アビスパ福岡のフィロソフィー 金明輝監督に聞く、地域とともに勝利を目指すチームの未来

アビスパ福岡 金明輝監督
©avispa fukuoka

 アビスパ福岡の監督として2025年からチームを率いる金明輝氏。その視線の先には、勝敗を超えた問いがある──「このクラブは、地域にとってどんな存在であるべきか」。選手育成、組織マネジメント、哲学の浸透、そしてリーダーとしての在り方について、戦うリーダー・金明輝監督に話を聞いた。

インタビュアー:森田みき

監督を引き受けるということ

 ──改めて、アビスパ福岡の監督を引き受けたとき、どんなお気持ちでしたか?

 金明輝氏(以下、金) 覚悟、ですね。正直にいうと「やってやるぞ!」みたいな勢いよりも、「これは背負う仕事だな」という思いの方が強かったです。それは、アビスパ福岡というクラブが、福岡という大きな街の人たちにどれだけ愛されていて、どれだけ期待されているのか、その重さを就任前から感じていたためです。このクラブは、単なるスポーツチームじゃない。地域との関係性とか、選手たちのふるまいがどう見られるかとかまで含めて、『社会の一部』であり、『街の顔』として、背負うものがとても大きいと感じていました。

アビスパ福岡 金明輝監督
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    ──最初にトップチーム(サガン鳥栖)の監督に就かれたときは、どんな日々でしたか?

 金 がむしゃらでした。目の前の試合、目の前のトレーニングがあり、明日のことすら考える余裕なんてありませんでした。とにかく、「どうしたら信頼してもらえるか」だけを考えて、全力でぶつかっていました。

 今になって振り返ると、知らなかったからこそ思い切れたこともたくさんあったと思います。経験や情報があると、逆にブレーキを踏んでしまうことってありますよね。僕にも今はそういう部分が出てきているかもしれない。だからこそ「当時の自分」の感覚を大事にしたいと思っています。今でも、迷ったときは、あのころのように走りながら考える、その感覚を思い出すようにしています。

 ──金監督ご自身に、影響を受けた監督や、理想のリーダー像はありますか?

 金 この監督みたいになりたいと思ったことは、正直一度もありません。もちろん、すばらしい監督はたくさん見てきました。考え方や戦術が魅力的だなと思う人もいます。でも、僕が大切にしているのは、誰かになることじゃなくて、自分自身でいることです。そのクラブ、そのチーム、そのタイミングで、必要とされているリーダーになることのほうが大事だと思っています。

 僕が一番嫌なのは、「偉そうなリーダー」です。トップに立ったら、偉そうにしてもいいと勘違いしている人は少なくないと思います。でも、それをやった瞬間に、選手もスタッフも離れていく。僕はそれを何度も見てきました。だから、自分がトップであっても、できるだけ“普通でいること”を意識しています。特別な存在になるのではなくて、自然体で、チームの空気に溶け込むこと。それが結果的に、チーム全体の緊張をほぐして、力を引き出すことにつながると信じています。

 自分がどうあるべきかは、毎日自分に問い続けています。自分が言った言葉に責任をもてるか。やっていることに嘘がないか。その繰り返しが、信頼を積み上げる唯一の道だと思っています。

組織は信頼して任せると強くなる

アビスパ福岡 金明輝監督
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    ──コーチングスタッフとの関係性について教えてください。

 金 僕はスタッフを”自分の分身”だと思っています。現場を任せるコーチが、僕の考えを理解し、僕がいなくても動ける状態であること、それが理想です。

 たとえば桑原コーチは、僕の監督就任と同時に一緒にやってきた仲間ですが、言わなくても理解してくれるところが多い。お互いの距離感とか、どこまで口を出すべきかとか、そういう呼吸が合っている。練習の設計も、僕は方向性を示すだけで、あとは具体的なメニューを完全に任せることができますし、桑原コーチの指導をピッチ上で見て、「その表現、いいな」と感じることも多いです。

 僕が全部指示してしまったら、スタッフが育たない。逆に、コーチたちが自主的に動いてくれるから、僕も監督として全体に集中できます。任せることで組織が強くなる。それは選手だけでなく、スタッフにもいえることですね。

 ──監督とコーチ、両方を経験したからこそ、いま生きていることはありますか?

 金 あります。僕は一度、町田ゼルビアでヘッドコーチを経験しました。それまではずっと監督という立場で“決断する側”にいましたが、そのときは“支える側”でした。つまり、誰かの考えを汲み取りながら現場を回す、現場で翻訳するという役割でした。その経験をしたことで、スタッフの気持ちがよりリアルにわかるようになりました。「監督にこう言われたとき、現場ではこう思うだろうな」とか、「いまどう伝えれば、たしかに伝わるだろうか」とか。今は“任せる”ときも、丸投げじゃなくて、ちゃんと相手の立場に立って委ねられるようになりました。

 あのときの経験がなかったら、今みたいに“信頼して任せる”ことは、できなかったかもしれません。スタッフには責任もあるけど裁量もある。そのバランスがうまくいくと、チームは一気に強くなります。ゼルビアで感じたことが、アビスパでの組織づくりにすごくいきています。

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フィロソフィーがないとブレる

 ──金監督が考える、アビスパ福岡の“フィロソフィー”とは、どのようなものでしょうか?

