2022年01月22日( 土 )
by データ・マックス

TPPは協定の名を借りたアメリカの国家侵略!(中)

立教大学 経済学部 教授 郭 洋春 氏

投資家(企業)が相手の国家を訴える

 ――米韓FTAが施行(12年3月)から3年以上が経ちました。その間どんな問題が起こっていますか。

立教大学 経済学部 教授 郭 洋春 氏<

立教大学 経済学部 教授 郭 洋春 氏

 郭 米韓FTAが発効されてからの韓国社会では、この3年間に大きなものだけでも、多国籍法律事務所「マクダーモット・ウィル・アンド・エメリー」ソウル事務所開設、米国商務省が三星電子・LG電子の冷蔵庫に反ダンピング関税を賦課、マイクロソフト社が国防部に賠償請求、BSEが発生後も充分な調査ができず輸入継続、中小企業IT産業育成政策にブレーキ、韓国版エコカー減税制度が2年間延期、15年からコメ市場開放決定など、約15件の出来事が起きています。一言で言うと、締結前には「まったく予想できなかった」ことが次々と起きています。
 米韓FTAもTPPも「農業関税」にスポットを当てて議論されることが多いのですが、この約15件のうち、「農業関税」関連は1件だけです。それよりも、非関税分野で、消費者である国民に不利益を与えるような事例が現実に多々起きています。
 日本でも悪名高い「ISDS条項」第1号は、締結後わずか8カ月で発動されています。アメリカ系私募ファンドが、韓国政府を訴えました。理由は2つあり、1つ目は「07年に買収した韓国外換銀行を経営立て直し後に売却しようとしたが、韓国の金融委員会が売却の承認(露骨な売却益だけを狙った商行為だった為)を数年間先送りしたため(12年に銀行売却を承認)外換銀行の価値が下落して、ローンスターが皮算用していた金額が得られなかったので、それを補填しろ」というものです。2つ目は、韓国政府はこの売却益に関して課税をしました。ところが、ロースターは子会社がベルギーにあり、韓国とベルギーはFTAを結んでいるので、「“二重課税防止条約”の原則に基づき支払う必要がない」というものです。調べでは、ベルギーの子会社はペーパーカンパニーで、同社はベルギーでも税金を払っていません。
 訴えを受けた国際投資紛争解決センターで、今年5月に初公判が開かれ審理続行中です。もし韓国政府が敗訴すればこの「天文学的な賠償額」(5兆ウォン、約5,500億円)が国民の血税で賄われることになります。

 ――すごい金額ですね。そもそも「ISDS条項」とはどのようなものですか。
 郭 「ISDS条項(Investor State Dispute Settlement)」はTPPでも入ります。米韓FTAもTPPも国家間の条約にも拘わらず、「投資家(企業)が進出先で不当な扱いを受け、期待した利益が上がらないと判断すれば、相手の国家を訴えることができる」というものです。ちなみに、韓国では「毒素(POISON)条項」と呼ばれています。
 最初に「ISDS条項」が注目されたのは、1994年に締結されたNAFTA(北米自由貿易協定)でアメリカの企業がカナダ政府を訴えたケースです。アメリカの廃棄物処理業者がカナダで処理をした廃棄物(PCB)をアメリカ国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は「環境保護上の理由から」、アメリカへの廃棄物の輸出を一定期間禁止しました。これに対してアメリカの廃棄物処理業者は「ISDS条項」に基づいて、カナダ政府を提訴、その結果、カナダ政府は823万ドル(約10億円)の賠償金を支払わなければならなくなったのです。

TPPでアメリカ企業が加盟国内で好き勝手な振る舞いを

 ――アメリカの企業が「ISDS条項」で訴えた場合は、100%負けがないと聞いています。それは本当ですか。
 郭 それは本当です。UNCTAD(国連貿易開発会議)の調査(11年までの統計)によると、NAFTAでの紛争件数46件のうち、アメリカが訴えられた件数が15件あり、それ以外はアメリカの企業がカナダ、メキシコ政府を訴えています。その結果、アメリカの敗訴はゼロで、逆にアメリカの企業がカナダ、メキシコ両政府を訴えて一部容認か和解を含め賠償金を得た件数は6件あり、請求棄却はたった6件で残りは不明か係争中です。
 現在のISDS条項は、「アメリカ企業の勝手な言い分、横暴がまかり通るための盤石の武器」と化してしまっています。たとえば、先ほどのカナダのPCBのケースですが、現在の社会では環境を破壊する企業活動は禁止されています。その原則に立てば、カナダの行動は正しいと言えます。それにも拘わらず、アメリカの企業は「企業の“自由”な経済活動」の名のもとに、環境破壊・人体に悪影響をおよぼす製品開発・企業活動を他国で行おうとしているわけです。要するに、アメリカの企業に問題があることは明らかです。

