国際未来科学研究所
代表 浜田和幸
実は、習近平政権は日本が台湾有事に際して、「自衛隊が参戦するかどうか」には、日本が気にするほど関心をもってはいません。なぜなら、中国は軍事力を行使しなくとも、経済力や世論誘導戦略を駆使すれば、台湾を「戦わずして手中に収めることができる」と確信しているからです。正に「孫氏の兵法」に他なりません。
では、なぜ、高市発言に異常なまでのこだわりを見せているのでしょうか?それは中国から日本への人材と資金の流出が止まらないからです。中国政府は「日本への観光旅行や留学は控えるように」と注意喚起を繰り返しています。とはいえ、中国政府が最も懸念しているのは、富裕層や知識階級の日本への移住であり、彼らが地下銀行を経由して大量の資金を日本へ持ち出していることなのです。
現在、中国政府は外貨の持ち出しを年間5万ドルに制限しています。しかし、これでは「中国国内よりはるかに高いリターンが期待できる」日本の不動産への投資意欲が満たされません。日本に住む中国人は帰化人を入れて200万人ほどですが、近年の傾向は資産家が子どもの教育や家族の医療のために日本へ移住するケースが急増。その数は年間10万人ほどですが、彼らは一般の中国人とはけた違いの資産を裏ルートで日本に持ち込んでいるのです。
中国政府は、トランプ政権と高市政権が中国を内部から突き崩そうと目論んでいるのではないかと疑心暗鬼。というのも、東京や大阪には新たに移住してきた中国人による反中組織がいくつも立ち上がっているからです。彼らはかつて日本で亡命生活を送っていた孫文らが帰国後に中華民国を打ち立てた経験から学ぼうとしています。
そうした反中国の動きを黙認どころか支援するかのような言動を見せる高市総理であれば、習近平政権として看過できないはず。そうであれば、今後も「台湾問題」をネタに高市批判を強化するに違いありません。高市氏の台湾有事発言から約1カ月半になりますが、事態が改善する兆しは見えないままです。
では、高市氏の発言のどの部分が中国の怒りを呼んだのでしょうか。国会の予算審議において、彼女は野党からの質問に答え、軍艦による台湾攻撃は「存立危機事態」に相当し、日本の軍事介入が必要となると答弁。これは事前の質問予告を受け、答弁を作成準備した政府の文書にはなかったもので、高市流の即興的な発言に他なりません。
歴代の首相は、台湾に対する中国の軍事行動に対し、日本がどのように対応するかを明確にしたことはありません。その意味では、高市氏の発言は、国策というより彼女の個人的な思いをぶちまけたと言ったほうが適切でしょう。彼女の発言は、日本の安全保障を台湾の安全保障と直接結び付けることで、日本流の『戦略的曖昧性』政策に終わりを告げたと受け止められたわけです。
高市氏の発言に対する最も穏健な解釈は、国会審議の場で、まだ経験の浅い首相が、曖昧にしておくべき行動方針を明確にするという誤りを犯したというもの。この見解に立てば、わずか1週間前にソウルで行われた高市首相と習近平国家主席の会談で、「安定的で建設的な関係」の構築に向けて努力することを誓ったこととは相容れないでしょう。
北京の「過剰反応」には日本国内では「反中感情」が一層高まっています。とはいえ、高市氏は北京の要求に従い発言を撤回することは拒否したものの、今後は同様の発言を控えると明言したわけで、間接的ですが、中国の主張に配慮したとも受け取られています。
しかし、先の「台湾有事」発言は意図的なものだったとの見方もあります。外交政策において強固なイメージを築くことで、不安定な国内での地位を強化するための策略だったのではないか、とする見方です。
とはいえ、中国の反応を想像できず、日中関係をこじらせてしまった責任は大きいと言わざるを得ません。いずれにせよ、高市氏がそこまで踏み込んだ理由は、先に述べたように、トランプ氏との関係に見いだせるはずです。トランプ氏の予測不能な「ディール外交」によって日本も中国も振り回されてきました。そのなかで、高市首相はトランプ大統領のアドバイスを忖度し、中国の反応を探ろうとしたわけです。
一方、トランプ政権は中国の怒りが日本に向けられたことを勿怪の幸いとばかり、中国とのディールに邁進しています。来年4月にはトランプ大統領は訪中し、その後、習近平国家主席を国賓としてアメリカに招くことが決まりました。
実は、こうしたアメリカの「日本切り捨て、中国重視」の政策は12月4日に発表された「国家安全保障戦略」(NSS)にも明示されています。従来のアメリカの世界観や優先政策とたもとを分かち、ヨーロッパや中東に見切りをつけ、アジア、中南米に軸足を移すことを明示したからです。トランプ政権は「現在の傾向(ヨーロッパの凋落)が続けば、20年を待たずして、ヨーロッパ大陸は政治、経済的な存在感を失うだろう」とも分析。
そのうえで、ヨーロッパに対して「ウクライナ戦争を止めないロシアとは自力で向き合え」と突き放すようになりました。また、不安定化が加速する中東に関しても、イスラエルとパレスチナの対立が引き起こしているガザ地区の非人道的な情勢には無関心で、「イスラエルにすべて任せる」との姿勢に終始。
結果的に、アメリカにとっての最重要地域はラテンアメリカと中国となります。台湾情勢については、「アメリカが軍事的な優位を維持しつつ戦争を回避するのが理想的だが、状況が悪ければ、米軍より中国軍が優勢になる」と分析。すでに紹介しましたが、アメリカが中国に負けるような可能性に言及しているわけで、過去にないこと。
つまり、トランプ政権は従来の同盟国を「足手まとい」と見なし、欧州へは「自国のことは自力で行え」と突き放し、日本や韓国には「もっとアメリカの武器を買え」と、あたかも「属国扱い」です。
「ヨーロッパは『文明の消滅』に直面している」とか「日本はアメリカのいう通りにしていろ」というトランプ政権の新たな安全保障戦略は、同盟国の間に対立と分断をもたらす危険が大きいと言わざるを得ません。
(了)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。








