やや落ち着きつつある
熊本の賃貸市場
地場ハウスメーカーの(株)アネシス(熊本市東区)では、こうした台湾からの移住者向けの住宅も供給。「台湾から来られる方々が住まれるのは、大きく3つのパターンに分けられます。1つは工場に近い場所の賃貸マンションやアパートなどに入居するケース。もう1つは、菊陽町や大津町、合志市、そして熊本市東区などの戸建住宅を購入して住まれるケース。そして最後は、熊本市中央区のハイクラスのマンションに住まれるケースです。台湾の方は、きちんと日本の現地のルールを順守する傾向が強く、当社の物件に住まれた場合でも、近隣住民とのトラブルなどはとくに起こっていません。なお、TSMCの進出当初は、投機目的もあって周辺の土地価格が高騰し、不動産バブルの様相を呈していましたが、今では一巡して落ち着いてきているのを感じます」(アネシス)。
地場不動産大手の明和不動産も、「当初、一気に多くの物件が供給されたこともあって、菊陽町や大津町エリアでは現在、やや供給過多に陥っており、空室が目立つケースも出てきています。そうしたなかで、事業者のなかには、期間限定で家賃の減額を行うところもあるようです。ただし、そうした状況下で不動産価格も落ち着いてきたなかで、これまでは表に出てこなかったような土地情報も出始めてきています。裏を返せば、事業者にとっては、良い条件の土地を仕入れるチャンスともいえるでしょう」と現況を分析する。
また、こうした現況について、ある台湾系金融機関の関係者は「TSMCなどの台湾企業の海外駐在は、日本企業と比べると長期間におよぶケースが多いです。本人も家族を帯同して長期的に住む前提のため、賃貸ではなく購入を選ぶ傾向が強いようです。台湾人の中間層以上は、自宅以外にも1~2軒の不動産を資産として保有するケースが多く、実需だけでなく投資用としても、日本の不動産の保有に積極的なようです」と話す。さらに、「TSMC第一工場の稼働率は現時点では高くなく、日本人からすれば、実需から見て不動産価格が過度に高騰しているように思うかもしれません。ですが、第二工場が竣工すればサプライヤーも進出して、さらに移住者が増えると見込んでいるため、投機目的の台湾の方々もとくに心配はしていないようです」(同関係者)という。
主に熊本市内でアパート開発を手がける(株)アセットデザインカンパニー(福岡市博多区)は、2020年の創業以来、熊本県内で約140棟のアパートを供給してきた。今年2月には管理戸数が3,000戸を突破。うち2,000戸が熊本県内のアパートだという。同社の代表取締役・亀田征吾氏は熊本の賃貸市場について、次のように話す。
「県庁および中心市街地の下通・上通から2.5km圏が賃貸需要のボリュームゾーンです。平坦な地形が広がることから、アパート供給が多く、大都市ほど駅距離が賃料に反映されないのも熊本の特徴です。空室が生まれやすい状況とも言い換えることができ、熊本で開発を検討する場合は、より企画力が求められるという認識です」。また、管理物件の状況については、「高稼働で推移しています。当社では、空室による機会損失をいかに防ぐかを重視しております。自社企画物件については、同タイプの間取りをいつでも案内できるよう、オーナーさまから借り上げて準備しております。そのため、退去予告(退去1カ月前)の段階から入居者募集を開始でき、空室期間の縮小につなげています」という。
TSMC進出による影響で、地価だけでなく募集賃料の相場も上昇していたが、「間取りや立地によって適正家賃は存在します。新たにアパートを開発する場合は、環境変化によって右往左往するのではなく、実際の契約データなどを分析しながら、適正家賃を保守的に設定することが重要だと考えます」(亀田氏)。
物流・人流を支える
広域交通インフラ整備
TSMC進出を契機として、周辺では工業団地の開発や住宅の開発が相次いでいるが、一方で今後は物流においても人流においても、熊本都市圏における安定的な交通インフラの構築が急務となっている。
そうしたなか現在、熊本都市圏においては「熊本都市圏都市交通マスタープラン」に基づき、2環状11放射道路の道路ネットワーク整備を進行。また、熊本市と熊本県とで「熊本県新広域道路交通計画」を策定し、市の中心部から高速道路ICまで約10分、熊本空港まで約20分で結ぶ「10分・20分構想」を掲げ、現在3つの新たな高規格道路の検討を進めている。加えて、中九州横断道路や九州中央自動車道などの県外とつながる広域道路ネットワーク整備も進んでいくとしており、熊本市内外の道路ネットワーク整備の進行とともに、熊本都市圏のポテンシャルが今以上に高まっていくことが期待される。
広域アクセスの観点からは、熊本市と大分市を結ぶ全長約120kmの地域高規格道路「中九州横断道路」の整備も進んでいる。まだ、すべての区間が事業化されているわけではないが、20年度に(仮称)熊本北JCTから(仮称)合志ICまでの9.1kmが、22年度に(仮称)合志ICから(仮称)大津西ICまでの4.7kmが事業化されており、23年9月に大津熊本道路(合志~熊本)として着工。今後、整備が進んでいくことになる。とくに合志ICや大津西ICなどはTSMCの第一・第二工場からの最寄りICとなる予定で、開通の暁には、TMSC工場の搬入・製品出荷などの際の利便性のさらなる向上が見込まれる。
分譲マンションが開発されている
さらに熊本県では、23年10月に「新大空港構想」を策定した。これは16年度に策定した「大空港構想 Next Stage」をさらに発展させたもので、TSMC進出といった新たな環境変化をチャンスと捉え、50年・100年先を見据えた空港周辺地域のさらなる活性化に向けてさまざまな施策を推進していくもの。その新大空港構想の1つとして現在、実現に向けた検討が進められているのが、「空港アクセス鉄道」だ。空港アクセス鉄道は、JR豊肥本線のJR肥後大津駅から分岐して熊本空港へ延伸する計画で、整備延長は約6.8kmで、概算事業費は約610億円。運行形態は上下分離方式となる方針で、「上」にあたる鉄道をJR九州が運行し、「下」にあたる線路や駅舎などの管理を県が主体の第三セクターが担う。27年度中の着工を目指して、さらなる調査・検討が進められている。
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今回、今年4月で熊本地震から10年の節目を迎えることから、この10年間の熊本の動向などを振り返ってみた。熊本地震後のこの10年間は、単に崩壊した都市機能を復旧・復興させるだけの時間だったとはいえない。発災直後に提示された「創造的な復興」「さらなる発展に」という言葉にあるように、熊本という都市が抱えていた弱点を可視化して克服するとともに、都市のレジリエンス(回復力・復元力)を再設計し、これからの未来につながる持続可能な発展に向けての基礎を固めるための時間でもあったといえよう。
別項では、熊本県知事・木村敬氏と熊本市長・大西一史氏、それぞれのインタビュー記事も掲載している。両者がともに語っているのは、熊本地震の記憶を風化させることなくきちんと受け継いでいきながらも、震災の経験を生かして、熊本を「防災拠点都市」にしていきたいというものだ。また、両者ともTSMC進出という好機をうまく捉え、熊本のさらなる発展につなげていきたい考えだ。
熊本地震という未曽有の震災による苦い経験を糧にしながらも、TSMC進出という千載一遇の好機を捉えて、「創造的復興」を超えたさらなる発展への一歩を踏み出せるか──。熊本は今、その分岐点に立っている。
(了)
【坂田憲治】

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