インド視察から学ぶ、インドの時代がくる(6)博多港ふ頭・駒田浩良社長インタビュー
アジア・インド市場の最前線と博多港の未来戦略
物流は経済の血流であり、その結節点である「港」の競争力は、地域経済のみならず国家の産業構造をも左右する。人口減少という不可逆の潮流に直面する日本にとって、地方港が国際物流網のなかでどの位置を占めるかは、産業存続の根幹に関わる問題である。
今、世界の資本が向かう巨大市場インド。その最前線を視察した博多港ふ頭(株)の駒田浩良社長は、急成長の裏側に横たわる物流インフラの未整備を、自らの目で確認した。そこに見いだしたのは「脅威」ではなく、日本、そして博多港が補完し得る余地だった。
世界有数のIT都市ベンガルール、そしてインド最大の商業都市ムンバイ。デジタル産業は躍進する一方で、港湾混雑や内陸輸送の滞留、コールドチェーン不足といった物理的制約が成長のボトルネックとなっている。アジア近海航路で存在感を高めてきた博多港にとって、それは単なる観察対象ではなく、新たな接続戦略を構想するための現場である。
駒田氏は100年先の物流航路、そして「アジアのゲートウェイ」としての博多港の進化についてどのようなビジョンをもつのか。話を聞いた。
1. はじめに:インド視察の背景と物流リーダーとしての視座
──今回、初めてインドを訪問されましたが、ITの聖地ベンガルールや経済の中心地ムンバイを歩き、どのような「第一印象」を抱かれましたか。
駒田浩良氏(以下、駒田氏) ベンガルールは「ITの聖地」と称され、最先端のオフィスが並びますが、一歩外に出れば道路事情の劣悪さに驚かされました。アスファルト舗装はされているものの路面はデコボコで、いたるところに速度を強制的に落とさせる「ハンプ(出っ張り)」が設置されています。日本では時速30km程度の生活道路に限定されるこの設備が、インドでは幹線道路にも存在し、往復3〜4時間の通勤が常態化している。デジタル領域の隆盛と、現場で目撃した未整備な物理インフラという「強烈な二極化」を痛感しました。
この二極化によるギャップは、深刻な経済的損失を招いています。物流の遅延は燃料消費を増大させ、配送コストを押し上げるだけでなく、経済活動全体のスピードを削いでいる。この物理的なインフラ課題、とくに路面の振動や輸送の遅延は、次に述べる「鮮度保持」を必要とするコールドチェーンにおいて致命的な障壁となっているのです。
2. 未完のインフラ:インドにおける「道路事情」と「土木技術」の潜在力
──現地の道路状況や建設現場を視察され、日本の土木・管理技術が貢献できる具体的な可能性をどう感じられましたか。
駒田氏 ベンガルールの幹線道路沿いで行われていた雨水マスの工事を目にしましたが、驚いたことに職人がレンガを1つ1つ積み上げてつくっていました。プレキャスト(製品化されたコンクリート部材)の活用や規格化が進んでおらず、極めて非効率で前時代的な手法です。ハンプを乗り越えるたびに車両は急減速と急加速を繰り返し、燃費を悪化させている。日本の高度な舗装技術や規格化された土木工法、そして下水道の管理技術を導入することは、インドの物流スピードを劇的に高める「建設の工業化」につながると確信しました。
日本の技術導入がもたらす「So What?(それがどうした)」への答えは明確です。高品質な道路整備は、車両の摩耗を抑え、燃費効率を向上させる。これはインドが抱える環境問題の解決に寄与するだけでなく、物流網に「予見可能性(定時性)」をもたらします。路面の振動が劇的に改善されれば、これまで輸送中に毀損していた高付加価値物品の流通が可能になります。そして、その筆頭こそが、温度管理を必要とする食の貿易なのです。
3. コールドチェーンの空白地帯:日本産高品質食材の輸出可能性
──ムンバイの富裕層市場において、日本(とくに博多経由)の農水産物の可能性をどう評価されていますか。
駒田氏 インドの農産物自給率は高いですが、収穫後の管理が不十分で生産量の約40%が腐敗して捨てられているという現状があります。これは冷蔵・冷凍施設や冷凍車の不足が原因です。一方で、ムンバイには洗練されたホテルやスーパーがあり、富裕層は高品質な食材を求めています。現状、日本のリンゴ、サクランボ、桃といった果物はまだ限定的ですが、品目ごとに数度単位で温度設定を分ける日本の繊細なコールドチェーン技術をもってすれば、この「空白地帯」を埋め、高付加価値な輸出ルートを確立できるはずです。
