【鮫島タイムス別館(46)】9条カードで派遣回避~トランプ外交と高市政権の危うい綱渡り

トランプが迫った「ホルムズ派遣」

 3月19日にワシントンで開かれた日米首脳会談の最大の焦点は「ホルムズ海峡への自衛隊派遣」だった。トランプ大統領は首脳会談に先立ち、SNSで日本を名指しして自衛隊派遣を公開要求し、圧力を強めていた。これに対し、高市政権は「法律上の制約」を理由に停戦合意がない限り自衛隊の派遣は難しいと水面下で伝えていたが、トランプ氏はSNSで露骨に不快感を示していたのである。

 ミサイルが飛び交うホルムズ海峡への派遣は、自衛隊員を危険にさらすことになる。日本の国内世論も反対が圧倒的多数にのぼっていた。万が一のことがあれば、政権が吹き飛ぶ恐れがある。自衛隊派遣の根拠となる法律上の壁も高い。政府与党は慎重論一色になった。

 けれども首脳会談の場でいきなりトランプ氏から自衛隊派遣を要求されたら断れるのか。日本政府は緊迫し、高市早苗首相も緊張してワシントンへ飛び立ったのだ。

「派遣要求」を封じるための対米工作

 トランプ氏に自衛隊派遣を要求させない──。高市政権はこの1点に絞って首脳会談の対策を練った。

 米国の武器や原油の大量購入を約束してトランプ氏のご機嫌をとることに加え、国際法違反が濃厚な米国のイラン攻撃を法的に評価することは避けつつも「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ。諸外国に働きかけてしっかりと応援したい」という”事実上の支持宣言”を準備。高市首相がトランプ氏にいきなりハグする「奥の手」も用意し、大一番に臨んだのである。

 トランプ氏は「日本はNATOとは違う」と満足し、この首脳会談で自衛隊派遣を迫ることはなかった。日本政府は「何とか乗り切った」「大成功だった」と安堵感に包まれた。

憲法9条を盾にした首相

 高市首相は首脳会談後の記者会見で、自衛隊派遣について「日本の法律の範囲内で、できることとできないことがあると伝えた」と明言。同席した茂木敏充外相は帰国後、テレビ番組で「法律上の制約」にとどまらず、「憲法9条の制約」についても米国側に伝えたことを明らかにした。トランプ大統領も会談後に記者団に対し「日本は憲法上の制約がある」と理解を示したのである。

 高市首相は9条に自衛隊を明記する憲法改正を掲げてきた。それは彼女を首相候補に押し上げた安倍晋三元首相の悲願でもあった。2月の総選挙で自民党は過去最多316議席を獲得して単独で3分の2を超え、改憲機運が再燃してきた。高市首相は訪米中に東京都内で開かれた連立パートナーである維新の党大会にも「憲法改正にともに挑戦しよう」というビデオメッセージを寄せた矢先だった。

 その高市首相が憲法9条を盾にトランプ氏の自衛隊派遣要求をかわした――。歴史の皮肉なめぐりあわせとしかいいようがない。

なぜ9条は「最強のカード」なのか

 自衛隊員を危険にさらすという理屈は、トランプ氏には通用しない。「法律上の制約」をいくら説いても、「法律を改正すればいい」と切り返されるだけだ。日本はこれまで中東危機のたびに米国から軍事的貢献を迫られ、法改正を重ねてきた経緯がある。「法律上の制約」だけでトランプ氏の圧力をかわし続けるのは限界がある。9条改憲派の高市首相でさえ、ここは9条を盾にするしかなかった。

 憲法9条は終戦後、米軍占領下で生まれた。日本が再び軍事大国になることを防ぐため、憲法改正のハードルを高く設定された。米国から押し付けられた憲法ともいわれてきた。だからこそ、米国からの軍事的要求を拒否する最強のカードでもあった。憲法9条の理念は「日本は戦争をしない」ことであったが、戦後80年間は節々の重要な局面で「米国の戦争に巻き込まれない」というリアルな政治的効力を発揮してきた。

 高市首相がトランプ氏の自衛隊派遣要求をかわすため、藁にもすがる思いで臨んだ日米首脳会談。歴史的場面で、憲法9条はその真価を発揮したといえるかもしれない。

しかし問題は終わっていない

 だが、トランプ氏がこれで引き下がるとは思えない。

 ウォルツ米国連大使は首脳会談後のテレビ番組で「高市首相が自衛隊による支援を『約束』した」と発言。トランプ氏も「日本は憲法上の制約があるが、必要であれば支援してくれる」と期待を示し続けている。

 高市首相は「自衛隊による支援を約束したということはない」と否定しているが、茂木外相は「自衛隊の機雷除去技術は世界最高」と強調し、停戦合意が実現した後の掃海艇派遣の可能性を示唆している。首脳会談でも今後の自衛隊派遣についてトランプ氏が期待を高めるやりとりがあったとみるほうが自然だ。今回の日米首脳会談は「一時しのぎ」にすぎない。

トランプ外交のディールに嵌った日本

 トランプ氏は3月末に予定していた訪中をイラン対応を理由に延期した。そもそも高市首相が3月中旬に訪米を急いだのは、米中が接近する前に日米の絆をアピールする狙いがあった。ところが想定外のイラン攻撃で「最悪のタイミング」となり、自衛隊の派遣要求をかわすことに七転八倒する羽目になった。米国へのさらなる財政支援を余儀なくされ、自衛隊派遣の可能性も消し去れなかった。トランプ流のディール外交の術中に、マンマと嵌ったようにも見える。

 トランプ氏は日米首脳会談後、訪中日程が5月に決定したと発表。高市政権は再び日中を天秤にかけるトランプ外交に悩まされることになろう。イランとの停戦が実現すれば、今度こそ有無を言わさず自衛隊派遣を迫られるのか。それとも自衛隊派遣をカードにさらなる財政支援を要求されるのか。

 総選挙で圧勝し国内に敵なしの高市首相。政権を揺るがす「最大の敵」は、実はハグしたトランプ氏なのかもしれない。

【ジャーナリスト/鮫島浩】


<プロフィール>
鮫島浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩1994年に京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。99年に政治部へ。菅直人、竹中平蔵、古賀誠、町村信孝ら幅広い政治家を担当し、39歳で異例の政治部デスクに。2013年に原発事故をめぐる「手抜き除染」スクープ報道で新聞協会賞受賞。21年に独立し『SAMEJIMA TIMES』を創刊。YouTubeでも政治解説を連日発信し、登録者数は約18万人。著書に『朝日新聞政治部』(講談社、22年)、『政治はケンカだ!明石市長の12年』(泉房穂氏と共著、講談社、23年)、『あきらめない政治』(那須里山舎、24年)、『政治家の収支』(SB新書、24年)。

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