国際未来科学研究所
代表 浜田和幸
このところ、「台湾有事」に関する高市首相の発言で日中関係がギクシャクしています。中国が軍事力を行使して台湾との統一を試みることは、アメリカの軍事介入をもたらし、同盟国の日本にとって「存立危機事態」になり得るというのです。
しかし、習近平国家主席は「武力によって台湾併合を試みることはない」とトランプ大統領に約束しています。そのことはトランプ大統領自身が明らかにしており、「自分がホワイトハウスの主である限り、中国が武力行使に踏み込むことはない」と念を押しているほどです。
では、トランプ大統領と気脈を通じていることをことあるごとに自慢している高市首相はなぜ中国が猛反発することが自明の理のはずの「台湾有事」発言を国会の場で持ち出したのでしょうか?鍵は前日に行われたトランプ大統領との電話会談に見いだすことができます。
トランプ氏は「中国との間で物議を醸すような発言は控えるようにと高市氏にアドバイスした」と語っていますが、その裏で「有事の際に中国がどう動くかは分からない」と述べ、間接的にですが、高市氏を通じて中国の反応を探ろうとしたわけです。
案の定、中国は大々的な「高市糾弾キャンペーン」を展開し始めました。今や日中間の人的往来や経済貿易関係は危機的状況に陥ったと言っても過言ではありません。しかし、その裏で、中国とアメリカの貿易関係は急拡大しているではありませんか。
トランプ大統領にとっては「してやったり!」というわけでしょう。日中の間に楔を打ち込むことはトランプ政権の「隠された外交戦略」に他なりません。アメリカは表向き「中国の脅威」や「台湾有事」を煽り、日本に対して「抑止力を高めるためにアメリカ製の武器をもっと買え!」と圧力をかけています。一方、アメリカは中国からレアアース類をしこたま買い入れ、中国には米国産の農産物や半導体等をこれでもかと大量に売りつけているではありませんか。
実は、ペンタゴンがシンクタンクと共同で繰り返している「台湾有事シミュレーション」によれば、米軍は中国軍に敗北することが明らかになっているのです。日本や同盟国にアメリカ製の武器は売りつけるのですが、自国は中国と戦火を交えることは「百害あって一利なし」と受け止めているのがアメリカ。
アメリカの国防総省がまとめた機密報告書は、先に述べたように、「米軍が中国との戦争に敗北する可能性が高い」と警告しているのです。そこには、中国は急速に軍事力を強化しており、「2027年までに台湾を奪取することを目指している」との報道を裏付けるような分析が明確に記載されています。
なぜ米軍が劣勢に立たされているのかといえば、アメリカの軍事力は、空母のような高価だけれども脆弱な兵器に過度に依存しているからです。残念ながら、防衛産業の研究開発は遅れており、ドローンのような機動性の高い機敏な技術への投資が不十分との指摘がなされています。
それに輪をかけるように、「ニューヨーク・タイムズ」紙の編集委員会は「アメリカは将来の中国との戦争に備えていない」と厳しく警告。この警告は、議会が9,010億ドルの国防権限法案を可決した直後に出されたもので、巨額の支出と戦場での即応態勢の間に大きな乖離が存在すると指摘しているわけです。さらには、「米国の政治家はしばしば『世界史上最強の軍隊』を擁していると豪語しているが、実態はまったく別だ」とも述べています。
これら一連の報道で明らかにされた内幕は、中国との軍事対決における脆弱性を危惧させるには十分です。日本では関心を呼んでいませんが、ヘグゼス国防長官は、こうしたシミュレーションでは「米軍は毎回、中国軍に負けている」と苦言を吐露しているではありませんか。アメリカ一強の時代は幻想に過ぎないといえそうです。
歴代の米国大統領は台湾防衛を約束してきましたが、ニューヨーク・タイムズの編集委員会は、「力の性質が変化しているため、台湾防衛は容易ではない」と警告を乱打しているわけです。アメリカは今、2つの新たな脅威に直面しています。21世紀の戦争の根本的な変化と、対等な競争相手として台頭する中国の存在です。
この危機的状況を打開するためには、軍産複合体の抜本的な改革が必要となります。上記の編集委員会は、国防費が「常に5大防衛関連企業に独占的に押さえられている」と現状のシステムを批判しています。
いうまでもなく、アメリカにとって最大のライバルは今や中国です。超党派の米中経済安全保障検討委員会が発表した728ページにおよぶ新たな報告書は、中国が潜在的な紛争に国民全体をどのように備えさせているかを詳述しています。それによれば、中国軍は第二次世界大戦以来最速の軍備増強を進めており、台湾情勢を念頭に核兵器、水陸両用艦艇、ステルス戦闘機、ドローンなどを急速に増強しているとのこと。
同委員会は、中国がロシア、イラン、北朝鮮といった敵対国との関係を深めているため、中国の動きに対抗することは今や「真に世界的な課題」であるとも指摘。そのうえで、「アメリカは軍事予算を増やすだけでなく、より賢明な支出を行い、空洞化した産業基盤を再構築し、中国の製造業の力に匹敵する強力な同盟関係を築くことが重要だ」と訴えているのです。
そうした動きを踏まえ、国家安全保障会議も独自の多極化世界を構築しようとしています。何かといえば、「管理された多極化」という構想です。日本が東アジアを「管理」し、イスラエル・アラブの従属国がアブラハム合意を通じて西アジアを「管理」するという発想です。どちらの場合も、アメリカは前面ではなく背後から指揮を執ることを目論んでいます。
ここにアメリカの本音が読み取れます。残念ながら、日本はそうしたアメリカの本心を十分理解しているとは思えません。同じことは、中国の動きについてもいえます。日本政府は高市発言に対する中国政府の反発について、その真の狙いを読み誤っているようです。「台湾有事」について、「中国の内政問題への干渉だ」とする中国政府の公式発言を受け、高市政権はその火消しに右往左往しています。
(つづく)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。