 金 まず、“フィロソフィー”があることはとても大事だと思います。どんなに強いチームでも、どれだけ人が集まっても、“軸”がなければ絶対にブレが起きてしまいます。戦術やメンバーは、日によって変わるものです。しかし、クラブのフィロソフィーというべきものは絶対に変えるべきではありません。アビスパ福岡には、そのフィロソフィーがあります。「地域とともにある」とか、「礼節を大事にする」とか、「勝ち負けだけじゃない価値を届けたい」とか。そういう根っこが、このクラブにはちゃんとあります。

 僕が監督に就任して最初にやったのは、スタッフや選手と「自分たちはどういうクラブなのか」を話し合うことでした。フィロソフィーは、トップの人たちだけが知っていればいいわけじゃない。選手もコーチも、それ以外のスタッフも含めて、全員が“同じ方向”を見るために必要なものです。だからミーティングでも、「なんのためにこの仕事をしているのか」「何を大切にするチームなのか」という話をずっとしています。サッカーの話ももちろんしますが、それと同じくらい、“どうあるべきか”の話をしているんです。

 とくにアビスパは福岡の街に生かされているクラブだと思います。行政の支援もあって、スポンサーの方々にも支えられて、学校や地域イベントともつながっている。だから僕らは、ただのサッカーチームじゃなくて、“地域の一部”としての自覚をもたなきゃいけない。それがこのクラブのフィロソフィーだと、僕は思っています。

 うまくいかないときも、そこに立ち返れば、何をすべきかが見えてくるはずです。

選手との信頼関係、“アクション”するチームへ

アビスパ福岡 金明輝監督
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    ──監督として、選手1人ひとりとどう向き合っていますか?

 金 僕は選手と向き合う時、「この選手はいま何を求めているのか」「どう伝えたら心に届くか」を毎日考えています。たとえば、試合でうまくいかなかった選手がいたとき、ただ怒ったりアドバイスしたりするだけでは足りません。本当に響くのは、「この人は自分のことを見てくれている」という安心感だと思います。

 僕が選手に対して一貫して心がけているのは、“同じ目線”で接することです。ベテランでも若手でも、伝える内容は変えない。でも言い方は変えます。その選手の性格やタイミングを考えて、ちゃんと「伝わる言葉」にします。

 ──金監督のサッカーは観ていてワクワクするのですが、アビスパではどのようなサッカーを目指していますか?

 金 前監督の長谷部さんが5年間で築き上げたチームのベースは、すばらしいものだと思っています。さらに僕は、攻守にわたって「自分たちからアクションを起こす」サッカーをやりたい。ボールを奪う、運ぶ、仕掛ける、そのすべてを“受け身”ではなく“能動的”にやる。選手には「サンドバックにならず、前に出よう」と言っています。

 もちろん簡単ではありません。今までの成功体験がある分、変えることへの抵抗もあるし、選手のタイプも多様です。だからこそ、「変えること」ではなく「進化すること」と伝えています。前任者へのリスペクトを忘れずに、でも自分の色も加えていく。それが僕のスタンスです。

地域の文化になる“クラブの責任”

 ──クラブとしての地域との関係性について、どう思いますか?

 金 福岡という街は、本当に懐が深くて、あたたかいです。僕もこちらにきてから、たくさんの人に声をかけてもらって、応援してもらって、「アビスパの監督なんですね」って言ってもらえます。その一言がどれだけ励みになるか。だから、責任も感じますよ。

 選手には「街で堂々と歩ける存在であれ」と伝えています。勝っても負けても、最後まで戦う姿勢を見せること。それが地域の人たちに勇気を与えるし、応援し続けてもらえる理由になる。プロってそういう存在だと思います。僕たちが背負っているのは、ただの勝敗じゃない。街の空気とか、誇りとか、希望とか。それをちゃんと意識して、毎日ピッチに立っていきたいですね。

アビスパ福岡 金明輝監督
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    ──金監督は「サッカーを文化にする」と繰り返し語られていますね。

 金 僕は本気でそう思っています。アビスパ福岡が、この街にとって「当たり前にある存在」にならなきゃいけないと。「今日スタジアム行く?」じゃなくて、今日はアビスパがある日だから行くのが自然と考えるような存在にならないと、本当の意味での“文化”にはなっていません。

 そのためには、勝つだけじゃだめです。選手たちの姿勢、人としての振る舞い、クラブ全体の雰囲気、それらが積み重なってこそ、「このクラブに関わっていて気持ちいい」と思ってもらえる空気が生まれます。文化は勝ち負けじゃつくれません。信頼でしか育たない。だからこそ、日々の行動が問われます。そこは僕自身も、すごく自分に厳しくしています。

組織の未来、信頼が回るチームに

 ──アビスパ福岡を、今後どんなチームにしていきたいですか?

 金 お互いの間に信頼が回るチームにしたいです。監督だけが偉くて、スタッフは従って、選手はやらされる──そういう構図ではなく、全員が自分の仕事に誇りを持つ組織です。スタッフ同士も、お互いをちゃんと見て、認め合って、「あいつに任せて大丈夫」と思える。選手同士も、プレーだけじゃなく生活や振る舞いでも、「あいつすごいな」って自然にお互いを尊敬し合えるような組織にしたいと考えています。そういう信頼が自然に回っていくチームは、絶対に強くなるし、崩れません。

アビスパ福岡 金明輝監督
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    ──最後に、金監督ご自身が今、感じていることを教えてください。

 金 僕はこのクラブに出会えて、本当に感謝しています。もう一度、監督という仕事を任せてもらって、この街で新しい挑戦をさせてもらっている。だからこそ、絶対に後悔しないように、今やれることを全部やりきりたい。そして、選手にもスタッフにも、「アビスパ福岡にいられてよかった」と心から思ってもらえるようなクラブにしたいです。その先にきっと、勝利も、文化も、街の誇りもついてくると思っています。

【森田みき】

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