 ――ところで、アメリカ企業が「ISDS条項」で訴えた場合は、どうして負けることがないのですか。
 郭 「ISDS条項」には、数々の問題点があるのですが、一番大きな問題点は、訴えを裁く機関が「国際投資紛争解決センター」に限定されており、その議長、仲裁審判員が不公正である危険が高いことです。
 司法主権の原則に立てば、近代国家においては、自国内で起こる紛争は、たとえ外国の企業であろうとなかろうと「その国の裁判所の管轄に従う」ということになっています。しかし、「ISDS条項」の訴えに関しては、その司法権を外部の第三者機関である、国際投資紛争解決センターに奪われてしまいます。
 しかも、この国際投資紛争解決センターは、世界銀行傘下の組織なのです。世界銀行の総裁は、1946年設立時点から一貫してアメリカ人です。また、議決権の割合を決める最大の融資国もアメリカです。さらには、仲裁審判員の最終任命権は、そのアメリカの影響下にある国際投資紛争開発センターの事務総長が持っているのです。要するに、国際投資紛争解決センターは国際機関とは名ばかりで、アメリカの影響力が非常に色濃い組織で、とても中立とは言い難いのです。

 「米韓FTA」に関して言えば、さらにもっと驚くべき「不平等条約」になっています。「ISDS条項」は、韓国国内においては韓国の法律より優先されますが、アメリカ国内ではアメリカの法律が優先されるのです。つまり、アメリカの企業が韓国で起こした紛争は「ISDS条項」に基づいて、国際投資紛争解決センターで審議されます。しかし、韓国の企業がアメリカで起こした紛争は、アメリカの国内法で処理されることになっています。簡単に言いますと、韓国には独自に紛争を判断する司法主権が与えられていないのに、アメリカは司法主権を行使(自国の法律に基づいて韓国企業を処罰)できることになっているのです。

 もともと「ISDS条項」は、新自由主義思想()の産物なのです。アメリカは新自由主義を自国では弱体化させながら、「アメリカの企業には、TPP加盟国内で、好き勝手な振る舞いをさせる」ことを狙っています。ISDS条項の適用範囲はとても広いので、ありとあらゆる分野で、国家が投資家(企業)から国際訴訟の標的にされる可能性が極めて高いと言えます。このような「ISDS条項」の本質的な内容については、日本の国会ではほとんど議論がされていません。
 それと付け加えるならば、この「ISDS条項」は訴えられたら、必ず莫大な訴訟費用がかかり、しかも負けたら、莫大な賠償金を支払わされるので、チリング・エフェクト(萎縮効果)が大きく働きます。いつ発動されるかわからないので、韓国政府は弱腰になり、戦意を失くし、和解に入ってしまいます。あるいは、規制をかけることを諦めてしまうのです。

 韓国政府は、13年2月に「韓国版エコカー減税制度」の2年間延期を公表しました。韓国のエコカー制度は、日本より進んでいます。2,000cc未満の車を買うと300万ウォン(日本円で約30万円、当時)の補助金が出ます。逆に2,000cc以上の車を買うと300万ウォンの課金がされるというものです。この制度を韓国政府は、15年5月から開始しようとしていました。しかし、アメリカ自動車工業会から、「ISDS条項」をちらつかされて、「これはアメリカの自動車産業には不利な制度だ」と言われました。すると、すぐに韓国政府は2年間の延期を決めてしまいました。アメリカは2,000cc以上の車しかつくっていなかったのです。
 しかし、よく考えてください。地球に優しい環境を推進する韓国政府の政策は、まったく間違っていません。これがチリング・エフェクトの恐ろしさです。このような萎縮は今、韓国のあらゆる分野に蔓延しています。

※「新自由主義」思想
創始者は1912年生まれの経済学者であるミルトン・フリードマン。個人の自由や市場原理を再評価し、政府による介入は最低限にすべきだという考え方。 日本では80年代の中曽根康弘政権時代から始まり、小泉純一郎政権による構造改革路線で全盛期を迎える。新自由主義思想には、社会的秩序の維持、倫理観の尊重という概念はない。連想される言葉は、「市場原理主義」、「トリクルダウン理論」、「民営化」、「自己責任」、「規制緩和」などである。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
kaku_pr郭 洋春(カク・ヤンチュン)
1959年7月生まれ、立教大学経済学部教授。専門は、開発経済学、アジア経済論、平和経済学。著書として、『韓国経済の実相─IMF支配と新世界経済秩序』(柘植書房新社)。『アジア経済論』(中央経済社)、『現代アジア経済論』(法律文化社)、『開発経済学―平和のための経済学』(法律文化社)。共著として『移動するアジア』(明石書店)、『環境平和学』(法律文化社)、『グローバリゼ―ションと東アジア資本主義』(日本経済評論社)、その他多数。

 
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