現在、博多港からは中国向けにレクサスなどの高級車両が数多く輸出されています。しかし、インド市場においては車両の現地生産が進んでいるため、新たな輸出の柱として「高品質な農水産物」を育てる必要があります。物流の振動を克服し、港から倉庫、配送先までをつなぐシームレスな低温物流網を構築すること。それが実現すれば、博多は日本の農業を支える戦略的な輸出拠点へと進化するでしょう。ただし、それを支えるのはハードだけではありません。「人」の技術交流こそが不可欠なのです。
4. 技術循環型の人材戦略:特定技能と日印の互恵関係
──特定技能制度を活用した、インド人材との新たな連携構想についてお聞かせください。
駒田氏 インドには「椅子に座っているだけの余剰人員」が多く、効率的なマネジメント技術を求めています。そこで、特定技能制度(1号・2号)を活用し、インドの中堅人材を福岡の現場に招き、日本の高度な土木・物流技術を5年間学んでもらう。彼らが帰国後、現地の指導者としてインドのインフラ整備を牽引する「技術還流モデル」を構築したいと考えています。
これは単なる人手不足の解消ではなく、将来的な日本企業のインド進出における「現地パートナーの育成」を意味します。日本式の工法や品質基準、安全管理を熟知した人材がインド国内でマネジメント層に就くことは、日本企業が現地プロジェクトを推進する際の強力なアドバンテージとなります。人材と技術の循環が、結果として博多港の「目に見えない競争力」を形作っていくのです。
5. 博多港の現在地と進化:アジアのゲートウェイとしての生き残り策
──博多港は国内6位のコンテナ取扱量を誇りますが、国の集約政策のなかでどのように独自性を打ち出していくのでしょうか。
駒田氏 博多港の貨物取扱量は約900k TEU(20フィート換算)で、7位の北九州や清水(約500k TEU)とは一線を画していますが、5位の大阪港とは桁が1つ違う「オーダーの差」があります。だからこそ、私たちは全方位で戦うのではなく、「アジア特化」という独自の地位を築いてきました。国の政策が阪神・京浜への集約を進めるなかで、私たちはアジアとの物理的な近さを生かした「アジア・トランシップルート」を強化しています。北米・欧州向けは大港湾に譲りつつも、「アジアの荷物は博多に任せてほしい」という強い自負をもっています。
この30年、博多港はかつての「箱崎木材団地」という原木取扱から、コンテナ化、そしてITと連動した近代的な港へと「奇跡的な成長」を遂げてきました。しかし、これからは自然に荷物が増える時代ではありません。環境対策においても、日本最高の評価である「CNP(カーボンニュートラルポート)レベル5プラス」を獲得しており、ESG対応を重視する世界の船社から選ばれる港としての地盤を固めています。
6. 終わりに:インドからアフリカへ、100年先を見据えた「物流の道」
──インド市場のその先、そして次世代に引き継ぐべき博多港の役割についてメッセージをお願いします。
駒田氏 インドとの結びつきを強めることは、歴史を遡ればポルトガルがアフリカを越えてインドへ到達した「ヴァスコ・ダ・ガマ」の航路を現代に再現することに近い。インド市場が成熟すれば、物流のネットワークは必ずアフリカ東岸へと伸びていきます。博多港は単なる「物の通過点」ではなく、福岡の都市力と連動し、アジア、インド、そしてアフリカをつなぐ「関係性のハブ」となるべきです。100年先もこの港が生命線として機能し続けるために、今、私たちは攻めの姿勢で新しい「道」をつくらなければなりません。
博多港が、福岡という都市の活力と世界の需要をつなぐ「関係性のプラットフォーム」へと進化すること。物流という経済のインフラを通じて、日本と世界の持続可能な未来を設計する。駒田氏の揺るぎない決意は、アジアのゲートウェイとしての誇りとともに、次なる大海原へと向けられていた。








