2024年05月18日( 土 )

古民家の活用で切り拓く農山村のインバウンド需要(前)

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プロジェクトマネージャー
(株)Cosmo Link 代表取締役
 中村 ニック 昇 氏

古民家 イメージ

 人口減少と少子高齢化が進む日本、とくに地方の農山村地域の過疎化と衰退は深刻だ。だが農山村地域にこそ日本のこれからのインバウンドを担う財産が眠っている。過疎、仕事の減少、空き家といった問題を解決する切り札となる古民家の活用について、世界でプロジェクトマネージャーとして活躍する中村・ニック・昇氏に、話をうかがった。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役会長 児玉 直)

日本の財産 古民家の魅力

プロジェクトマネージャー (株)Cosmo Link代表取締役 中村 ニック 昇 氏
プロジェクトマネージャー
(株)Cosmo Link代表取締役
 中村 ニック 昇 氏

    ──今、日本の古民家に注目すべき理由は何でしょうか。

 中村ニック昇氏(以下、中村) 初めて日本を訪れる外国人観光客の多くは、東京や京都、鎌倉、北海道などを目的地にします。それらの場所にも面白いところはありますが、日本にすでに何回も来た人や、とくに欧米の知的な好奇心にあふれた富裕層の旅行者は満足していません。彼らの興味を満たすものはむしろ田舎にあります。日本の田舎にある伝統的な家屋での滞在体験です。それを可能にするのが古民家です。

 ──古民家のどのようなところが魅力的なのですか?

 中村 日本の古民家の第一の魅力は、大きな自然の木をそのまま使った骨組みです。柱、梁、棟木などの構造によって建物を支えた建築は、現代の住宅工法や、西洋の伝統的な石づくりの建築とまったく異なる、日本の伝統建築の魅力がつまっています。その古民家のなかで、畳や床の間、日本の家具・調度品に囲まれて生活することで、住空間として古民家に一体化された日本人の伝統的な生活様式を体験することができます。

 ──どのような経緯で古民家のすばらしさに気づかれたのですか。

 中村 私は2022年から古民家を活用して日本の地方の活性化につなげることも目的としたプロジェクトを始めました。もともとは地方自治体から依頼を受けたのですが、田舎の農山村地域を自分の足で訪れて勉強していくなかで、外国人の目には魅力的に見える古民家が利用されないまま、あるいはその価値に気づかれないまま各地に存在していることに気づき、プロジェクトを思い立ちました。

 ──日本人自身が古民家の価値に気づいていないとはどういうことでしょう。

 中村 地方に行くと、土地の人も行政の担当者も含めて、皆さん「田舎には何もない」と口をそろえて言います。しかし、実際には日本の都会ではほとんど失われた伝統的な古い家屋が田舎にはまだ残っています。

 ところが、古民家の持ち主も、その土地の人もその価値に気づかずに、解体して処分するにもお金がかかると言って、途方に暮れるだけです。多くの日本人は古民家の価値に気づいておらず、むしろ外国人の方がインターネットやYouTubeなどを通して気づいています。

 とくに古民家を喜ぶのは、長期滞在文化がある欧米を中心とする外国人の知的な富裕層です。空き家にものすごく興味をもって、地方の田舎に行って、古民家を滞在型ホテルやリトリート(非日常的な場所での静養など)の場として利用しようという外国人が、次々に出てきています。

日本の地方と空き家問題

 ──古民家の活用が日本の活性化のカギになるのでしょうか。

 中村 日本はますます人口減少、少子高齢化が進みます。それは地方が中心で、とくに山間部の農山村は深刻です。人が減れば仕事もなくなり、仕事がなければ若い人はたとえ田舎に残りたくても、やむなく田舎を出ていくという悪循環になります。その結果、地方を中心に空き家が増え続けています。日本の空き家は、この20年近くで約2倍となり現在は820万戸ほどあります。

 その一方で、地方では高齢者が増えていますが、今の高齢者はそこそこ元気で何もできないわけではありません。シルバー人材として地域から委託されて、草刈りや木の剪定などをすることがあります。彼らの多くは年金生活者で、少ない年金だけでは必ずしも生活費は足りていません。そのようなところに、高齢者たちの知恵を生かすことができる仕事があれば、田舎にいる高齢者を適材適所の労働力として生かすことができ、彼らの生活の足しになり、経済の活性化にもなります。

 その仕事として、古民家の維持管理はうってつけだと思います。地方にはまだ日本建築が得意な業者が残っており、昔の大工仕事ができます。古民家の再生の仕事は、まだ残されている古い技術に対して需要が生まれることになり、技術の継承も可能になります。

期滞在型施設として古民家と田舎は最適

 ──欧米人などに滞在してもらうにはどのような施設にすべきでしょうか?

 中村 欧米人は滞在型の休暇の過ごし方を好みます。少なくとも1週間~2週間、あるいは1カ月。のんびりと時間をかけて休暇をとる、そのような滞在ができる場所に価値があるわけです。

古民家 イメージ    日本の田舎は外国人の興味の対象となっていますが、現状として適切な宿泊施設がないために通過型の観光地となっています。これを長期滞在型の宿泊に耐える魅力的なものを用意する必要があります。その価値をもつものが古民家なのです。東京や京都の高級ホテルでは飽き足りない欧米などの知的階級の人々が、長期滞在の対象として選ぶのが古民家であり、そこには彼らを満足させるものがあります。

 ──長期滞在してもらうとなると地域経済におよぼす影響も変わりますね。

 中村 短期滞在の場合、経済的な恩恵を受けるのは、宿泊施設と土産物屋などの観光用の施設が主になります。ところが長期滞在を好む欧米の富裕層は、滞在先ののんびりとした環境のなかで、自然豊かな場所を散策したり、料理や農業などさまざまな体験をしたり、地元の人などと交流して、土地のさまざまな文化・祭りに触れたりするなど、地域との広い交流を求めます。長期間滞在すれば、それだけ滞在者は地域にかかわることが可能になりますから、経済的な恩恵を受ける裾野が広がります。

 ──そのような滞在スタイルは日本人も興味をもちそうですね。

 中村 欧米人の知的興味を満足させるような滞在型施設として古民家が認知されれば、それは国内の需要の掘り起こしにもつながると考えます。今はインターネット環境さえ整えばどこででも仕事ができる時代です。都会で年中仕事をするのではなく、1年のうち1月は休暇もかねて田舎で仕事をするとか、あるいは1カ月のうち数日間は田舎の古民家に泊まって仕事をするなど、すでにそのようなライフスタイルを始めている人もいますが、欧米人の需要にも応えることによって、施設の広がりとさらなる市場の拡大を期待することができます。

(つづく)

【文・構成:寺村 朋輝】


<プロフィール>
中村 ニック 昇
(なかむら・にっく・のぼる)
(株)Cosmo Link代表取締役。米国建築士学会フェロー(FAIA)。1973~98年、米大手総合建設業のベクテルに勤務。サウジアラビアのジュバイル工業都市やアイオワ州とミシガン州の原子力発電所、東京国際空港(羽田空港)、98年の長野冬季オリンピックなどのプロジェクトに携わった。98年に独立。汐留シティセンターや東京ミッドタウン、中国の連雲港市マスタープランなどのほか、工業団地やデータセンター、コンドミニアム、複合施設などさまざまな国際プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務めてきた。

(後)

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