1.自民党へ鉄杭が打たれる
保守系政治評論家たちに共通する行動パターンは、「安倍政権」への回顧的称賛である。しかしながら、この褒めちぎられる「安倍政権」に蓄積された負の遺産——国民の不満と不信——こそが、今回の選挙敗北を招いた根本的要因なのである。
第一に、国民の大半は実質所得の減少により、将来への不安と生活の厳しさを抱え続けてきた。安倍自民党一極集中体制の下で、自民党議員たちは権力に弛緩し、本性を露呈した。国や地方の公的機関は市民への尊厳を忘却し、搾取対象として見なすようになった。その結果、自民党組織全体が「金、金」の亡者へと堕落したのである。
昨年の衆議院選挙で敗北したにもかかわらず、根本的な組織変革を怠り、「国民の怒りはいずれ収まるであろう」と高を括っていた。ところが、「馬鹿にされてたまるか」という国民の怒りがついに爆発した。戦後の選挙史上、国民がこれほど厳しい選択を下したのは初めてのことである。
今回の選挙結果の背景には、地殻変動的な政治的変化が進行していた。投票者の大半は「既成政治家には託せない」と三行半を突きつけ、同時に「私が立つ」と決意した30~40代の女性たちが相次いで立候補した。その結果、かなりの数の女性議員が誕生することとなった。
たとえば福岡県区では、「普通の母親」である中田優子氏が参政党から初出馬し、3人定員枠において堂々2位で当選をはたした。トップ当選者は自民党参議院議員団のボス格である松山政司氏であったが、中田氏は約3万8,000票差まで詰め寄った。関係者は「あと1週間あれば必ず肉薄していた」と惜しんでいる。
ここで強く警告したい。自民党の国会議員、県議、市議、町議の皆さん、国民を蔑ろにして「金の亡者」に転落する危険性に気づくべきである。2025年7月20日の参議院選挙において、日本国民、とくに女性諸氏は完全に覚醒した。「無能な政治家は追放し、私が代わって立つ」という闘志を燃やす人々が続々と輩出されている。自民党議員諸氏よ、貴方の代替となる人材は無限に存在することを警戒せねばならない。
総括として、既存政党の淘汰の動きが明確となった。2019年参議院選挙と今回の得票率推移を比較すると、自民党は35.3%から21.6%、公明党は13%から8.8%、立憲民主党は15.8%から12.4%、日本共産党は8.9%から4.8%(半減近く)と軒並み減少している。時代の変遷に対応できない政党は淘汰される宿命にあるのかもしれない。
2.立憲民主党が最大の敗北者
立憲民主党は本当に競り合いに弱くなった。下馬評では「自民党・公明党合わせて35議席前後」とささやかれていたが、粘りに粘って47議席まで取り戻した。この最大の要因は、立憲民主党の粘りが払底してしまったことにある。要するに、ファンやシンパ層が消滅してしまったのである。
立憲民主党の場合、2019年参議院選挙での投票率15.8%が今回12.4%と3.4ポイント減少した。これでは全国比例区においても議席増を達成することは不可能である。
ある立憲民主党の若手国会議員は嘆く。「他党と比較しても、我が党の立て直しが最も困難である。非常に時代に乗り遅れている」。しかし同氏は続ける。「愚痴だけでは始まらない。根本的解決策は中央指導部の若返りである。3期、4期の衆議院議員のなかにも優秀な同志が存在する。古参の大幹部が指導層から身を引き、40代から50代の指導力ある逸材に党運営を託せば、必ず党の再組織は可能であり、躍進の道が切り開かれるはず」。
福岡県区で立憲民主党は惨敗した。当社では「野田国義参議院議員では負ける」と予測記事を掲載してきた。「3期はなし」という建前をめぐって「前例あり」「前例なし」と議論が交わされたが、まったく本題から外れている。野田氏が立候補者として相応しいかどうかを論ずることが先決であった。
野田氏とは八女市長時代からの付き合いがあるが、「参議院議員として12年間で何か実績を残したのか」という問いに対し、「預金通帳の残高が増えた」こと以外には何もない。候補者資格者は複数存在し、50歳前後の人材もいた。彼らを抜擢して党の変革に挑戦しない体質であれば、賞味期限の切れた組織は必ず淘汰される。野田氏の惨敗により、「データ・マックスの見立ては的確」という証明をしていただいた。
3.国民覚醒の歴史的意義
繰り返しになるが、25年7月20日の参議院選挙は、国民が初めて能動的に判断を下した結果となった。「国民のために汗をかかない議員、政党を叩き潰せ」という意思表示を明確にしたのである。
さらに「任せられないから私が議員選挙に立つ」という猛者(女性も含む)が続々と登場した。これは実に喜ばしいことである。「日本人は自立性・自主性が弱すぎる」と批判されてきたが、25年7月20日が「日本民族覚醒の記念すべき日」となれば、日本の前途は非常に明るいものとなるであろう。