【鮫島タイムス別館(45)】高市一強の誕生と麻生外し──歴史的大勝で始まる党内最終戦争

地滑り的勝利と野党壊滅──高市一強時代の幕開け
高市早苗首相の電撃的な1月解散は、地滑り的勝利に終わった。自民党は戦後最多の316議席。単独で過半数どころか、3分の2を超えた。
民主党の「政権交代選挙」の308議席(2009年)、中曽根内閣が野党の裏をかいて衆参ダブル選に踏み切った「死んだふり解散」(1986年)の304議席を上回る歴史的大勝だ。
衆院本会議場は自民党に占拠された様相である。高市首相は高揚感に包まれている。高市一強時代の幕開けだ。
自民と維新の与党は参院でなお過半数を割っている。しかし参院で法案を否決されても衆院の3分の2で再可決すれば成立する。参院は無力化し、国民民主党を連立に加える必要はなくなった。
そればかりか連立相手の維新も数の上では無用になった。高市首相は「自維連立の信任を得る」ことを解散の大義にしたため、今すぐ維新を追い払うわけにはいかない。それでも連立政権内での維新の発言力は低下し、連立合意の柱である定数削減や副首都構想も棚上げされる可能性が出てきた。
立憲と公明が衆院議員だけで結成した新党「中道改革連合」は大惨敗に終わり、両党をあわせた172議席から49議席に激減。単独では内閣不信任案さえ提出できない弱小勢力に転落した。参院の立憲と公明は新党への合流を見送り、いつ分裂・解党してもおかしくはない。衆参をあわせた野党第一党の座も国民民主党に明け渡した。
国民民主党も目標の51議席には遠くおよばず、ほぼ横ばいの28議席。昨年の参院選から比例票を210万票減らし、敗北感さえ漂う。参院選で躍進した参政党は15議席に急伸したものの、比例票は320万票も減らした。石破政権を嫌って国民や参政に流れ込んだ保守層が高市人気で自民へ回帰し、国民と参政の勢いは完全に止まった。
高市・麻生ラインはすきま風から亀裂へ
野党は総崩れ。国会から高市政権の対抗軸は消えた。もう「外」に敵はいない。残る敵は「内」にある。自民党に君臨するキングメーカー、麻生太郎副総裁だ。これを排除すれば、「高市支配」が完成する。
高市首相は投開票翌2月9日、早速動いた。麻生氏に衆院議長への就任を打診したのだ。
衆院議長は「あがり」の名誉職。総理経験者が衆院議長を務めるのは三権分立の観点からも禁じ手だ。それでも高市首相が打診したのは、麻生氏をどうしても副総裁から外したいからだ。自民党本部から体よく追い出してまつりあげる露骨な「麻生外し」である。
麻生氏を土壇場で味方につけて大逆転した自民党総裁選から、まだ4カ月しか経っていない。高市政権の「生みの親」である大恩人を、早くも切り捨てたのだ。
麻生氏は「引き続き副総裁を務めたい」とその場で固辞し、衝撃の人事案はつぶれた。しかし2人の関係は決定的に壊れたといえるだろう。
高市氏は総裁選後、麻生氏の「操り人形」状態だった。麻生氏は幹事長に義弟の鈴木俊一氏をねじ込み、総務会長にも麻生派の有村治子氏を起用。副総裁、幹事長、総務会長という中枢3ポストを麻生派が独占する前代未聞の麻生支配体制が確立した。
高市氏は公明党が大嫌いな麻生氏に従い、公明党も切り捨て、連立離脱へ追い込んだ。そして麻生氏と気脈を通じる国民民主党との連立を模索したのである。
ところが、国民民主党は煮え切らなかった。いきなり連立に加わって衆参選挙の勢いが止まり、次の衆院選で議席を減らすことを恐れたのだ。
高市氏は慌てた。公明が離れ、国民も引き込めなければ、首班指名で勝てる保証はない。そこで、麻生氏のライバル・菅義偉元首相に近い維新に飛びついた。維新と連立合意し、首班指名を乗り切って、何とか首相の座をつかんだのである。
スタート時点から、高市首相と麻生氏には「すきま風」が吹いていた。それでも高市首相は麻生氏に従い、国民民主党を加える連立拡大を模索。年末には玉木雄一郎代表と「年収の壁引き上げ」で合意し、新年度当初予算の成立への協力も取り付けた。
予算を年度内に成立させ、6月に解散総選挙を断行し、その後、国民民主党が連立入りする──麻生氏と玉木氏はそんなシナリオを描いていた。高市首相もそのレールに乗っていたのだ。
急転直下の1月解散──完全に壊れた高市・麻生関係
事態が急変したのは年末年始である。高市首相自身に旧統一教会問題が浮上。高市首相は通常国会で追及されて内閣支持率が急落し、6月解散に踏み切れなくなることを恐れ始め、1月解散に転じたのだ。まさに「支持率が高いうち解散」である。
国民民主党は1月解散に反対していた。選挙準備が間に合っていなかったからだ。麻生氏に相談すれば、反対されるに違いない──。高市首相は麻生氏に無断で1月解散を読売にスクープさせた。
麻生氏は寝耳に水の解散報道に激怒。地元・福岡で「ないでしょうね」と露骨に不快感を示した。けれども走り出した解散総選挙はキングメーカーにも止められない。政局は高市ペースで動き出した。
高市・麻生関係は「すきま風」から「亀裂」に悪化した。高市首相はもう引き返せない。追撃の一撃を放った。麻生氏が猛反対する「消費税減税」を公約にねじ込んだのだ。昨年の総選挙では麻生氏の支持を得るため、消費税減税の持論を封印していた。このタイミングで封印を解いたのだ。
さらに選挙中は麻生氏の地元の天敵・武田良太元総務相を応援するため福岡11区に駆けつけた。もう麻生氏には遠慮しない──麻生支配からの「卒業宣言」である。
そして自民党は歴史的大勝。高市首相が投開票日翌日に満を持して繰り出したトドメの一撃──それが麻生氏への衆院議長の打診だった。権力中枢からの「退場勧告」である。
高市首相は旧安倍派の裏金議員として失脚していた西村康稔元経産相を党4役の選対委員長に、松野博一元官房長官を組織運動本部長に起用。先に幹事長代行に起用していた萩生田光一氏と合わせて、旧安倍派の復権に動き出した。唯一存続している麻生派への露骨な牽制だ。
高市首相の敵は「外」にはない。高市支配を完成させる最後の戦いは麻生氏との内部闘争である。ここまで決裂した以上、国会が7月に閉幕した後の内閣改造・党役員人事では麻生副総裁と鈴木幹事長を外し、萩生田、西村、武田氏ら次世代の登用を目指すだろう。
麻生氏はどう反撃するのか。いよいよ「高市vs麻生」の最終戦争が始まる。
【ジャーナリスト/鮫島浩】
<プロフィール>
鮫島浩(さめじま・ひろし)
1994年に京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。99年に政治部へ。菅直人、竹中平蔵、古賀誠、町村信孝ら幅広い政治家を担当し、39歳で異例の政治部デスクに。2013年に原発事故をめぐる「手抜き除染」スクープ報道で新聞協会賞受賞。21年に独立し『SAMEJIMA TIMES』を創刊。YouTubeでも政治解説を連日発信し、登録者数は約18万人。著書に『朝日新聞政治部』(講談社、22年)、『政治はケンカだ!明石市長の12年』(泉房穂氏と共著、講談社、23年)、『あきらめない政治』(那須里山舎、24年)、『政治家の収支』(SB新書、24年)。
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