「AI(人工知能)戦争」に向けた日本の技術基盤の強化

防衛研究所 研究幹事 兵頭慎治 氏

 2025年9月3日の抗日戦勝記念日に中露朝の3カ国の首脳が北京に集結したほか、自国第一主義を掲げるトランプ政権は国際社会への関与を低下させている。ウクライナ戦争以降、法支配に基づく国際秩序も大きく揺らぎつつあり、力による現状変更が東アジアにも波及することが懸念されている。このように、日本を取り巻く安全保障環境が「戦後最も厳しく複雑である」ことから、防衛費のGDP(国内総生産)比2%への増額が前倒しで達成されるとともに、「国家安全保障戦略」などの安保3文書が26年度にも改訂される見通しである。

軍事費や防衛産業の
売上高が世界的に増大

防衛研究所 研究幹事 兵頭慎治 氏
防衛研究所
研究幹事 兵頭慎治 氏

    英国研究機関の推計によると、2025年6月までのわずか1年間で、世界の戦争・紛争で約24万人が犠牲となり、前年同期比で23%増加したという。ロシアのウクライナ侵略やガザでの戦闘、スーダンやミャンマーの内戦での死者が半数以上を占め、民間人の犠牲が大きく増えた。

 ピースメーカーを自認するトランプ大統領による停戦仲介の動きがみられるものの、ウクライナおよびガザでの戦闘が終息する見通しは立っていない。第二次大戦後で最多となる59件もの軍事衝突が世界中で生起しており、まるで時計の針を逆回転させたかのように、世界は再び戦争の時代に向かっているように見える。

 世界の軍事費は、地政学的な緊張の高まりを背景に、記録的な水準で増加している。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、24年の世界全体の軍事支出は前年比9.4%増の約390兆円に達し、冷戦終結後、最大の伸び率となった。その背景には、ロシアによるウクライナ侵略の長期化、中東地域での戦火の拡大、インド太平洋地域での軍事的緊張の高まりなどがある。

 SIPRIは、24年における防衛産業の売上高上位100社も発表した。上位100社の売上総計は過去最高となり、日本からは三菱重工業などの5社がランクインした。日本の5社の売上高の合計は約2兆765億円におよび、伸び率は前年比40%増で世界1位となった。その背景には、厳しい安全保障環境に適応するために、抑止力や対処力を向上させるべく防衛費や関連経費が増大していること、企業の事業撤退を防ぐための施策が進められていることがある。

 日本は、NATO(北大西洋条約機構)加盟国と同様に、トランプ政権から安全保障上の負担増を求められている。米国からの要請を受けて、NATO加盟国は25年6月の首脳会議で35年までに国防費をGDP比5%まで引き上げることを決めた。その内訳は、純粋な国防費が3.5%、インフラ整備やサイバー対策などの関連経費が1.5%である。

 トランプ政権は、日本に対してもその水準の負担を求めてくるものと予想されている。12月に米国の外交・軍事戦略の指針となる「国家安全保障戦略」が公表されたが、そのなかで「アメリカが世界の秩序を支える時代は終わった」として、同盟国である日本や韓国などに防衛費の増額を求める方針が記された。

 ロシアによるウクライナ侵略は、戦闘機・艦艇・戦車などを用いた従来型の戦闘に加えて、ミサイルやドローンを用いた相手国領内への攻撃、そしてサイバー戦や情報戦などを組み合わせた複合的なものになっている。また、これまでの陸・海・空といった伝統的な戦闘領域に加え、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな空間を戦場とする現代的な戦争に備えることも急務となっている。防衛費および関連経費の増大は、こうした将来戦への備えに資するものである。

ウクライナ戦争が
「AI戦争」の先駆けに

 将来戦のカギを握るのが、AI(人工知能)の進化である。AIを応用した戦争は、偵察・監視から意思決定、実際の戦闘に至るまで、軍事作戦のあらゆる側面を根本的に変革するものであり、「第三の軍事革命」を引き起こす可能性があるといわれている。そこで、米国、中国、ロシアなどの軍事大国は、それぞれ開発競争にしのぎを削っている。25年9月3日に北京で行われた軍事パレードでは、AIを搭載した複数の兵器システムが披露され、中国の先進性が内外にアピールされた。

