「心」の雑学(14)心理学とテクノロジーの関係性 〜心は人工的に創出されるのか〜
気持ちを新たに
新年度が始まり1カ月が過ぎたが、いかがお過ごしだろうか。振り返れば、前回の記事も新年最初のタイミングだったので、どうやら同じような冒頭の導入を書いてしまっていたようである。今回はそんな変わり映えのない挨拶から始めさせてもらうのだが、実際のところ、就職や転職でこの4月から新生活がスタートしたという人も少なくないだろう。
かくいう私も、4月から新天地での仕事、生活がスタートした。もともとは心理学を専門としているのだが、縁があり、このたび情報学に関する学部に所属することとなった。今やインターネットであらゆるものがつながるICT、あるいはIoT (Internet of Things)の時代であり、近年は生成AIをはじめとした新たなテクノロジーが社会で隆盛を見せている。
こうした情報学分野やテクノロジーと心理学には一見接点がないようにも思えるが、実は歴史的に深いつながりがあったりする。今回はテクノロジーの観点から、心理学、そして心について掘り下げてみたいと思う。
心理学と電算機の共進化
心理学とテクノロジーの接点を考えるうえでまず欠かせないのが、「チューリングテスト」の発明である。このテストでは、「知性」という観点から機械が人間らしさを有しているかどうかを判断する。チューリングテストは、イギリスの数学者であり計算機科学の先駆者であるアラン・チューリングが、1950年に発表した論文のなかで提起した1。
このテストでは、審査者である人間が、相手の姿が直接は見えない状態で、2人の回答者とテキストでの会話を行う。このとき、回答者の一方は本当の人間であり、もう一方は機械(コンピュータープログラム)となっている。審査者にはどちらの回答者が人間なのかはわからない。審査者は、相手に自由に質問や発言をすることができ、一定時間の会話を通してどちらが人間であるかを特定する。その結果、審査員が相手の正体(人間か機械か)を、偶然の確率よりも高い精度で判別できなければ、その機械は「知的である」とみなされるというものだ。
ここで重要となるのは、チューリングテストが単なる機械の技術的な性能評価を目的としているわけではないことだ。このテストは、人間らしさとは何か、人間の知性とは何かを問う哲学的な挑戦であり、心理学的に捉えれば、人がある存在に対して「人間らしい」と判断する基準を浮き彫りにする実験でもあった。このチューリングテストを取り巻く人間らしさの議論は、心を定義する哲学的な思想として、心理学にも影響を与えることとなる。
さて、一方このころの心理学では、「行動主義」と呼ばれる研究手法、思想が主流となっていた。行動主義をかなり簡潔にいうと、心に関して直接観測ができない内面的な要素を前提とするのではなく、客観的な測定が可能な行動のみを研究対象にすることで、心を検証しようとする考え方である。従って、人に刺激を与えたときにどのような反応が得られるか、といったことがこの研究思想の主点であった。つまり、思考や記憶などの心の内的プロセス、いわゆる認知的な側面は当時の研究の対象ではなかったのである。
チューリングテストの後の1950〜60年代、心理学はそれまでの行動主義から大きく転換し、「認知革命」と呼ばれる大きなパラダイムシフトが起こった。認知革命では、人間の心を情報処理システムとして捉えることで、情報の入力から出力(言語での応答や行動など)までに発生したであろう認知の仕組みや処理プロセスが検討可能となった。こうして、人間の内的メカニズムである思考、記憶、注意、言語処理に焦点を当てる、認知心理学が心理学の新たな分野として発展を見せることになった。
この認知革命には、チューリングテストをはじめとする、計算機科学からの影響が少なからずあった。認知心理学が取り扱った入力情報を処理し、適切な出力を生成するというモデルは、まさしくコンピューターが情報を処理する構造そのものである。たとえば、感覚記憶、短期記憶、長期記憶によって記憶の種類と役割を想定した認知心理学のモデルは、それぞれの記憶をコンピューターにおける入力装置、主記憶装置、補助記憶装置として置き換えることで、検討が可能になった。
その一方で、認知心理学が計算機科学に与えた影響もある。人間が使いやすいコンピューターのインターフェースなどを研究・設計するHCI (Human-Computer Interaction) の分野や、AIのためのディープラーニング技術には、認知心理学や認知科学から得られた知見、モデルが応用されている。このように、心理学とコンピューター等のテクノロジーとの間には、新たな分野の芽吹きに関わる学問的接点があったのである。
AIは心を理解できるのか
その後、現代に至るまでにコンピューターやそれをとりまくテクノロジーは驚くほどの発展を遂げた。いくつかの批判、論点もあるのだが、AIがチューリングテストを突破したと報告する研究も見られるようになってきている2。実際、OpenAI社のChatGPTをはじめとした生成AI、あるいは企業等のチャットボットなどに触れたことのある人であれば、最近のAIでは、ほとんど違和感なく会話が成立することへの実感があることだろう。
