築10年以内で高い耐震性を
持っていたとみられるが、
1階部分が大きく傾いている
東日本大震災の発生から15年が経過し、熊本地震の発生からまもなく10年になる。これらの大規模災害では発生後に大きな混乱が生じ、多大な労力が必要となったことから、住まいの復旧・復興にはかなりの時間を要した。その反省から以降は、国や自治体などによる「公助」のみならず、「自助」「共助」の必要性が注目されるようになった。南海トラフ地震の発生が懸念されることはもちろん、豪雨災害などが頻発するようになった今、改めて住まいと暮らしの防災の現状を確認したい。
大震災発生直後に現地入りした住宅事業者
東日本大震災の発生直後、現地入りしたのは自衛隊や警察、消防などの公的関係者だけではない。地域のハウスビルダーやハウスメーカーの関係者、つまり住宅産業の関係者らが比較的早くから現地で活動を始めていた。彼らの災害対応は、顧客の安否や建物の被災状況についての確認から始まる。そのためにいち早く現場に急行する必要があったためで、自らも被災したなかで避難所を回り、確認する必要があった。
全国展開をするハウスメーカーのなかには、九州を含む被災地以外のエリアから施工人員を派遣して、復旧・復興にあたったところも多い。しかし、被災地域の宿泊施設が被災していたことから、周辺地域から数時間をかけて復旧・復興作業を行うことを余儀なくされた。サプライチェーンの混乱により、必要とされる建材などの物資が不足し、各地域の事業者、ハウスメーカーにかかわらず、その調達にも混乱を極めた。
これらの漂流物の処理も復旧・復興の妨げとなった
(宮城県気仙沼市)
応急仮設住宅の建設に時間がかかることが予想されたため、一般賃貸住宅の住戸を「みなし仮設」とするなどの対応が取られた。なお、津波被害が甚大だったことから建設適地の選定が困難だったこと、福島第一原発の事故の影響もあり、応急仮設住宅(5万3,194戸)の供給には約2年を要した。さて、応急仮設住宅の供給は、工業化住宅の団体である(一社)プレハブ建築協会に加盟する企業が担うことになっていた。東日本大震災直後、各都道府県と「災害時における応急仮設住宅の建設に関する協定」を締結していたからだが、膨大な供給を可能な限り実現するため、地域ハウスビルダーが加盟する(一社)日本木造住宅産業協会などが被災県と協定を結び、供給に大きな貢献をした。
熊本地震における応急仮設住宅は2万戸弱が供給され、このうち建設型は4,303戸が供給された。建設にあたったのは熊本県と協定を結んだ熊本県優良住宅協会、(公社)日本建築士会連合会、(一社)木と住まい研究協会、地域ハウスビルダーなどが加盟する(一社)全国木造建設事業協会などで、全体の90%以上が木造で建設されたとされている。このように、東日本大震災以降、それまで鉄骨造のプレハブ建築物が主だった応急仮設住宅は、木造建築物などさまざまなタイプが登場し、施工者も地域事業者などが担うように変化してきている。
政府・自治体による「公助」には限界
ただ、このように変化した体制も、応急仮設住宅の供給をはじめとする復旧・復興の体制が十分であるとは決していえない状況だ。たとえば、いつ発生してもおかしくないと言われている南海トラフ地震。内閣府の2025年最新想定では、全壊・焼失建物が約235万棟にのぼり、応急仮設住宅などの必要供給量は最大64万戸が必要とされている。この供給量を短期間で達成することは、建設施工人員が不足するなか、現実的ではない。
現に24年に発生した能登半島地震では、応急仮設住宅の必要戸数が約7,000戸にのぼったが、この規模でさえ建設完了までに約1年を要した。これは主な被災地が過疎地域であり、応急仮設住宅への入居確認など住民の希望確認に時間がかかったこと、道路など交通網が各地で寸断されたこと、施工人員の確保が難しかったことなどが挙げられる。より広大な被災範囲が予想される南海トラフ巨大地震においては、応急仮設住宅の建設に、より一層の時間と困難をともなうことが予想される。東日本大震災で住まいの復旧・復興を完了できたのは住宅・建設業界のオールジャパンの対応によるものであったが、これを上回るメガ災害では、それは難しい状況なのである。
(気象庁のホームページより)
絶対的ではない住まいの耐震化
応急仮設住宅、それに続く災害公営住宅の供給は、国や自治体による「公助」であり、それには限界があるということだ。そこで、注目されるようになったのが「自助」と「共助」である。自助について、各住宅での基本は建物の耐震化だ。23年時点で全住宅約5,000万戸のうち、耐震化率は戸建住宅で約85%、共同住宅で約96%にのぼるとされている。ただ、熊本地震では耐震等級3の住宅であっても、地盤が弱い場所では全半壊するケースも見られた。耐震化はあくまで目安であり、絶対ではない。そのため、免震や制震といった新たな仕組みを導入するなど、被害を低減するための努力が行われている。