 ロシア、ウクライナ両軍がAI技術を駆使することで、戦闘は新たな段階に入っている。たとえば、ウクライナ軍が25年6月に行った「雲の巣作戦」では、密かにロシア領内に持ち込まれた100機以上のドローンを用いて、5つの空軍基地にある戦略爆撃機が同時多発的に攻撃を受けた。安価なドローンで高価な爆撃機が多数破壊され、ロシア側が受けた被害は推定約1兆円におよぶ。史上初となるドローンを用いた敵領空への近接攻撃が成功したことから、軍事費の多寡に関わらず戦果を上げられる「非対称戦」の可能性が広がった。

 カメラの映像によりリアルタイムで遠隔操作を行うことができるFPV(一人称視点)ドローンに、AI誘導システムが組み合わさることで、通信が妨害・途絶された場合でも自律的に標的を識別して精度の高い攻撃を行うことが可能となった。このように、ウクライナ戦争は、AI技術がもはや現代の戦闘で不可欠な要素であることを示している。

 AIは膨大な戦場データを瞬時に分析し、人間の意思決定を支援することも可能にする。 衛星画像や偵察映像により敵の装備や兵站拠点を自動で識別するため、標的を絞り込む速度が飛躍的に向上する。また、収集された映像や情報をAIで分析し、最適な攻撃の目標やルートを提示することで、指揮官の迅速な判断を可能にする。戦闘以外の分野でもAIは活用されており、補給品の管理や輸送ルートの最適化など、後方支援の効率化にも生かされている。

 さらに、AIの導入は、従来の戦術にも大きな影響をおよぼしている。ウクライナでの戦果を取り入れるかたちで、主要国はAI搭載の戦闘機や無人機の開発を急いでおり、AI軍拡競争が進展している。多数の小型ドローンが連携して「スウォーム(群れ)」を形成し、単一の有人機では対応困難な飽和攻撃を仕掛け、敵の防空網や迎撃システムを機能不全に陥らせる。多数のAI搭載ドローンが、まるで昆虫や鳥の「群れ」のように、協調的に行動する。そのため、一部のドローンが撃墜されても、残りの機体が役割を再分担して自律的に任務を継続するため、軍事作戦の成功率が大幅に向上するのである。

 また、従来の高価な防空システムをもってしても安価な多数のドローンを迎撃しきれないという非対称的な状況も生み出しており、AIを用いた新たな戦術は、ウクライナ・ロシア双方にとって戦局を左右する重要な要素となっている。

「AI戦争」に向けた
日本の取り組みと課題

 AIは、情報収集から意思決定支援、具体的な装備の運用に至るまで、軍事のあらゆる側面に大きな変革をもたらす。膨大な情報をAIが分析し、人間では不可能な速度で状況認識や将来予測を行うことで、迅速かつ正確な判断を支援することが可能である。宇宙・サイバー・電磁波といった「新領域」においても、AIを用いた抜本的な能力強化が求められており、たとえばサイバー攻撃の高度化に対応するためには、AIを駆使した防御・分析システムが不可欠である。

 こうしたなか、24年7月に「防衛省AI活用推進基本方針」が策定され、AIの活用が我が国の防衛政策の中核に据えられた。その重点分野は、①目標の探知・識別、②情報収集・分析、③指揮統制、④後方支援、⑤無人アセット、⑥サイバーセキュリティ、⑦事務処理の効率化、と多岐にわたる。ロジスティクス(兵站)や事務処理作業といった非戦闘分野でも、AIによる省人化・効率化を進めることが可能である。このように、防衛力強化の切り札として、AIの活用が急務となっている。

