ブレイクスルー思考──今こそナドラーから学ぼう(中)理想と現実

福岡大学名誉教授 大嶋仁 氏

 ジェラルド・ナドラーはアメリカが絶好調だった1960年代の人である。彼の本を読むと、「アメリカは凄かった」と感じざるを得ない。

 実は、その凄さを熱心に取り入れて成功したのが日本の企業である。日立にしろ、三菱にしろ、トヨタにしろ、皆そうである。彼らはいう、「60年代にアメリカから学んだものを70年代に脱皮し、そこから前進してアメリカを抜いた」と。

 彼らはナドラーだけでなくエドワード・クリックからも学んでいる。この2人の違いはさほど大きくないが、同じ時代のアメリカのエンジニアリングの理論家でもナドラーの方が面白い。理論の応用範囲が広いし、文体にも迫力がある。

 ナドラーの考え方の特徴は、エンジニアリングを「創造」と捉えたところにある。これを「デザイン・アプローチ」と彼は呼んでいる。

 これについては、藤田彰久氏の解説が役に立つ。氏はインダストリアル・エンジニアリングの本質は「science and art」(科学と芸術)だと述べているのだ(『IEの基礎』)。エンジニアリングの基礎が「科学」であることはもちろんだが、「芸術」であるとなると、私のような門外漢も興味が湧く。エンジニアリングが科学と芸術を結ぶ接点であることが、見えてくるのだ。

 藤田氏は同じデザインにもふた通りあるという。1つは「分析アプローチ」、もう1つはナドラーのいう「デザイン・アプローチ」である。

 前者はこれまでの製品を分析し、その長所と短所を明らかにしたうえで、新たな目的に応じてこれを改良する。これだと無難に新製品の設計が可能となるが、そこからはイノベーションは生まれない。

 一方、デザイン・アプローチは文字通り「デザイン」を創造行為と捉える。創造であるから既存の発想を超えようとする。ナドラーのいうブレイクスルー思考が発揮されるのだ。このことから、私は唐津プレシジョンの竹尾社長の言葉を思い出す。

「ウチは技術より技能を重んじます。技術は学んで身につけられますが、技能は想像力を駆使して新たなビジョンを得、それに技術を馴染ませるものなのです」

 さて、私たちが思う「デザイン」は、ナドラーのいう「デザイン」とはまるでちがう。「あの車はデザインが良い」と私たちはいうが、「見てくれ」を言っているに過ぎない。ナドラーは創意工夫をデザインと呼ぶ。そこには革新的なもの、すなわちイノベーションがある。

 そもそもナドラーと常識人では出発点が異なる。ナドラーは理想から出発し、そこから現実を改変しようとする。常識にとらわれる私たちはその逆で、「現実が変わる」とは思いもせず、「理想など持たなくてもいい」と安んじている。そういう私たちにイノベーションは期待できない。

 故人となった日本の政治家が、ふと漏らした言葉がある。「初めてアメリカに行ったとき感じたのは、この国は理想主義の国だということだった。日本には欠落しているものがそこにはあった」と。

 その政治家は1950年代後半か60年代の初めにアメリカに行ったようだ。今のアメリカとは異なるアメリカがあったにちがいない。ナドラーはそういう過去のアメリカ人なのである。

 ナドラーは理想を重んじたと述べたが、理想は古代ギリシャ哲学が求めたものでもある。私たちが目で見、耳で聞き、手で触って感じる世界を超えたものとしての理想。それを彼らは追い求めた。彼らにとって、感覚で捉えられる世界は真の現実ではなく、仮のものだった。彼らはブレイクスルー思考の達人だったのだ。

 こうした発想は常識ばなれして見えるが、これが科学の基にもなっている。常識からすれば「地球は動かず、世界の中心であって、太陽がその周りを回っている」。ところが、その常識をブレイクスルーすると、「地球が太陽の周りを回っている」と見えてくるのだ。

 数学は理想を求める点では科学以上だろう。日本の数学者として世界的に有名になった岡潔は、「日本近代には古代ギリシャの理想探究の精神が欠けている」と述べている。理想を探求しない日本人は、ブレイクスルー思考が欠けていることになる。

 ナドラーを読んで思い浮かぶのは、SF小説の元祖ジュール・ヴェルヌである。『海底二万里』とか『80日間世界一周』などの「空想科学小説」で一世を風靡した、19世紀フランスの作家だ。ヴェルヌの書いた物語は、単なる「空想」ではなかった。そのアイデアの多くは、当時は「空想」と見られたかもしれないが、のちの時代に現実となっている。

 そもそも空想とは何なのか。いまだ実現されていない理想のことをいうのではないか。ナドラーなら、「それがなければ何も新しいものが生まれ出ないもの、それが理想だ」というにちがいない。空想は理想にアップグレードできるものなのだ。

(つづく)

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