ヨーロッパを総括する(8)世界

福岡大学名誉教授 大嶋仁

 ヨーロッパとは単なるEUではない。音楽、美術、哲学、科学、キリスト教、さらには啓蒙思想まで、多様な要素から成る「文明」としてのヨーロッパが、本来の姿である。しかし、そのヨーロッパはいま、アメリカ依存と自己喪失により、自立性と知性を失いつつある。ロシアとの断絶や、日本を含めた他文明との関係も複雑化するなか、真の復興には古典的精神と哲学への回帰が不可欠だ。ヨーロッパの未来を考えることは、同時に世界の未来を問うことでもある。

(8)世界

コロンブス イメージ    ヨーロッパが「世界」となったのは、コロンブスの新大陸発見があったからで、これをきっかけに、ヨーロッパは「新大陸」を我がものにしようと新天地開拓に乗り出した。

 この新展開は、風力や水力の代わりに「蒸気」力が出現したことで大いに加速した。移動手段としての蒸気船や蒸気機関車、生産手段としての蒸気力による紡織機などの機械の出現。それが「産業革命」を引き起こした。

 産業革命で生産ペースが急激に上がると、原料確保と市場開拓とが必要となる。生産に従事する労働力を集中することも必要になる。その結果、都市化が進み、しまいに思考形態まで変わった。

 産業革命を経験したヨーロッパにとって、植民地は原料提供者となり、生産物の購買者となった。そのために宗主国は搾取システムを整備し、効率よく儲かるシステムを築いた。こうして大資本が形成され、いわゆる「資本主義」の時代となった。

 ヨーロッパが世界を搾取したことは、この文明の醜い面として世界史に残り続ける。一方、産業革命以来「労働者」として機械労働を強いられた貧困層が、やがて団結して「資本家」たちに立ち向かう新事態も生じた。かくして、ヨーロッパ社会には亀裂が生じたのである。

 経済学者のマルクスは、こうした事態が世界的規模で展開されているのを見て、宗主国と植民地の関係を、資本家と労働者の関係と同じだと断じた。これが起爆剤となり、ロシアや中国で社会主義革命が起こったのである。

 さて、産業革命の先陣を切ったイギリスは、アジアやアフリカの各地に触手を伸ばし、そこから巨大な利益を吸い上げて大資本を築いた。これをもって「帝国主義」というのだが、それによって世界を「文明」に導いたわけではないことは、すでに述べた通りだ。

 ところで、ヨーロッパの帝国主義による領土拡張は、ヨーロッパ内部の分裂を引き起こさずにいなかった。資本主義が確立されたヨーロッパでは、それぞれの民族が自己主張をしはじめ、そこから「ナショナリズム」が生まれたのである。

 そうなると、「ヨーロッパ」という共通基盤は脆弱になった。ヨーロッパ諸国民は自分たちのよって立つローマ帝国の遺産を忘れ、それぞれの固有文化にこだわりをもち始めたのである。

 そうなると、互いに敵対して覇権を争うという最悪のパターンとなる。これが高じて、利権争いから戦争となったのだ。19世紀の後半に起こった普仏戦争、その延長線上に起こった第一次世界大戦。いずれもそういう戦争である。

 普仏戦争はヨーロッパでの後進国ドイツが先進国フランスに挑んだ戦争で、これにドイツは勝った。敗れたフランスはそのとき失った領土を奪回すべく、イギリスを巻き込んでドイツに復讐戦を挑み、これが第一次世界大戦となった。

 この大戦の特徴は、当時の科学技術を駆使したところにあった。大量殺戮のために、毒ガス兵器が用いられたのである。近代戦の恐ろしさが浮き彫りにされた。

 この戦争は英仏側の勝利で終わり、ドイツはそれまでにないほどの懲罰を受けた。この厳しい試練からドイツを救うべく登場したのが、悪名高きナチス党である。

 ナチス党の綱領は社会主義とナショナリズムを合体させたもので、ドイツを世界の覇者にすることを目指した。この目標にとって障害となるユダヤ人の絶滅を目指し、党は実際にそれを実践した。

 このユダヤ絶滅作戦の機械的性格を見てわかることは、そこに一定の「論理」があり、その方法が「科学的」だったことだ。そこに、ヨーロッパ文明の暗黒面が見える。

 第二次世界大戦は、このナチズムとそれに準じた日本のような全体主義国家に対する、自由主義を自負する国家との戦いであった。勝ったのは後者で、戦後は自由主義世界の実現を見るはずだった。

 しかし、勝った側には社会主義国のソ連もおり、そこからソ連中心の社会主義陣営と、アメリカ中心の自由主義陣営の2極に世界が分断されることになった。ソ連が崩壊する1991年まで、この2極構造が続いた。

 とはいえ、現在の世界は2極構造から解放されて、多極化に向かっている。ヨーロッパはそのなかで自身の再定義をする必要があるだろう。かつて普遍世界を築いたヨーロッパがその本源に立ち戻れば、世界のさまざまな地域の知性と文化とによい刺激を与え続けることができる。だが、はたして、実際はどうなるか?

 このシリーズのはじめに言ったことだが、ヨーロッパは自分を取り戻さねばならない。古典に返り、哲学の原点に帰ることで、その活力をとりもどす必要がある。でないと、世界にこれまでのような貢献はできない。

 世界を1つにつなぐ価値観がヨーロッパにはある。それは全世界の財産となるものだ。その価値観をヨーロッパが再確認するには、時間がかかるかもしれない。非ヨーロッパ世界の協力が今まで以上に必要となりそうだ。

(了)

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