 ドローンや無人潜水艇といった「自律型兵器システム(LAWS)」の開発も進んでおり、人間の被害リスクを低減させつつ、任務遂行能力を向上させることが期待されている。いわゆる「キラーロボット」とは、人間が直接操作することなく、AIやセンサー技術を用いて、自律的に標的を識別・選択し、攻撃・破壊することができる兵器システムである。

 AIの軍事利用は、技術的な利点と同時に倫理的な課題も提起している。人の生死に関わる究極的な判断を機械に委ねてよいのか、という根源的な問いかけである。国連の枠組みを中心にLAWSの規制や禁止に向けた専門家会合が開催されているが、軍事的優位性を追求する主要開発国と、完全禁止を求める国々との間で意見の隔たりが大きく、法的拘束力のある国際合意には至っていない。

 完全な自律型兵器を開発する意図はないとする日本としては、「人間の制御は不可欠」という立場から、国際的なルールづくりの必要性を主張している。AI技術は防衛力の強力なツールとなり得るが、その開発と運用には、安全保障上の要請と倫理・社会的な規範とのバランスが求められるであろう。

AI進化に向けた技術基盤は
防衛力そのもの

 防衛費および関連経費が拡大することにより、防衛産業が活性化され関連技術の開発が促進されることが期待されている。防衛装備品の研究・開発・生産・維持整備の需要が増加することで、関連企業の売上高増加や新たなビジネスチャンスが生まれることが予想される。現行の「国家安全保障戦略」においては、「防衛生産・技術基盤は防衛力そのものであり、その強化は必要不可欠である」と記されている。この認識のもと、企業の利益率引き上げなどの支援強化策が講じられている。

 宇宙・サイバー・電磁波など「新領域」に関連する最先端技術の研究開発は、将来的に民生分野への転用や応用技術の創出にもつながる。さらに、防衛装備品の製造や維持管理に関わる新たな雇用も生まれ、財政支出の増加がGDPの一定の押し上げ効果にもつながると指摘されている。防衛装備品の高性能化やサプライチェーンの多様化が進むとともに、国際共同開発や装備移転の枠組みが見直されることで、高度な技術を持つ中小企業やスタートアップ企業が防衛産業に参入する機会も生まれるであろう。

 他方で、防衛産業への参入にはいくつかの課題も存在する。カスタマーが防衛省・自衛隊などに限られることから、企業にとって収益性があまり高くなく、それが事業撤退を招く一因となっていた。また、国内市場が中心で販路が限られることから、国際競争力が高くない分野ともいわれていた。そして、原材料等の供給途絶やサイバー攻撃などのリスクへの対応も、関連企業には求められていた。

 これらの課題に対し、企業の努力を反映した利益率の改善や、製造工程の効率化、サイバーセキュリティ対策への財政支援などが検討されている。「防衛装備移転三原則」の運用見直しも進められており、26年には防衛装備品の輸出が全面解禁される見通しである。これにより、企業の販路拡大と国際競争力の向上が期待されている。26年4月以降に開始する事業年度から「防衛特別法人税」が導入される予定であるが、中小企業に対しては軽減措置が設けられる予定である。

 以上から、防衛費および関連経費の増額や防衛生産基盤の各種強化策は、日本の防衛産業の「衰退」から「拡充」への転機となる可能性がある。将来的な「AI戦争」を見据えたかたちで、新領域を含めた日本の防衛力を抜本的に強化していくためには、AI進化に向けた技術基盤において官民連携をさらに深めていくことが不可欠であろう。


<PROFILE>
兵頭慎治
(ひょうどう・しんじ)
1968年愛媛県生まれ。専門はロシア情勢および国際安全保障。上智大学大学院国際関係論専攻博士前期課程修了。外務省在ロシア日本国大使館専門調査員、英国王立国防安全保障問題研究所客員研究員、ロシア・東欧学会副代表理事、内閣官房国家安全保障局顧問などを歴任。現在、東北大学東北アジア研究センター客員教授、青山学院大学大学院兼任講師、国際基督教大学非常勤講師。著書、論文、メディア出演など多数。

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