また、1981年以降、新耐震基準で建てられた住宅にも、経年劣化やこれまでに発生した地震の揺れの影響から、耐震性が低下しているケースは多いとみられる。こうした状況もあり、自治体ではとくに既存住宅に向けた耐震診断・改修補助金を用意することで耐震化を促している。たとえば、福岡県は旧耐震基準住宅を対象に、上限200万円の支援を実施。福岡市では、無料耐震診断を年間1,000件以上実施している。このような公的な補助の活用や、在宅避難を可能にするための家具の固定、ガラス飛散防止フィルムの施工も自助の重要な要素だ。これらにより、倒壊や破片による二次被害を防ぎ、家族単位での初期対応を容易にできるからだ。
ローリングストックなど新たな備え方にも注目
食料などの備蓄も自助にあたる。水・食料の確保に加え、簡易トイレや発電機の導入が推奨される。とくに水や食料の備蓄には「ローリングストック」という手法が近年、強く推奨されるようになってきた。これは普段から少し多めに食材や日用品を購入し、消費した分だけ新しく買い足していく備蓄方法。消費と購入を繰り返すため、備蓄品の消費期限切れを極力少なくできるという利点がある。
パントリー収納の様子
東日本大震災以降、太陽光発電の設置が一般化してきた。日照時に一部の家電を使用できるほか、携帯端末の充電にも活用できるため、災害関連情報の取得などに役立つはずだ。近年は、太陽光発電と蓄電池を組み合わせた住宅の普及も進みつつある。この組み合わせは、停電時でも冷蔵庫やエアコンなどを稼働させ、平時に近い暮らしをしやすい状況をつくり出せる。このほか、各自治体が作成したハザードマップの活用による家族の防災計画の策定で、避難経路や役割分担を確認することも大切だ。このように、家庭内でできる備えがまだ数多くあることを認識したいものだ。
共助は、地域のつながりを災害への備えに役立てること。代表的なものとして、地域の自治会やマンションにおいて防災訓練を実施し、住民の間で安否確認や物資配分などをスムーズに行えるようにすることなどが挙げられる。近年では、共助のための仕掛けとして、公園にかまどベンチを設置しているケースが増えている。これは平時にはベンチとして使い、災害時には座板を外して調理用のかまどとして活用できるようにしたもの。自治会の防災訓練で炊き出しなどを行うことで、住民間の交流を促すことにもつながる。また、戸建団地では植栽の管理を住民共同で行うようにすることで、そこで生じるコミュニケーションを共助のムードを醸成するのに役立てているケースもある。
住民、住宅事業者を巻き込み広がる共助
住宅事業者と住民の間で、共助の強化を図る事例もある。あるハウスビルダーは顧客専用サイトの情報を社内システムと結びつけ、修繕担当者などの社内のすべての関係者が情報にアクセスできるようにすることで、対応の順序を決定するための判断に役立てたり、修繕のロスを減らすことにつなげたりしている。また、自社の営業エリアとは離れた事業者と災害協定を組み、大規模災害時に相互に助け合う仕組みを構築している事業者の事例も見られるようになった。
ところで、内閣府は南海トラフ地震の発生にあたって、支援物資が届くのに最低約3日(72時間)かかるとしている。そうしたなかでの避難所暮らしは過酷で、災害弱者にはことさら厳しい暮らしを強いる。できれば、在宅避難をし、日常に近い暮らしのなかで支援・救助を待ちたいものだ。在宅避難をできる人たちが増えれば増えるほど、公助が広がりやすくなる。私たち1人ひとりが、万が一に備える自助、共助のための意識を高め、維持しておくことが重要だ。
【田中直輝】

月刊まちづくりに記事を書きませんか?
福岡のまちに関すること、建設・不動産業界に関すること、再開発に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。
記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。
記事の企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は別途ご相談。
現在、業界に身を置いている方や趣味で建築、土木、設計、再開発に興味がある方なども大歓迎です。
また、業界経験のある方や研究者の方であれば、例えば下記のような記事企画も募集しております。
・よりよい建物をつくるために不要な法令
・まちの景観を美しくするために必要な規制
・芸術と都市開発の歴史
・日本の土木工事の歴史(連載企画)
ご応募いただける場合は、こちらまで。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。
(返信にお時間いただく可能性がございます)