さらに今日、AIの進歩において注目されているのが「心の理論」に関する能力の獲得である。心の理論とは、他者の心の状態、とくに他者が自分とは異なる信念や欲求、感情をもっていることを理解する心の機能、能力である。通常、人間は4〜5歳頃にこの能力を発達させ、複雑なコミュニケーションや社会性の能力を獲得していく。近年はチューリングテストだけでなく、こうした心の理論に関するテストなどで、AIの機能や能力が検討され始めている。
そして、ここ数年の研究からAIが心の理論のテストでも良い成績を収めたという報告が上がってきている3。複数のAIを比較し、AIの性能が向上するほど、テストの成績が良くなる傾向も見られた。別の研究からも、初期のころのAIではこの課題の成績が低かったことが指摘されている4。これには近年のAIが実装した、大規模言語モデル(LLM)5という技術革新の影響が大きいと考えられている。とくに重要なのは、テストに用いたAIは、明示的に心の理論を学習させているわけではないのに、高い成績を得られているということだ。つまり、AIに心の理論の機能を意図的に組み込んでいないのに、心の理論のテストで好成績を出せるようになったのである。
こうした研究の結果から、心と呼ばれる複雑な仕組みの芽生えには、言語とそれを扱う能力が重要であったと考えることもできるかもしれない。といっても、AIの躍進は目覚ましいのだが、複雑で文脈依存性の高い状況の理解では、まだ人間の柔軟性にはおよばないという報告もある。また、問題と正解のパターンを学習しているだけで、テストで正解ができることが、心の理論の能力を獲得していることを保証しないという指摘もある。いずれにせよ、引き続きAIの分野で我々を驚かせるような発明、発見があることは想像に難くないだろう。
チューリングテストで問われた「考える機械」という概念から、認知革命による心のメカニズム解明への挑戦、さらに高度な言語理解を備えたAIの開発と、心理学とテクノロジーはある種、ともに発展を遂げてきた。はたしてこの先、AIは人間と同様の「心」を手に入れるのだろうか。あるいはAIに特有の、我々とはまた異なる心のような別の「何か」を獲得するのだろうか。そうした流れの最先端に身を置き、新たな学びをここに報告し、還元していきたいと思う。
1. Turing, A. M. (1950). Computing Machinery and Intelligence. Mind, 59(236), 433–460.
2. Warwick, K., & Shah, H. (2016). Can Machines Think? A Report on Turing Test Experiments at the Royal Society. Journal of Experimental & Theoretical Artificial Intelligence, 28(6), 989–1007.
3. Kosinski, M. (2023). Theory of mind may have spontaneously emerged in large language models. Preprint at https://doi.org/10.48550/arXiv.2302.02083
4. Sap, M., LeBras, R., Fried, D. & Choi, Y. (2022). Neural theory-of-mind? On the limits of social intelligence in large LMs. In Proc. 2022 Conference on Empirical Methods in Natural Language Processing (EMNLP) 3762–3780. (Association for Computational Linguistics, 2022).
5. 膨大なテキストデータ(数十億〜数兆単語規模の文章)をもとに学習し、人間のように言語を理解・生成するAIモデルのこと。OpenAI社が2018年に発表したモデルGPT-1を皮切りに、現在は複数の会社からさらに高度なモデルが登場している。
<プロフィール>
須藤竜之介(すどう・りゅうのすけ)
1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は人間環境大学総合環境学部環境情報学科講師。

月刊まちづくりに記事を書きませんか?
福岡のまちに関すること、再開発に関すること、建設・不動産業界に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。
記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。
企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は1記事1万円程度から。現在、業界に身を置いている方や趣味で再開発に興味がある方なども大歓迎です。
ご応募いただける場合は、こちらまで。その際、あらかじめ執筆した記事を添付いただけるとスムーズです。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。(返信にお時間いただく可能性がございます)