2024年04月24日( 水 )

「おひとりさまの老後」は、安泰ですか?(後)

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薄給でハードな仕事である。定着率の低さは今にはじまったことではない。岐阜県中津川市にある特養では、昨年自治体から7,600万円もの補助金を受けベッド数を増やしたものの、10床(個室)ワンユニットまるまる空き室のまま放置された状態である。介護職員不足が原因と先日のNHK総合テレビのニュースで報じていた。「空き室の問題は介護事業者の経営的な能力と体力のなさ」を指摘する専門家も多い。介護保険がスタートして15年。昨年までに倒産した老人福祉事業者は255件(WEB「みんなの介護ニュース」)にのぼる。今年はさらに増えることが予想できる。「入所数年待ち状態」のなかでのこの矛盾。

 ここにつけ込むのが、いや、正式にいえば”必要悪”として登場するのが、「無届け介護ハウス」である。現在全国に1941件あると「NHK NEWSWEB」(12月9日)で報じている。これによると、現在介護が必要な高齢者は614万人。自宅での介護が困難になる一方で、介護施設入所待ち状態が続いている。一方、国の示したガイドラインでは、「認可介護施設」の新設・増設には個室の整備や防火設備が義務づけている。

 名古屋市の住宅街にある一軒の空き家を使った施設では、10人の高齢者を収容している。個室もスプリンクラーもない。月の利用額はすべて込みで10万円ほど。一般の有料老人ホームの平均額より15万円も安い。そこには介護保険から支払われる訪問介護の報酬を自治体から得ているというからくりがある。3年前にオープンして常に満員状態。使えるサービスが決められている現状の介護保険では、家族が自宅で介護するしかない。年金のみでは一般の有料老人ホームへの入所も不可能だ。
 介護保険導入時から示されている「地域包括ケアシステム」(重度の要介護状態になっても、住み慣れた自宅や地域で暮らせるプラン)も、現実性に欠け夢物語状態である。住み慣れた自宅での介護にはほど遠く、公的な施設はほぼ満杯。それも近く(地域)にない場合が大半だ。デイサービス等の利用という選択肢が残されているというものの、帰宅後の生活には不安が残る。いきおい「無届け介護ハウス」を利用することになる。前出の施設を利用している人の中には、「うちで介護を続けていれば仕事を辞めざるを得なかった。無届けでもきちんと面倒をみてくれているので、大変助かっています」と話す。全国にある地域包括支援センターを対象にしたアンケートでも、「必要」「どちらかといえば必要」は38パーセント。「無届け介護ホーム」は、完全に行き場を失った高齢者の受け皿になっている。


url 国は、2020年代初めまでに、特養などの整備を進め、50万人分以上の確保を目指すというが、「介護職員の確保」という大命題のクリアなくては絵に描いた餅同然だ。より現実的に目を向け、近くの(地域にある)「無届け介護ホーム」の基準をゆるめ、室内整備や防火対策、職員の確保などに補助金を出し、名実共に「地域で暮らせる。見守れる」という体制を組むべきだ。

 上野千鶴子さんの近著『おひとりさまの最期』にあるように、子どもや孫がいても、同居しない限り「おひとりさま」とは無縁ではない。施設や病院ではなく住み慣れた自宅で最期を迎える「在宅ひとり死」の覚悟を勧める。そのために「訪問医療・訪問看護・訪問介護」の「3点セット」を整えれば可能と説く。まさに国が進める「地域包括ケアシステム」そのものだ。でも、「受け皿を整えないで放り出せば、病院でも施設でも死ねない難民化した高齢者がふえていくだけ」とも付け加える。すでに”難民化”(看る方も看られる方も)した家族が急増中なのである。

 「ぐるり」の香川さんから、年末には入所できそうだという連絡があった。その顔に安堵の様子が伺えた。「誰にもいわないで入所するからね。だって、わたしにもプライドがあるもの」といった。数日前、デザイナーのNと池袋で飲んだ。「妻が要介護度5になった。わたしを誰だが分からない。もう限界だ。この間は12時間以上、死んだように寝た」と話した。「そのときが来たんだ。特養に入れろ」とわたしはいった。Nが泣いた。Nの涙を初めて見た。

 

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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