題もあり、整理しながら進めていく」と述べた。
“隠れB”対応も課題
公正なデジタル取引の実現に向けて、オンラインプラットフォーム事業者への対応も避けて通れない。BtoC取引のECモール、CtoC取引のフリマサイトやオークションサイトでは、出店者・出品者と購入者との間でトラブルが見られる。これらを運営する事業者は“場貸し”の立場だが、不公正な取引の排除に積極的に関与する姿勢が求められている。
BtoC取引を行うECモール事業者などに対しては、取引デジタルプラットフォーム消費者保護法によって、消費者が出店者に連絡を取れる措置などについて努力義務を課している。同法は特商法を補完する位置づけとなる。同法の施行から3年が経過するが、これまでのところ一定の効果が見られている。
一方、フリマサイトやオークションサイトでは、いわゆる“隠れB”が出品し、転売を繰り返す行為が問題視されている。“隠れB”とは、消費者を装って、フリマサイトなどへ出品する販売事業者のこと。消費者を装えば、特商法の規制を逃れることが可能となり、税制面でも有利となる。
消費者庁が実施した実態把握調査によると、フリマサイトの出品者の68%が“隠れB”に該当すると推定され、オークションサイトでも67%を占め、購入型クラウドファンディングでは約5割に上るとみられる。
調査結果を踏まえ、消費者庁は6月17日、同法に基づくガイドラインの改正案を公表した。改正案は、「適切に『販売業者等』該当性を判断」することの重要性を示すとともに、CtoCサイト運営者に対し、ユーザーからの問い合わせへの対応や取引の監視を促している。消費者庁は今後の対応について、「サイト運営者に『特定商取引法上の表記』をしっかりとやってもらう。BtoC取引には特商法など消費者法制度のルールが適用される」(取引デジタルプラットフォーム消費者保護室)と説明する。
デジタル化の進展を背景に、消費者法制度が大きく変わろうとしている。これを補完する意味でも、通販業界・IT業界の各団体や関係各社には、トラブル防止に向けて、従来よりも一層、自主的な取り組みが求められそうだ。
【木村祐作】