【倒産を追う】さまざまな要因が引き金となった経営破綻~循環取引・架空取引・コロナ禍~

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井上通商(株)

 業歴60年を超え、地場商社として相応の知名度を誇っていた井上通商(株)。コロナ禍の影響を受け、主力部門であるアパレル事業が低迷。さらに社員の架空取引により大口取引先喪失も重なり、2月7日に福岡地裁へ破産手続き開始を申請し、同月14日に同地裁から破産手続き開始決定を受けた。

「衣」「食」「住」で営業基盤確立

井上通商(株)    井上通商(株)は、1961年6月に井上機器(株)として設立されたのが始まり。その後、78年11月に海外取引の拡大を受けて現商号に変更し、貿易事業を中心に展開してきた。

 90年代には貿易振興の功績が認められ、95年10月に九州通産局長より「輸入促進貢献企業」の表彰を受けるなど、安定した成長を遂げていた。また、2009年7月には日本貿易振興機構(JETRO)より、ジェトロ・メンバーズとして20年の在籍を表彰された。13年10月、現代表である井上由郎氏が2代目の代表取締役に就任した。

 15年2月にはEC事業を開始し、アパレル関連商品の取り扱いを本格化。同年9月には日本酒をはじめとする「メイド・イン・ジャパン」製品の輸出に着手し、海外市場への展開を強化した。タイル・石材などの建材の輸入・販売も行っており、16年4月には床用300角タイルリベロの累計出荷数量10万m2を突破するなど実績を積み上げていた。「衣」アパレル、「食」海外営業、「住」建材を三本柱として推し進めつつ、23年1月には関連会社の(株)I.T.ラボを吸収合併し、アパレル事業の強化を進めた。

 同社の主力事業は、東アジア地域(台湾、香港、中国など)から仕入れたカジュアル衣料、雑貨、日用品、食品などの輸入・卸売である。また、「arbol」の屋号で一般消費者向け通信販売も展開し、幅広い顧客層を有していた。ほかにも、東アジア地域との貿易ノウハウを生かした輸入ビジネスのサポートも行い、とくに輸出入業者として、顧客の条件に合った海外企業の選定、各種輸出入手続き、貿易決済業務の代行などに強みをもっていた。

 さらに、日本の「安心」「安全」「おいしい」商品を海外市場に紹介することを目的とし、日本酒、リキュール、食品を中心にメイド・イン・ジャパン商品の海外販売を手がけていた。しかし、24年7月にはタイル・石材の輸入・販売などの建材事業を廃止するなど、収益の柱とはならなかった事業の縮小を余儀なくされた。

売上高急増からの急減

 同社の業績推移を見ると、1998年から2010年ごろにかけては30~40億円台の売上高を維持、2010年代の中ごろは20~30億円台と低迷するものの、利益は確保していた。18年1月期には49億6,464万円に達し、増収増益を続け、20年1月期には売上高123億5,670万円、最終利益として1億5,493万円を計上。21年1月期は売上高112億4,079万円、最終利益として9,568万円を維持した。

 しかし、翌22年1月期には、長引くコロナ禍でアパレルショップが休業を余儀なくされたことなどが大きく響き、売上高は51億6,105万円まで落ち込み、4,367万円の赤字を計上した。その後、売上高は23年1月期には約30億円、24年1月期には約20億円にまで縮小し、最盛期の約6分の1にまで低迷するなど、不自然な増減をみせている。

複数の原因で破綻へ さまざまなトラブル

 井上通商の破綻の背景には、複数の要因が絡んでいる。1つ目は、20年および21年1月期に売上高が急増し直後に急減しているが、その理由として、循環取引を指摘する声が挙がっている。同社は21年11月に負債総額231億円で破産手続き開始を申請したD-LIGHT(株)や婦人服製造会社ほか複数社との間で係争中となっている。循環取引をめぐる内容とみられているが、詳細な構図や額は今後、破産管財人による調査で明らかになるだろう。

 2つ目は、架空取引の発覚と訴訟トラブルだ。23年2月15日、井上通商は(株)UNITED PLUS(以下、UP)およびその代表取締役を相手取り、損害賠償請求訴訟を提起した。この訴訟は同社に勤続中の社員が無断でUPを設立し20年6月、UPが新たな仕入先であると偽って、同社の主要取引先であった豊島(株)と架空取引を成立させた。UP代表者は虚偽の申請書を提出し、同社が認識しないまま「UP→井上通商→豊島」という取引構造を形成した。

 21年3月、同社はUPから衣料品を約4億円で仕入れ、豊島に販売する取引を行った。しかし、豊島が発行した注文書は、実際にはUP代表者が作成した架空のものであり、豊島自体は取引の存在を認識していなかった。結果として、同社は商品が実在しない取引により、UPに対し4億円超の送金を行い、詐欺被害を受けた。同社は勝訴したものの、主力取引先とのトラブルにより、売上の大幅減少に直面し、資金繰りの悪化を招いた。

 3つ目は、新型コロナウイルス感染拡大の影響が挙げられる。コロナ禍によりアパレル業界は大きな打撃を受けた。店舗休業や消費の落ち込みにより、同社の売上も急減。とくに、輸入依存度の高い同社にとって国際物流の混乱は経営の大きな痛手となった。ほかには円安の影響も要因となった。アパレル事業の強化を進めていたが、仕入れコストが高騰。輸入コストの上昇が利益率を圧迫し、採算が取れなくなったことが挙げられる。

社内統治の抜かりが経営の足腰を揺るがす

 それらの複合的な要因により、先述の通り、22年1月期の売上高は51億円と前年の半減に近い水準に低下し、さらに24年1月期には20億円まで減少した。経営の縮小が続くなか、収益の確保が困難となった。最終的に、同社は24年2月7日に福岡地裁へ破産手続き開始を申請し、同月14日に同地裁から破産手続き開始決定を受けた。負債総額は41億7,817万円にのぼった。

 同社は、貿易を基盤とした総合商社として成長を遂げたものの、循環取引の影響とみられる売上の急減と、新型コロナウイルスの影響、架空取引による主要取引先喪失が資金繰りを悪化させ、経営の継続が困難になったことが最大の要因といえる。コロナ禍などの不可抗力による影響もあるとはいえ、リスク管理の甘さが経営を足元から崩壊させコロナ禍の危機的状況を乗り越える力を奪い、経営破綻に至った事例だ。市場環境の変化への適応力や取引先の慎重な選定、そしてコンプライアンス意識や社内統治が企業存続に不可欠であることを改めて浮き彫りにした。

【内山義之】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:井上由郎
所在地:福岡市中央区草香江2-3-32
設 立:1961年6月
資本金:1,000万円
売上高:(24/1)約20億円

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